第2章 魔王さまとキャッチフレーズ②
わたしは自分の仕事部屋に戻ってくると、机に向かった。
急ぎの仕事を終わらせてから、さっそく魔王さまにぴったりのキャッチフレーズを考えようとノートを広げる。けれど、なかなかいいアイディアが浮かばない。
悶々と頭を捻って、ふとその原因に気がつく。そもそもわたしは、魔王さまについての知識がほとんどないのだ。
キャッチフレーズを考える前に、魔王さまのことをもっと知ろう。
いつまでもノートと睨めっこしていても仕方ないので、わたしは執務室を訪ねる口実を作り、部屋を出た。
執務室にやって来ると、魔王さまはいつものように書類と向き合っていた。
「失礼します。郵便物が届いていたので、仕分けしてお持ちしました」
「ああ、後で目を通しておく」
普段ならすぐ部屋から出ていくのだが、今日は魔王さまのことを知るというミッションがある。持ってきた封筒の束を専用のボックスに入れながら、わたしは「ところで」と切り出した。
「魔王さまは、お休みの日は何をされているんでしょうか?」
とりあえず、雑談に近いところから質問をしてみる。
「休みなどない」
目も上げないが、特に不審に思う様子もなく普通に答えてくれた。
「では、座右の銘はなんでしょう?」
「魔都への道は一日にして成らず」
「では、好きな食べ物はなんですか?」
「好きな食べ物は……」
答えかけて、魔王さまは顔を上げた。
「お前は記者か」
魂胆は何かと見透かそうとするように、魔王さまは目を細める。
「何を考えている」
「いえ、別に」
怪訝そうにしたのも一瞬で、魔王さまは構っていられないと思ったのか、再び書類にペンを走らせる。
その様子を眺めながら、わたしは持参していたメモ帳を広げ、『魔王さまは左利き』と書き記す。いや、でも確か紅茶を飲むときはカップを右手で持っていたような気がする。ということは、両利きだろうか。そんなことを考えていると、魔王さまが再び顔を上げた。
「なぜ突っ立ったままそこにいる?」
「あ、失礼しました」
さすがに邪魔をし過ぎるのはよくないので、一旦引き下がることにする。
午後になり、また執務室への用事ができたところで、わたしは廊下に出た。すると、廊下の先に魔王さまの背中を見つけた。どこかへ向かう途中のようで、わたしには気づかず、そのまま角を曲がる。何かめずらしい姿が見れるかもしれないと、こっそり後を付けた。
魔王さまはエントランスを通り過ぎようとして、不意に足を止めた。建物の陰から様子を見守っていると、花瓶から1本だけ落ちていた薔薇を拾って差し直す。薔薇にも優しい魔王さまだと感動しながら、メモ帳にその事実を書き記す。
そのあとも庭を通り過ぎるときに、猫を撫でる姿も見られた。『魔王さまは猫派』と書き、犬派の可能性もまだあるので『?』も付けておく。
魔王さまが向かっていた先は別の棟にある官僚の部屋だったようだ。何やら仕事の話をして、また執務室へと戻っていく。本当にいつ休んでいるのだろうと思いながら尾行を続けていると、あっという間に執務室の前に着いてしまった。
用事もあるし、魔王さまが戻ってから何食わぬ顔で訪ねよう。廊下の壁に身を隠して待っていると、魔王さまが扉の前でぴたりと足を止めた。
「いつまで付いてくる気だ。記者の次は探偵ごっこか」
明らかに、わたしに向けての言葉だった。どうやら尾行はバレてしまっていたらしい。観念して、魔王さまの前に出ていく。
「いつから気づいてました?」
「エントランスの前からだ」
「あー、じゃあほぼ最初からですね」
「…………」
魔王さまは、咎めるでもなくそのまま執務室に入ろうする。
「あ、魔王さま。今度の会議に向けて作った資料を持ってきたんです」
慌てて用事を持ち出しながら、一緒に執務室へ入ろうとする。けれど、それを遮るように魔王さまは入り口に立ち塞がる。
「資料は後で読んでおく」
魔王さまは資料だけ受け取って、中に入れてくれる気配はない。
「あの、わたしも中に入っていいですか?」
横をすり抜けようとすると、魔王さまに腕で遮られてしまう。
「だめだ。遊んでいる暇はない」
「わたしも、遊んでいるわけではありません。尾行については、申し訳ありませんでした。実はキャッチフレーズを考えるために、魔王さまのことをもっとよく知ろうと思ったんです」
理由がはっきりすれば、魔王さまもわかってくれるはずだ。そう思って素直に打ち明けたのだが、魔王さまは理解しがたいというように顔をしかめた。
「部屋に入れる理由にはならない」
「どうしてですか。これが、わたしの仕事です。中に入れてください」
「だめだ。お前は存在が鬱陶しい」
「んなっ……!」
魔王さまはぴしゃりと撥ねのけ、容赦なく扉を閉めた。
1日の仕事が終わり、日が沈んでいく空の下、わたしは庭のベンチでメモ帳を見返していた。
いろいろわかったようで、実際は何もわかっていないに等しいメモの一覧をぼんやりと眺める。
すると、後ろから足音が聞こえてきた。
「アカリさん、またこちらにいたんですね。そろそろ暗くなりますよ?」
振り返れば、カーチスさんが芝生を横切ってくる。
