第2章 魔王さまとキャッチフレーズ③
翌日、朝一番に魔王さまから呼び出しを受けた。
目の下にクマができた顔で執務室を訪ねるとカーチスさんに驚かれたが、そのあと魔王さまから告げられたことにわたしはもっと驚いた。
「父が城を訪問する予定だ。食事の場にお前も同席しろ」
「はい……?」
言われた内容をよく噛み砕いて、寝不足の頭で必死に理解しようとする。けれど、自分の頭の中でいくら考えても、よくわからないままだった。
「あの、それは城のみんなが揃って食事をするということですか? それか、同席というのは間違いで、食事の手配とかそういう話では……」
そうでなければ、おかしい。ロイヤルファミリーの団欒に、わたしがいるのは明らかに不自然だろう。
「いや、俺と父を含めて数名での食事だ。そこに同席しろ」
「待ってください。どうして、そこにわたしが含まれているんですか」
「父にお前の話をしたところ、興味を持ったようだ。話をしたいと言っている」
「そうなんですか……」
話とは一体、どんな話なのだろう。
恐れ多いが、それなら断る理由もなければ、そもそも断る権利もないと思い直す。魔王さまとはこうやって普通に会話しているわけだし、あまり気負わずに考えよう。とはいえ、心の準備はしたい。
「ちなみに、食事はいつですか?」
「今日、これからだ」
「えっ?」
わたしが戸惑いの声を上げるのと同時に、執務室の扉がノックされた。
「さっそく到着されたようですね」
カーチスさんが緊張の面持ちで、背筋を伸ばす。心の準備などする余裕もなく、扉が開かれた。
従者を1人引き連れて入ってきたのは、魔王さまよりさらに長身で、魔王さまよりもっと凄まじいオーラを放つ男の人だった。頭には魔王さまと同じく、太くて湾曲した角が生えている。
第一印象だけで言うと、魔王さまの3億倍くらい迫力があった。これが、魔王さまのお父さまなのか。
「久しいな、ルシウス」
「予定より早い到着でしたね」
父親に対して敬語はめずらしい気もするが、それなりに普通の親子らしい会話が目の前で飛び交う。
「カーチスも。相変わらず食えない顔をしているな」
「ダグラスさまも、お元気そうでなによりです」
カーチスさんにも声をかけてから、魔王さまのお父さまは、わたしにちらっと目を向けた。その視線は、まるで小さすぎて存在に気づかなかったと言っているように思えた。虎がたまたま足元の蟻に気づいたという感じだ。
「人間か」
すぐに声が出てこず固まっていると、魔王さまが紹介をしてくれる。
「そいつが、話していたアカリです」
「そうか。ルシウスの父、ダグラスだ」
普通に自己紹介されているだけなのに、胃が縮こまる。
「お、お初にお目にかかります、ダグラスさま……」
なんとか気を確かにもって、これまでの人生で口にしたことがない堅苦しい挨拶をする。
それきり会話が途切れると、魔王さまが話の舵をとる。
「今ちょうど食事の話をしていたところでした」
「それなんだが……前財務大臣のアーソウから、急遽連絡が入ってな。着いたばかりだが、すぐにまた出るつもりだ」
「そうでしたか。残念ですが、仕方ありませんね」
「あいつからの呼び出しだと、行かないわけにはいかないからな。日を跨ぐ前にはこちらに戻ってくる」
「わかりました。お気をつけて」
どうやら、とりあえず今日の食事はなし、という話になったようだ。ダグラスさまとの食事を想像しただけで胃が溶けそうだったので、どこかほっとする。
ダグラスさまは挨拶だけ済ませると、踵を返す。けれど、扉を出る前にわたしを振り返った。
「アカリも……また後ほど」
「は、はい!」
肩をびくっと跳ねさせながら、返事をする。
ダグラスさまと従者がいなくなると部屋には穏やかな雰囲気が戻ったが、わたしの心の中はざわざわとしていた。
その日のうちは落ち着かない気分で過ごしていたが、ダグラスさまと顔を合わせることはなかった。
次の日には、すっかりダグラスさまのことは頭から離れて、いつもどおり仕事を進めていた。
備品の補充のため倉庫に向かったところで、ふと悪寒を感じた。天気がいいのに、なんだか寒い。そういえば、最近城の中で風邪が流行っていると聞いた。風邪の引きはじめかもしれない。
気をつけなければと思いながら倉庫から戻ろうとすると、また寒気に襲われた。両手で自分を抱くように体をさすりながら、なにげなく振り返る。すると、柱の陰にダグラスさまの姿があった。サタン族特有の大きな角が思いっきり柱から出ており、刺すような鋭い視線でこちらを見ている。
悪寒の原因はこれだ。
なんだろう、殺されるのかな。そんな考えがナチュラルに浮かぶほど、ダグラスさまの圧を感じる。
こっそりこちらを窺っているようだったので、とりあえず気づかなかったことにして仕事に戻った。けれど、そのあともダグラスさまの監視はずっと続いた。
どうも落ち着かない。昨日、魔王さまを尾行していたけれど、こんな気分だったのだろうか。
それにしても、どうしてずっと監視しているのだろう。魔王さまがどのように話しているのかわからないけれど、ダグラスさまからしたら、わたしは不穏分子なのかもしれない。いくら魔王さまから頼まれているとはいえ、これまで築いてきた魔王の在り方を変えよとしているのだから。
とはいえ、ずっと気にしていても仕事にならない。机に戻りメモ帳を眺めながら、キャッチフレーズをまた考え始めた。
相変わらず、メモに羅列された情報は何もヒントをもたらしてくれない。
「もっと魔王さまをよく知る人に話を聞けたら……」
そう口にしてから、「あっ」と小さく声が零れる。どうして、気づかなかったのだろう。ちょうど話を聞くのに、最適な人物が近くにいるというのに。
背に腹は代えられない。わたしは席から立ち上がり部屋から出ると、ダグラスさまを捜した。わたしの監視は一旦諦めたようで、廊下を歩いていても視線は感じず、団欒室でようやくその姿を見つけた。
ソファに腰かけ、1人でテレビを観ている。
「あの、ダグラスさま」
気持ちが揺らぐ前に声をかけてしまおうと勢いのまま呼びかける。感情の読み取れない顔で、ダグラスさまは振り返った。
「もし、お時間があって、ご迷惑でなければなんですけど……少しお話を聞かせていただけませんか」
勇気を出してお願いすると、ダグラスさまはカッと目を見開いた。




