9話 あなた誰ー!
魂状態の梛が見守るなか、男たちは一本の金属の杖を囲んで悪戦苦闘していた。
「この伝説のっ、大魔道士の杖にっ、魔力を込めればっ、古代兵器はおれたちを主と認識してっ、思うがままに操れるっ……!」
「え? それ杖なの? 魔道士の?」
戦闘で鍛えられているはずの男たちが、顔を真っ赤にして杖を持ち上げようとしているが、ぴくりとも動かない。ここに来るまで金属の杖を担いでいた体格のいい格闘家男は、力尽きたのか側で目を回して倒れていた。
「いいか! 身体強化が限界だろうが、オレたちに出来ない事はねえ! 金も女も世界だって手に入れる! オレ達は最高の冒険者だ!」
「そうだ! 世界を手に入れて、オレらを見下してきた貴族どもを一人残らず奴隷にしてやる! 奴隷にされた仲間の仇を討つ!」
「オレらは出来る! 値上げと増税ばかりしやがって、国民が命を削っておさめた金を無駄使いする事しか頭にない貴族どもに鉄槌を!」
「俺たちは出来る! 酒場やギルドや街中のいい女を貴族のぼんくらどもから取り戻せ! 行くぜ! 持ち上げろおお!」
「うおおおおおっ!!」
「おりゃああ!」
何なの、この熱い体育会系のノリは。意外と仲間同士の絆は深いのかしら。会社の上司に恵まれていない梛はちょっぴりうらやましくなった。でも、やっている事が本末転倒過ぎて仲間には加わりたくない。
地面に転がっていた金属の杖が男たちに抱え上げられ、ようやく改革の旗のように片方が持ち上げられる。
「魔力を込めろっ!」
「おう!」
男たちの体から、暑苦しい熱気を帯びた魔力が杖に流れ込むと、杖の表面に複雑な紋様と文字が輝いて浮かび上がる。
「さあ! 今だ! 封印を解け!」
汗にまみれながら男が叫ぶのを見て、セキエイは衣の裾で口元を隠しながら言った。
「お断りします」
「なんだと……うおっ!?」
拒絶されて気が逸れると、金属の杖が重みで傾ぐ。
「いいから解け! 今のうちに! は、早く!!」
「……嫌ですわ」
「何でだよっ!?」
それは気付く。目の前で杖一本持ち上げるのすら困難な姿を見れば。ほっとけば勝手に力尽きてしまうのだから。
「リーダー……! だめだ、そろそろ腕が……」
「オレも足が……足が限界で……!」
「馬鹿野郎! 諦めるな! 思い出せ! あの屈辱の日々を! こんなところで終わるオレたちじゃねえ! 人生は一度きりだがやり直しは何度でもきくんだ! これはその最初の一歩! 踏ん張れ! 乗り越えろ! 夢をこの手につかめ!!」
「リーダー!」
「そうだ! 今踏ん張らねえでいつ踏ん張る!」
「……感動的シーンっぽいけど、やろうとしてる事が古代兵器で復讐なのよね……」
梛が呆れる間にも、その重みに負けて杖はどんどん傾いていく。リーダーは汗を滝のように流しながら、ちらりと寄り添い合う妖精たちを見やった。
「妖精さんよ、お前の大事な恋人がどうなってもいいのか!? そいつはオレたちの奴隷だってこと忘れてるんじゃねえのかっ。おい、命令だ! こっち来な!」
「!?」
コクヨウの体がびくりと震え、苦し気に立ち上がると男たちに向かってヨロヨロと歩き出す。
「馬ー! どっかに馬いないのー! んもー! こんなやつ蹴り飛ばしてやりたーい!」
「コクヨウ! コクヨウ! やめて! 呪いで苦しめないで……!」
「だったら封印を解きな! オレたちが杖を倒せばこいつも無事じゃ済まないぜ?」
杖が傾く方へとコクヨウを呼び寄せて、リーダーがにやりと笑う。だが、リーダーも他の男たちも、足はすでに生まれたての子鹿のようにガクガクプルプルしていた。このままだと彼らもろともコクヨウが倒れる杖に巻き込まれてしまう。
「セキエイ……俺のことはいいから……」
「……いいえ。いいえ、コクヨウ……あなたを失いたくありません……。封印を解きます。ですから彼を傷付けないで……!」
「セキエイ……」
「ああ、コクヨウ……」
「そういうのは後でやれ! 後でっ! 本気で足も腕も限界来てんだよ!」
リーダーに怒鳴られ、コクヨウと見つめ合っていたセキエイは我に返った。急いで鳥かごの中で手を組み念じると、巨大な鉱物の柱が回転しながら上下に分かれていく。
梛はその時、気が付いた。
「ちょっと待って、セキエイちゃん。こんな大きな石の柱を動かせるんだったら、その力でこいつらやっつけられるんじゃないの?」
だがセキエイは愛するコクヨウを助けたい一心で、己れの能力の高さに全く気付いていない。
「お、お嬢様だから、他人を攻撃する発想がないんだわ!」
しかも隙もなくて無理矢理体を間借りする事も出来ない。恋は強い。でも今はちょっぴり気を失ってほしい……! このままでは古代兵器が地上に放たれてしまう!
