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第7章 反撃

 

 オルター=オルドスは、憤怒の表情を浮かべるコスナータ男爵令嬢を目にしてにさすがに恐れ慄いた。

 これまで粛々と彼の命令に従ってきた彼女が、これまで感情を表したことはなかったからだ。

 あの婚約破棄を告げた時でさえも。

 困惑したオルターはどう対処していいか分からず、キョロキョロと目を彷徨わせた。

 その時、偶然、子供達の手を引いてその場から離れようとしていたルートンの存在に気が付いた。

 

 彼はルートンのことを、自分とアイラの仲を引き裂いた張本人だと、理不尽にもずっと恨んでいた。

 痛い目に遭わせてやろうと人を雇おうとさえしたのだ。ターゲットの名を告げると尽く断られてしまったのだが。

 そこでオルターは仕方なく自分で彼の後を付けることにした。どこかの裏道にでも引き込んで痛め付けてやろうと思ったのだ。

 実際にこれまで何度もルートンの後をつけ回していたのだ。

 ただし、その度に何かしらアクシデントが起きてしまい、最後までターゲットをつけ狙うことはできなかったのだが。


 オルターの方が浮気をした挙句に婚約破棄を告げたのだ。それなのに、たまたまそこに居合わせたに過ぎない第三者のルートンを、彼がどうしてそこまで逆恨みするのかは謎だ。

 他責思考がここまでくると恐ろしいものがある。

 婚約破棄してからというもの、オルターから届く復縁を迫る手紙に、アイラは恐怖を覚えていた。

 しかし、以前から変装をして外出していたので、外で自分が襲われるという心配はあまりしていなかった。

 本来の姿で外出する時は護衛を付けていたし。

 

 ところが、そのうちに彼女は気が付いたのだ。オルターが自分の恩人であるルートン=ガルバン伯爵令息を逆恨みをするかもしれない、ということに。

 自分のいざこざに無関係な人物を巻き込み、多大な迷惑をかけてしまったことに、彼女はずっと申し訳なく思っていた。

 それなのに、さらに危険な目に逢わせてしまったらどうしよう。

 両親に相談しても何も対処してくれないに違いない。こうなったら自分の手でガルバン伯爵令息を守らなければならない、とアイラはそう思った。


 彼女は、自分のルーツである東の国に起源を持つ、短時間で身に付くと評判の護身術を学ぼうと決意した。

 それに、遠距離からでも助けられるようにと、飛び道具も密かに手に入れて毎日特訓をした。

 そして何と彼女は、ガルバン伯爵令息をガードするために、自らストーカーのような行動を始めたのだ。

 本人は、恩人が危険にさらされないように、護衛をするつもりでいたのだ。

 

 しかし、傍目から見れば彼女こそ危険人物に映ったことだろう。

 その証拠に、ルートン本人も誰かにつけられているような気がしていたのだから。

 そのために彼もまた、防衛術の鍛錬にさらに熱心にのめり込むようになっていたのだ。

 高貴な人(・・・・)から命を受けていた影や、伯爵家の護衛も、彼女の行動に眉を顰めていた。

 もっとも彼女の素行調査は、彼の幼なじみがすでに行っていたので、危険人物だとは思われていなかったのだが。

 

 

 まさか養護施設のチャリティーで、護衛対象のルートン=ガルバン伯爵令息と一緒になるとはアイラは思いもしなかった。

 彼女は事前に、ガルバン伯爵家からは次期後継者夫人が参加することを知っていたからだ。

 それが、オルターの視線の先を追って、初めてルートンの存在に気付いたのだ。

 これはまずい。またあの方に迷惑をかけてしまう。そう彼女が思った時だった。

 

「貴様、ルートン=ガルバンだな。

 お前、アイラの証人になったのは、隠れて付き合っていたからだったんだな。

 お前達こそ浮気していたくせに、俺の有責で婚約破棄させたな。

 許せん!」

 

 子供達はオルターを怖がってルートンにしがみついた。

 

「何を言っているんだ!

 彼女と会ったのは今日で二度目だぞ!

 言いがかりをつけるな!

 しかも子供達がいる前で下世話な話をするな!」

 

 普段穏やかで声を荒らげたことないルートンが、大きな声で威圧するように叫んだ。

 

 ルートンがこの養護施設を訪れたのは初めてのことだった。しかし、子供達とは顔なじみだった。

 彼は図書館に子供達をよく招待しては、読み聞かせの会を開いていたからだ。

 彼は子供達を守ろうとオルターの前に立った。

 

 空気の読めないオルターでも、さすがに自分が悪役になっていることに気が付いた。

 またもやカッと頭に血が上がった。

 そして護身用に持っていたファルシオンという短剣を握ると、ルートンに向かって振り上げ、足を一歩踏み込んだ。

 しかしその瞬間、アイラが彼の背中に抱きついて膝カックン攻撃をくらわせた。

 

 なんとそれが見事に決まって、オルターは目標の人物にたどり着く前に膝が崩れて転倒した。

 ルートンはそれを見て、すぐさま彼の背に跨って動きを止め、護衛騎士から手渡されたロープで両腕を後ろ手に縛り上げた。

 そして一旦立ち上がって向きを変えてから腰を下ろし、オルターの両足も海老反りになるように縛り上げた。

 

「「「すご〜い!!!」」」

 

 子供達は興奮してはしゃいだ。

 アイラが膝カックンしたからオルターは転倒したのだ。

 しかし、ルートン以外それに気付いた者はいなかったので、彼の勇姿だけが目に飛び込んだのだった。

 

「お、お前はひ弱な図書館司書じゃなかったのか?」

 

「防御術やロープの使い方は本で学んだのだよ。

 本はあらゆる知識を与えてくれるからね。

 分かったかい? 君たち?」

 

 前半はオルターに、そして後半は子供達に向かってルートンがそう言うと、子供達は元気に「は〜い」と返事を返したのだった。



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