結婚相手
編集中です
会議から一週間、シャン・バリカの息子がトナのお父さんと一緒に来た。
静かなトナの家にノックの音が響いた。優雅にコーヒーを飲んでいたトナが、はーい、と返事をする。
ドアを開けると神父の格好をして和かに笑う父が立っている。その隣に誰か立っているが見えない。
「トナ、おはよう」お父さんが和かに言う。
勢い良くドアを閉めた。
「いいの? トナそんな事して」ニヤニヤしながらベラが聞く。
「いいのよ! 何の用かしら、この前あんな事したのに! あんな和かに、トナ、おはようだって? バカにもほどがある! こっちはまだイライラしてんのに。ベラだって今じゃあ、外に出れないのに」ブツブツとドアの前で父に聞こえるように声を張る。
またドアをノックする。
「何のよう? パパ」開けずに返事をする。
「開けなさい」優しく言う。
「開けてあげるけど、まず用件を言って」
「紹介したい人がいる」
「わかったわ」仕方なく、言うと続けて忠告した。
「でも、ベラに手を出さないでよ。連れて行こうとか、殺そうとかしたら私がパパたち殺すからね」
トナはこの頃ナイフを持ち歩くようになった。あの騒動の後、買い物に行ったら殺されそうになったからだ。
でも、こんなものは持っていたくなかった。トナは仮でも母親であり牧師の娘だ。牧師がこんな物持ってるなんて少し恥じていたが、ベラと自分を守ってくれる物なので仕方なく持っている。
「わかったから開けなさい」父の威厳がある声だ。これにはトナも勝てない。
「はいはい。紹介したい人って?」腰に手を当て言う。
「この人だ。トナ、お前の結婚相手、ジリアン」
トナのお父さんの隣には、トナの頭一個分大きい男の人がいる。フロックコートをまとった
青年は無表情に後ろのソファーに座っているベラを観察するように見ていた。
その事にトナはすぐに気が付いた。
「パパ、今結婚相手って言った? この人、誰よ。私知らないわ」なんとかベラから視線を外させそうと男の前に出る。だが、身長差もあり、トナをチラリと見ただけで直ぐに目線をベラに戻す。その男の行動をみてお父さんは小さくため息をこぼす。
「おい、悪魔。どっか行け」ベラを見て、お父さんが言う。
「嫌だね、クソじじぃ! お前がどっかに行け」ソファに肘を付いて寝て、睨みつける。
お父さんは、今にも飛びかかりそうなくらいの怒りに震える。
「貴様、誰のおかげで生きていられると思っている! あの日にお前を拾わなくちゃ、凍え死んでいたんだからな! 感謝しろよ、悪魔」激しく唾を飛ばしながら、そのさまはとても牧師には見ない。
「パパ、ベラは悪魔じゃない。ちゃんとした名前があるのよ。それにベラ、口が悪い」落ち着きをはらいながら、言う。慣れているからだ。「で、その人誰? 顔と名前に覚えがいないわ」
「この人は、シャン・バリカの息子だ。今まで隣町に住んでいた。幼い頃に遊んだはずだが……」うーむ、と考え込む。
「あぁあの人、私嫌いよ」当然、とでもいうように言う。「でも、初めてじゃないらしいけど、初めまして」握手を求める。
「初めまして」目線は外さず、そっけない返事が返ってきた。トナが手を出したことに気づいてないようだ。直ぐに手を引っ込める。
「座っていいのよ」見るからに嫌な顔をして言う。
「はい」それを見てか、ベラから目を外し、トナの目を見て笑顔で答える。
トナは一瞬彼の笑顔に見とれたが、さっきのベラを見る目を思い出し、
「こいつも敵だ」と誰にも聞かれない声で自分に言い聞かせた。
キッチンにお茶を作りに行く、自分とベラにはコーヒーをだし、ジリアンとお父さんには濃いお茶を出した。飲んだ瞬間、ジリアンは顔をしかめた。だが、美味しいねと笑顔で答える。お父さんのほうは飲まずに話を進める。
「でだ、結婚の日取りはいつにする。やっぱりどちらかの誕生日か?」
早口で誰にも口を挟まれないように話す。もう一度口を開けたが、驚きを隠せないトナが先に声を出した。
「ちょっとちょっと、何言ってるのよ。私は結婚するなんて一言も言ってない、勝手に決めないで」横目でジリアンを見る、そして指を指す。「それに彼だって嫌なはずよ」
「いえ、俺は別に」曖昧な返事だ。
「大丈夫よ。全く傷つかないから、本音を言いなさい、ね!」
脅すように、目の笑っていない笑顔をくりだす。
「俺は、あなたに一目惚れしてたんです」恥ずかしそうに笑っている。
トナは耳まで赤らめて、言うことが違うでしょ! と怒鳴る。トナは顔を上げられない。ベラは、ゲラゲラと笑う。お父さんは初耳だったのか、口を開け、固まった。だがすぐに顔の筋肉を緩ませ、良かったじゃないかとトナを見る。そして、ジリアンの背を強く何回も叩き、
「何故、言ってくれなかったんだ。驚いたじゃないか。いつだ? いつ、私の娘に恋をした?」と相変わらず頬を緩めながら、問いただす。
「えっと、子供の頃ですかね。初めて一緒に遊んだときに」今にも顔を両手で隠してしまいそうな程に、恥ずかしそうに答える。お父さんはさっきよりも強く背中を叩き、
「そうかそうか、この子はいい子だ。こんな悪魔さえもかくまってやるほどだ」
それからもトナのことを褒め、昔話をし始めた。ベラは、本当に親馬鹿だなと鼻で笑ったがそれも聞こえないほどだった。日が沈むとすぐにジリアンは帰った。
そろそろ、夕食の時間なので、トナはキッチンに向かう。
トナは話をきいてる間ずっと顔を赤くし、下を見つめていたので、異様に疲れ、溜息ばかりが出る。
ジリアンはいい奴だなぁ、とお父さんが言う。どうやら意識は空に浮かんでいるようだ。
「私は結婚しないわ、あの人となんか」そんな父を見て、呆れたため息をつきながら言った。
それを聞いてお父さんの意識は体に戻ってきた。
「なぜだ。シャン・バリカか、ジリアンはあいつとは違う、いい奴だ。それにお前を好いてくれている」
あいつの息子に変わりはないわ、と呟く。
それはそうだが……と反論ができない。
「私はあの人の全てが嫌いなのよ。違うって言うけど息子なんだから、一つや二つくらい似てるわ」
「何故、そんなに嫌う?」首をかしげ聞く。
「お金持ちだからって偉そうなのよ。なんでもお金で解決しようとするじゃない。それにあの人がお義父さんになるなんていやだわ、ゾッとしちゃう」