「カーチスさん……ちょっと考えごとをしていて」
「もしかしてキャッチフレーズの件ですか?」
カーチスさんは話を聞いてくれるつもりのようで、隣に腰を下ろした。
「実は……」
わたしは、魔王さまのことをもっと知ろうと考えたこと、それから魔王さまに追い払われてしまって話が聞けそうにないことを説明した。
「……という感じで、最後には存在が鬱陶しいとまで言われてしまいました」
「今日1日そんなことをされていたんですか」
聞き終えたカーチスさんは、可笑しそうにしている。
「仕事の邪魔はしたくないので、反省はしているんですけど」
わたしが肩を縮めると、カーチスさんも真面目な顔に戻る。
「私が知っている範囲でよければ、魔王さまのことを教えますよ。と言っても、私も基本的なことしか知りませんが」
『基本的なこと』と聞き、今さらながらとんでもない事実に気づく。わたしは、とても基本的で知っていて当然のことをいまだに知らない。
「あの……魔王さまのお名前ってなんですか?」
カーチスさんは一瞬きょとんとしてから、教えてくれた。
「ルシウス=エル=オブキュラス=ネーブルヘンゼですよ」
思ったより長い名前をさっそくメモ帳に書き残す。あとで何度も復唱しなければ、覚えられなさそうだ。
その間に、カーチスさんは話を続ける。
「家族構成は、前国王であるお父さまと前王妃であるお母さま、それから弟君と妹君がいらっしゃいます」
当たり前だけど、魔王さまにも家族がいるのだと思う。
「どなたも王都から離れた場所で暮らしていらっしゃるので、なかなか会う機会はないみたいですね。あ、でも、そういえば近いうちに前国王さまが城にいらっしゃるという話があった気が……」
カーチスさんはふと思い出したように言う。けれど、一旦は脇に置いておくことにしたようで、話を戻した。
「魔王さまも含めご家族はみなさま、サタンという種族です。数ある魔族の中でも、最も魔力の強い種族だと言われています。歴代の魔王さまも、ほとんどがサタン族の方ですよ」
「なるほど……ちなみに、カーチスさんは獣人ですよね?」
家族構成などをメモしながら、尋ねてみる。質問をきっかけに話を広げたいという軽い気持ちでしただけで、もちろん肯定の返事がすぐにあると思っていた。けれど、なぜかカーチスさんは微笑みを浮かべて「ん?」と言うだけだった。
「え…………?」
完璧な防御みたいな微笑みを前にして、わたしは追及するのをやめた。
代わりに、別の質問をする。
「そういえば、魔王さまっておいくつなんでしょうか?」
「そうですね……アカリさんとそんなに変わらないんじゃないでしょうか」
「え、本当ですか。わたし26なんですけど……」
元の体の年齢はわからないけれど、見た目からしてそんなに変わらないだろうと判断して、自分自身の年齢を伝える。
「魔王さまは、665歳です」
「いや、全然違うじゃないですか!」
「それぞれの平均寿命から換算すると、同じくらいってことですよ。人間でいったら、魔王さまは30歳くらいだと思います」
その計算は合っているのだろうか。でも、人間に換算した場合、魔王さまは若くして王の座に就いたということなのかもしれない。
「ちなみに、私は人間に換算すると22歳です」
意外に年下かと思いそうになるが、おそらくカーチスさんもわたしよりずっと長く生きているのだろう。ということは、実質年上なのか。いろいろ考えていたら、ぐるぐると目が回ってきた。
「日が暮れそうなので、今日はこの辺で。また何かあれば、いつでも聞いてください」
いつものように柔和な微笑みを浮かべ、カーチスさんは颯爽と去っていった。
夜の色に変わっていく空を見上げながら、本当に知らないことばかりだなと身に染みる思いだった。
夕食の前に、わたしは城の人たちへの魔王さま印象インタビューというものを決行することにした。ひと言で印象を語ってもらい、キャッチフレーズに使えそうな単語を拾っていこうという作戦だ。
メイドのシェリーは「冷酷……って感じかしら」と少し気まずそうに言い、騎士のスナイザーは「無慈悲、だな。だが、それがいい」と誇らしげに言う。
だいたいは同じように冷たい印象を持っている意見が多かったものの、それを良しとするか悪しとするかは、人それぞれといった感じだ。
なんかもっと違う視点からの意見がほしいと思っていると、廊下の先からミームがやって来た。ミームといえば、前に魔王さまは優しいと断言した稀有な存在だ。
「ミーム、ちょっといいかな!」
吞気にふわふわ漂うミームをつかまえて、インタビューをする。
「魔王さまの印象ですか? ん~………骨」
「え? 骨?」
「ハイ、骨です。ホネホネ」
「えっと、待って。前は優しいとか、尊敬してるとか言ってたよね。でも、第一印象って言われたら骨なの?」
そもそも骨が何を意味しているのか、わからない。けれど、ミームは迷いのない目で頷く。
「うん、ごめん。ありがとう」
不可解すぎて聞くのが恐ろしくなり、わたしはインタビューを打ち切った。
その晩、遅くまで必死に考えてみたものの、これだというキャッチフレーズは浮かばなかった。