「さあ、古代兵器とのご対面だ!」
ぽっかりと開いた入り口の先に、淡く光る空間があった。
「な、何だこれは……」
中央にあるのが古代兵器だろう。硬質な巨体はSFアニメにでも出てきそうな、人型のロボットに似た姿をしている。
だが、砕けていた。
ボコボコになって瓦礫の山と化している。
そしてたくさんのヒカリネズミたちが、ここが楽しいアスレチック場でもあるかのように駆け回って遊んでいるではないか。
「え? 古代兵器……壊れてる……?」
あまりの平和な光景に呆然と立ち尽くす男たち。その手から超重量の杖がすり抜けていく。それは呪いで動きを縛られたコクヨウの上へ倒れ込んだ。
「いやーっ! コクヨウーッ!!」
恐怖でセキエイが意識を失う。
「今ーっ!!」
梛がセキエイの体に滑り込んで、ありったけの魔力を鉱石に送り込む。壁から押し出された鉱石の柱が、除夜の鐘をつく橦木よろしく傾く杖を突き飛ばした。
金属音と火花を散らしながら、杖はコクヨウの横手に倒れた。
「ま、間に合った……。危なかったあ……」
かなりの勢いで押し出したはずなのに、杖がずれたのはほんのわずかだ。これならコクヨウの周りを陥没させた方がよっぽど安全だったかもしれない。
「でもあの杖、倒れただけで結構地面にめり込んでるわ……どっちもどっちかしら……」
驚いた顔を向けるコクヨウに、梛は手を軽く振ってみせる。セキエイの体に再び御使いが宿ったのだと気付いて、コクヨウが頭を垂れた。
「そこで何してる、てめえ!」
「誰だ! 降りてこい!」
男たちが叫ぶ。アスレチック状態の古代兵器の頂きに、誰かが仰向けで寝転がっていたからだ。
「……やれやれ、騒がしい連中だ。おちおち昼寝も出来んわ」
「イケオジボイス!?」
大御所声優の如き渋い声の主を仰ぐと、そこにいたのはモモンガだった。
「……え? モモンガ? モモンガ……よね?」
見た目はモモンガだが、現実世界では掌サイズにもかかわらず、このモモンガは人間の子供ぐらい身長がある。
つぶらな瞳でこちらに向かって首を傾げてみせる仕草がとっても可愛い。
「あんまり騒ぐと、この古代兵器のようになるぜ、坊や」
「声と見た目のギャップがすごいわ!?」
「お前が古代兵器を倒したって言うのか!? 獣人風情がほざくな! てめえ、ここで何してやがった!」
「見て分からんか?」
モモンガ獣人はバッと威嚇するように己れの腕を広げて言った。
「このたるんだ二の腕を鍛えるジムを探していたっ!!」
淡く光る空間に、渋い声が響き渡っていった。動いているのは、モモンガ獣人の飛膜のみ。たるーんたるーんたるーん……と、美しく波打っている。
「……ハッ!? モモンガが二の腕鍛えていいの!? それ使ってお空を滑空するんでしょ? 気持ちは分かるけど寧ろそこはたるませておかなきゃいけないんじゃ……?」
我に返ってツッコむ梛とは裏腹に、大音声に硬直しかけた男たちが、恐る恐る呟いた。
「ジ……ジム?」
「ジムって何だ?」
男たちの呟きに、梛はあることに思い至った。
「もしかして、このモモンガさんも転生者の人?」