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第2章 魔王さまとキャッチフレーズ④


 応接室を借りて、わたしとダグラスさまは向かい合うようにして座った。

 テーブルの上のティースタンドには、クッキーやらカップケーキやらが2人分とは思えないほど並べられている。ただ話だけできればと思ったのだけれど、ダグラスさまの従者の方が気を利かせて用意してくれたようだ。従者は紅茶を淹れると後ろに下がったが、傍に控えるように立っている。

 ダグラスさまはカップを手に取ったが、すぐに「あっ」と小さく零した。見れば、カップにヒビが入っている。


「どうもティーカップとは相性が悪い」


 ひとり言のように呟き、従者を振り返る。


「いつものやつを」


 従者は予期していたように、すばやく代わりのものを持ってきた。けれど、それはカップではなく、メタルのゴブレットだった。しかも、とても大きく飲み口もかなり広い。食器というより、どちらかというとちょっとした鉢植えみたいだ。それでも中に入っているのは紅茶のようで、ダグラスさまはおいしそうに飲んでいる。

 わたしも従者の方にお礼を伝えて紅茶をひと口飲む。フルーティーな甘い香りに少しだけ緊張が解けた。


「急にお誘いをして、申し訳ありませんでした」


 誘いを受けてくれたのは嬉しかったけれど、ダグラスさまの瞳は鋭い。勇気を出したことを、少し後悔し始めていた。


「いや、実はこちらから誘おうかと思っていたところだ。今朝から頃合いを見計らっていたのだが、仕事が忙しいようだったので諦めようかと考えていた」

「あ、それで……」


 どうやら、ダグラスさまはわたしを監視していたわけでも、始末するつもりだったわけでもなく、ただ単にお茶に誘うタイミングを探っていただけらしい。


「声をかけてもらい感激したほどだ。涙がこぼれぬよう我慢するのに必死だった」


 もしかして、カッと目を見開いていたあの表情も、そのためだったのだろうか。

 すごくわかりづらいというか、誤解されやすそうだ。そんなところは、魔王さまと同じかもしれない。よく見れば、顔も似ている。魔王さまより掘りが少し深いが、端正な顔立ちだ。


「それで、何か聞きたいことがあったのだろう?」


 ダグラスさまから話を振られ、わたしは居住まいを正した。


「実は、ダグラスさまから魔王さまのお話をお聞きしたくて、お声がけしました」

「ルシウスの話を?」 

「はい。どんなことでも構いません。ダグラスさまから見た魔王さまのお話を聞かせていただけないでしょうか」

「ふむ……なるほど……」


 ダグラスさまはそのまま考え込むように口を閉ざした。ほんの数秒の沈黙だけでも、永遠のように長く感じられる。

 そもそも魔王さまの話を聞きたいなんて、不躾だったかもしれない。不敬だと牢屋に放り込まれたりしないだろうかと、緊張しながらじっと待っていると、ダグラスさまが静かに話し始めた。


「ルシウスは……子どもの頃、何をやっても平均的な子だった。座学は魔界学校のクラスでも真ん中、魔法の実技でも特別に抜きんでている部分は見当たらなかった」

「魔王さまが……なんだか意外です」

「今のルシウスだけを見れば、誰もがそう思うはずだ。だが、昔は人一倍怖がりで、臆病な部分もあった。魔界遊園地の幽霊屋敷に入ったときには、泣きついて離れなかったくらいだ」

「そんな頃があったんですね」


 常に冷静で落ち着いた魔王さましか知らないと、なかなか想像できない。


「子どもの頃の魔王さまを見てみたかったです」


 思ったことをそのまま口にすると、ダグラスさまから意外なひと言が返ってくる。


「なら、見せてやろう」

「え?」


 もしかして、子どもの頃のアルバムでもあるのだろうかと想像していると、ダグラスさまは紅茶の入ったゴブレットをテーブルの中央に置いた。そのままダグラスさまが水面に向けて手をかざし、光がパッと放たれる。すると、紅茶の水面に映像が映し出された。

 小学生くらいの背丈の男の子が、魔法の練習をしているところだ。幼い顔つきの中に魔王さまの面影がある。場所もよく見れば、魔王城の庭だった。


「ルシウスは平均的な子どもだったが、誰よりも努力をしてきた。もしも努力に点数をつけることができるなら、魔界学校で一番だっただろう。努力が成果として現れるまでには、長い時間がかかったがな」


 映像が変わり、少し背が伸びた魔王さまの姿が現れる。校庭のような場所で、魔法を繰り出して的に当てる競技をしていた。


「これは、魔術大会の科目で初めて一番を取ったときだ」

「この頃の努力があるから、今の魔王さまがあるんですね」

「ああ。あいつは、幼い頃から魔王になるために日々を過ごしてきた」


 そこで、ゴブレットを覗き込むダグラスさまの表情が曇った。


「俺はルシウスが幼い頃から、次期魔王として接してきた。古来より魔王とは、揺るがない強さを持ち、誰からも恐れられる存在であるべきとされてきた。そのために、厳しく育て過ぎた面があるように思う」


 前魔王として話していたダグラスさまの顔に、だんだんと別の一面が見え始める。


「あいつはいつからか、辛いことや悲しいことは隠すようになった。他人にも、そして家族にも弱い面は見せようとしない。それは、これまでの魔王の在り方としては正解だったのだろう。俺もそう信じ、前魔王として成すべきことをした。だが……父親としては失格だ」


 紅茶の中の映像は続いており、金色に輝くメダルを首から下げた少年時代の魔王さまが駆け寄ってくる。

 少しして、誰かの大きな手が視点の隅に映り込んだ。躊躇うようにぎこちなく宙を彷徨っていた手が、そっと子どもの頃の魔王さまの頭に触れる。魔王さまは、一瞬だけ照れくさそうに微笑んだあと、すぐに顔を引き締めた。

 映像に映り込んだ手にはめられていた指輪は、ダグラスさまが今している指輪と同じだ。


「この映像は……ダグラスさまの思い出をそのまま投影しているんですね」


 単なる事実の巻き戻しではなく、ダグラスさまの視点から見た魔王さまだ。

 子ども時代の魔王さまは毅然とした態度を保ちながらも、隠しきれない嬉しさが滲んでいる。


「……少なくともわたしには、魔王さまは愛されて育ったように見えます」


 そう伝えると、ダグラスさまから「ふん」と魔王さまとよく似た声が聞こえてきた。


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