第6章 修羅場第二幕
仕事のない日には滅多に外へ出ないルートン。
夜会やイベントなど、年に一、二回出ればいい方だ。
ところが、そのわずか二回参加した夜会で、彼は同じ男女カップルの修羅場を目の当たりした。
それは言わずと知れた、アイラ=コスナータ男爵令嬢とオルター=オルドス子爵令息の婚約破棄騒動のことだ。
そしてその二回目は、一回目から約半年ほど経った頃だった。
その日ルートンは、突然悪阻の症状が出た義姉の代わりに、急遽養護施設のチャリティーパーティーへ参加することになった。
バサーの売り子は無理でも、子供達に絵本の読み聞かせくらいならできるだろう。
そう兄に言われて、穏やかな質であるルートンもさすがにムッとした。まあ、それでも頷いたのだが。
くらいとは何だ!
読み聞かせは図書館司書の大切な仕事の一つ。子供達が本に興味を持つきっかけなるかもしれない、とても有意義なことなのだから。
まあそれはさておき、彼は喜んで兄の依頼を引き受けた。
ところがだ。なんとその読み聞かせを始まる前に、子供達には見せたくないくそ茶番劇が始まってしまったのだ。
「アイラ、久し振りだな。君もチャリティーに参加しているのか。
さすがだな。ノブレス・オブリージュを実行しているなんて。
やっぱり君は素晴らしいよ」
「別に普通のことをしているだけですよ。
これまで一度も参加したことの無い、あなたのような方の方が少ないのではないですか?
貴方は何をしにここへいらしたのですか?」
「もちろん子供達と遊んでやろうかと」
「まあ。それはありがたいですわ。
みんな、こちらの子爵家のオルター様が遊んでくださるそうよ」
「「「わ〜い!」」」
子供達が彼の周りを取り囲み、その手を繋ごうとした。
しかし驚いた彼はそれを振り解いて「触るな! 汚い!」と叫んだ。
その声が響き渡った後、それまで賑やかなだった養護施設の中庭は、シーンと静まり返った。
言葉にされたことはなくても、これまでも同じ様な視線を向けられてきたのだろう。
子供達は悲しそうな顔をしていたが泣く子はいなかった。
ルートンや周りにいた人々はそのことが却って辛くなった。
アイラ=コスナータ男爵令嬢は怒りと悲しみ、そして自己嫌悪でブルブルと震えていた。
この男が本気で子供達と遊んでくれるだなんて思っていなかった。
そう言えば腹を立てて帰ってくれると思ったのだ。それなのに……
子供をダシにして傷付けてしまった。
彼女は子供達に向かってごめんねと言った。でも彼らはなぜ謝まられたのかが分からなかった。
彼女はよく施設にやって来て一緒に遊んでくれたり、勉強を教えてくれる。そして、美味しいクッキーを作ってくれる大好きなお姉さんだったから。
オルター=オルドスは本当に周りが見えない男だった。
人々から嫌悪と怒りの視線を向けられていることにも気付きかずに、謝りもしないでこう言った。
「なあアイラ、やり直そうよ。また婚約しよう。
やっぱり君じゃないと駄目だってみんな言うんだ。
同じ男爵令嬢だっていうのに、ベラは君と違って帳簿一つつけられないし、マナーもなってない。
おしゃれや美容の事ばかりで教養がないから、社交も上手くいかないし」
「何を言っているんですか?
学園にも通っていない学のない私と違って、学園に通っているベラ様は素晴らしい令嬢だと、そう言っていたのはあなたでしたよね?
ふざけたことを言わないで下さい。
帳簿やマナーができていないなら、あなたが教えてあげればいいだけでしょ」
「俺にだってできないのに教えてやれるわけがないじゃないか!」
「あら、自分が帳簿付けをしたんだと、ご両親に報告していたくせに、できないわけがないじゃないですか!
そもそも結婚もしていない相手に家の仕事をやらせようということが非常識なんですよ。
私はあなたに丸投げされて困っている使用人さんが気の毒だから手伝っていただけよ、勘違いしないで!」
「領民も俺の言うことを聞かなくなってきたんだ」
「皆さんの話を聞かないで勝手なことばかり命令しているからでしょ。
あなたがちゃんと聞く耳を持てば、私なんていなくてもどうにかなるわよ。多分ね。
とにかく私は偽装妻になるつもりはありません。
というか、なりたい人間なんているわけないでしょ。
自分の代わりに仕事をしてもらいたいなら、それに見合う賃金を支払って、専門の人を雇えばいいですよ。
まあ、私はあんな最低最悪低賃金の職場では絶対に働きたくないですが!」
最初は丁寧に話していたアイラも、イライラしてぞんざいな口調でそう言い放った。
コスナータ男爵令嬢の話は、周りにいた人々の嫌悪感をさらに増幅させた。
そもそも彼らは、慈善活動が目的で集まっている善良な人々が多いのだ。
もちろん人気取りや義務感で来ている人もいるだろうが、少なくとも真っ当な貴族である。
まだ婚約しているだけなのに、年若い令嬢を無報酬で働かせるような非常識な人間はいなかった。
しかも浮気をしたせいで婚約破棄されたくせに、謝罪もなく平然と復縁を求める男にあ然とした。
その上その後彼らは、この男のさらに信じられない行動を見せられる羽目になったのだった。




