第10章 処罰
青ざめて震えているアイラに気付くこともなく、ルートンとのいつものじゃれ合いを終えると、第二王子は真面目な顔をしてこう言った。
「あの男の行為は悪質だったがまだ成人前だから、懲役刑になることはないだろう。ただし矯正施設へ送られると思う。
あんな危険な性格の人間を放置したらまた何をしでかすかわからないからな。
あそこは性格が改善され、生きて行くための資格を何が身に付けないと出て行けない。
あの男では当分、いや一生無理じゃないのかな。
それとルートンとアイラ嬢への慰謝料はその親が賠償金を支払うことになるだろうね。
もちろん婚約解消の慰謝料とは別だよ。
他の貴族達からは縁を切られるだろうし、間違いなくあの子爵家は近い内に傾くだろうな。
もう危険な目に遭うこともないだろうから安心していいよ」
幼なじみの高貴な身分の男は、小悪魔的な微笑みを浮かべてそう言った。
それを聞いてルートンはホッとした顔をした。正直もうあの連中に関わるのはご免だと思っていたからだ。
しかし、事情聴取とやらはしなくていいのか?という疑問はあった。
例の婚約解消の証人の件同様、今回も公的機関に呼び出されることはなかったからだ。
しかし、余計なことを口にしても仕方がない。無駄に時間を搾取されなかったことを素直に喜ぶことにした。
ところが、アイラの方はその話を聞き終えても、厳しい表情を変えることはなかった。
そして、少し間が空いた後で、高貴な方を見つめて彼女はこう訊ねた。
「それで、私への罰はどのようなものになるのでしょうか?
やはり矯正施設でしょうか?」
「「罰?」」
本好き仲間の二人は瞠目した。何を言っているんだ?って顔をして。
「殿下はご存じですよね? 私が罪を犯していたことを。あの男と同じような行動をしていたのだから、やはり罰を受けるべきですよね?」
「あの男と同じことをしていたとはどういう意味だい?」
ルートンが少しだけ目を眇めて訊ねた。
「付きまといです。ガルバン卿の行き帰りをずっと後ろから付いていました」
「でも、それって僕を護衛するためだったんだよね? それは付きまといとは言わないだろう。
罪になるわけがないじゃないか。ねぇ、アルストランス殿下?」
「ああ、そうだな。
というより、ルートンは彼女のことに気付いていたのか?」
この国の第二王子が意外そうに質問を返してきた。
彼はルートンがいつも何やら思考をしながら歩いていることを知っていた。
だからこそ人や馬車にぶつかるのではないかと心配して、彼の兄達と同じく影に尾行させていたのだ。
「さすがに人の気配くらいは感じますよ。どれだけ僕をぼんやりした人間だと思っているんですか」
「じゃあ何人に付けられていたかわかるか?」
「何人って、どういう意味?」
ルートンが不可解そうな顔をしたので、ああ、気付いていたのは彼女のことだけだったのか、と彼は納得した。
そう。ルートンの後を付けていたというか、つけ回していたのはアイラ以外にも結構たくさんいたのだ。
第二王子の付けた影や、ガルバン伯爵家の付けた護衛。それだけでなく、彼を引き抜きたい城の別部署の者とか、大商会の人間達、そして崇拝者達が。
それを教えてしまったら、意外とデリケートな幼なじみは体調不良になってしまうことだろう。
そう思ったアルストランス王子は誤魔化すように話を変えた。
「まあ、それはともかく、アイラ嬢の付きまといはルートンを護衛する意味だったわけだし、された本人も気にしていないというのだから、何の問題もないよ。
ただし、コスナータ男爵家の方はお咎め無しとはいかないな」
「どういうことだい?」
「そもそも、あの婚約破棄された時、当然コスナータ男爵夫妻もその場にいたのだろう?
本来ならば彼らがオルドス子爵家ときちんと対応すべきだったのに、未成年の娘に全て任せ切りで何も対処しなかった。
その後も、娘や恩人に危害がある可能性があったのに、それも無視して何も対策を取らなかった。これは貴族として無責任過ぎる。
しかし、最下位の男爵家だから降格させることはできない。かといって爵位を取り上げるほどでもない。
だから、コスナータ男爵家にはガルバン伯爵家に対する迷惑料の支払いを命じるつもりだよ。
それと、長年育児放棄をしてきたことに対する罰として、アイラ嬢の養育権を剥奪する。つまり親子の縁切りだ」
親子の縁切りだと?
あまりのことに、ルートンとアイラは喫驚して固まった。しかし……ルートンはすぐにこう思った。
あんな酷い男と婚約させ、まだ幼い頃から辛い思いをさせておきながら放置して、結局助けてやらなかった親だ。
自ら手を出さなかったとしても、それらは虐待と何ら代わりはない。縁切りした方がいい。彼女なら一人でも生きて行けるだろう。
ずっと近くにいた。それなのに、彼女がそんな辛い思いをしていたことに気付けなかった。その事実に胸が締め付けられた。
知っていたら、いや、知ろうとしていたら、彼女を救い出す手立てをきっと見つけられていたはずなのに。
しかし、東の国で人気だという、男子だけの学園で繰り広げられる青春物語を読んでからというもの、頭の中で警告音が鳴っていたのだ。
ずっとずっと気になっていたからこそ、彼とは個人的なことではあまり深く関わらないようにしていた。
その方がお互いのためだと勝手に思ってしまったのだ。
そのくせ、好きな食べ物や欲しいと思っている本など、いつの間にか自分の個人情報を話していた気もするが。
でも、もうそんなことを気にする必要はなくなった。彼は彼女だったわけだから。
これからは彼女の手助けをしていきたい。そうだ。僕が彼女の後ろ盾になろう。
ルートンがそう口にしようとした時、王子が言葉を続けた。
「アイラ嬢、どうする? 君がどうしても家に残りたいというのなら、君の希望通りにしやってもいいが」
「殿下、私はこれまでわがままも言わず、家のため、婚約者の家のために頑張ってきました。
それが貴族の家に生まれてきた娘の義務だと思っていたからです。
でも、私の唯一の憩いの場である図書館にさえ、自由に通わせてくれなかった両親の元にいるのは、ずっと苦痛でした。
あの家を出たくてたまらなかったのです。ですから、殿下のお力添えで家を出られたら、それは僥倖です。
感謝いたします」
それを聞いたルートンは、嬉しそうな表情をしてこう言った。
「えーと、君がコスナータ男爵家から抜けるのなら、家名ではなくアイラ嬢と呼んでもいいのかな?
僕のこともこれから名前で読んで欲しいな」
ルートンの言葉に、アイラはパッと顔を赤く染めて、嬉しそうに微笑んだ。
「はい。ありがとうございます。ルートン様」
「良ければ君の後ろ盾にならせてもらうよ。だから、今後のことは心配しなくていいよ」
普段なら鷹揚としているルートン。しかし、珍しく緊張しながら彼はこう言ったのだった。