8話 愛なのねー!
大地の妖精を捕まえた人間の男たち五人は、細い崖の道を下り、滝の裏側に隠れていた洞窟へと入る。
中に入った途端、光の波が男たちの周りから広がっては遠ざかっていく。
「相変わらず、ここはヒカリネズミが多いな」
「灯りが要らないのはいいが、匂いがひでえ」
「わー、ライブ会場のペンライトみたーい」
梛の目には淡い色彩を帯びたヒカリネズミのしっぽは、推しを見つけたファンがこちらに向けて熱心に応援しているように見えた。
「アイドルってこんな気分なのかしら? みんなー! 応援ありがとー!」
幻想的な光景に、アイドル妄想を重ねてうっとりしていると、男たちが面倒臭そうにぼやく。
「ちっ、弱いくせに威嚇してやがる」
「あんまり近付くなよ。鳴き声で他のモンスターが来ちまうからな」
「歓迎されてなかったー!?」
男たちは意外に統制のとれた動きで奥を目指していく。
若干一名、金属の杖を持った格闘家男だけがヨロヨロしている。体格がいいのにすでに疲れているようだった。
その男たちの後を大地の妖精のコクヨウと、魂状態になった梛がついていく。
奥に行くにしたがって、ヒカリネズミの数はどんどん増えていった。
「おいおい、ネズミで渋滞してんじゃねえか」
「この辺はモンスターがいなくて安全ってことか?」
「前に下調べした時には多少ウロチョロしてたけどな」
「オレらにビビって逃げたんじゃねえか?」
「しょうがねえ、ここで一旦休憩だ。杖を下ろして休め。そろそろ身体強化の術も切れる頃合いだ」
ヒカリネズミの多さにうんざりしながら、男たちが見張りを立てて、それぞれ休憩に入る。
荷物と一緒に置かれた鳥かごの少女の様子を見にコクヨウが駆け付けても、誰も気にしていない。奴隷の呪いがあるからだろう。
「ん……こ、ここは……?」
雑に置かれた震動で、鳥かごに入れられた妖精の少女が目を覚ます。
「あっ、本人が起きちゃった。てことは私の転生時間終了?」
しかし竜牙兵が砕けた時のように、魂が現実世界へ戻ろうとする気配はない。
「大丈夫か?」
「えっ」
鳥かご越しに覗き込んだコクヨウを見て、妖精の少女の顔が見る間に赤くなる。同時に梛の胸の鼓動が早くなった。
「ええっ、魂なのに心臓がドキドキしてきちゃった。もしかしてこれが一目惚れ?! 恋が始まったの!?」
間借りした相手の精神状態と同調してしまうのか、梛から見てもぷにぷにした顔とつぶらな瞳のコクヨウが、急に八頭身ぐらいのものすごいイケメンに見えてきた。
「すまない……俺のせいで君をこんな目にあわせてしまって……」
妖精の少女が悲し気に首を振った。
「お気になさらないで。ずっと前からわたくしは人間に狙われていたのです。国の者は追われる恐怖に耐えきれず、この地を離れてゆきました。この地に残っているのはわたくしひとりきり……」
「お嬢様だわ!」
鳥かごの中で涙をこぼす妖精の少女の可憐な仕草と口調に、梛は思わず感動してしまう。悪役じゃないけど令嬢に転生出来ていたのだ。
「……君は、先ほどまでとは随分印象が違うようだが……?」
話し方や雰囲気ががらりと変わった少女にコクヨウが戸惑う。少女は恥ずかしそうに小さく笑った。
「逃げる途中、女神様に祈りが届いたのでしょう」
「もしや女神様の御使いになっていたのか?」
梛は目をしばたかせた。体を間借りした転生者は、こっちの世界では女神の御使いと呼ばれているらしい。
「ええ。気を失ったわたくしを守ろうとする強いご意志を感じました。あの恐ろしい人間たちに立ち向かわんとする勇敢な心も」
めちゃくちゃ誉められている。ただ叫びながら逃げまわっていただけの気もするのに、何て良い子なの。さすが妖精のご令嬢だわ。妖精の少女への好感度が梛の中で爆上がりする。
「人間たちは君が特別な宝の在りかを知っていると言っていた。どうして国の者と一緒に逃げなかったんだ。君なら……君のように美しく魔力の強い妖精なら、他の国でもきっと迎え入れてもらえただろうに……」
コクヨウの指が妖精の少女の涙を拭う。妖精の少女は恥ずかしそうに頬を染めながらも言った。
「わたくしの先祖は代々、この地の鉱脈を守ってきた一族です。わたくしがその役目を投げ出すわけにはまいりません。ですが、特別な宝などここにはございません。ここには先祖が古い鉱脈で発見した……恐ろしい古代兵器が封じられているだけなのです」
「古代兵器!? それは一度動き出せば竜すら屠ると伝えられているあの……?」
「ええ。先祖は最も硬く強い鉱石の洞窟に古代兵器を封じ込めました。ですが封印が解かれれば、再び戦乱の幕開けとなり、魔王が君臨していた頃の世界に戻ってしまうでしょう」
「そんな……こんな事になるなんて、俺は何て愚かなんだ……! あんな人間たちに加担して君を苦しめて……」
「ご自分を責めたりなさらないで。そんなに強い呪いを受けていらっしゃるのに、わたくしを気遣って下さる優しさを、失うことなくお持ちではないですか。最期に気高き同族と出会えてわたくしは幸せです」
「……俺も幸せだ。人間に騙され呪いを受け、地獄の瓦礫を這いずるような日々の最期に君のような尊い存在に巡り会えた。君が呪いの泥沼から俺をすくい上げ、清らかな心で磨いてくれた。俺の全ては君のものだ。俺は君だけの鉱石コクヨウとなって君を護ろう」
「ああ、コクヨウ……わたくしはあなただけの宝石セキエイになり、砕け散り砂に還るまで、あなたのお側に」
鳥かごの柵越しに、妖精たちはひしと抱きしめあった。
「きゃあああ! 愛ね! 愛なのね! これが大恋愛なのね! 脳内に永久保存したい! ぅおめでとおおおー! お二人ともー!」
年齢イコール彼氏いない歴の梛には、直視するのもはばかれるほどの仲睦まじさだ。眩しすぎて赤面しながら宙をのけ反るしかない。
「いつまでくっちゃべってやがる」
休憩を終えた男が指でコクヨウを弾きとばした。
「ぐあっ」
「コクヨウ……!」
「何てことするのーっ!?」
男に飛び蹴りをしても梛の体はすり抜けてしまう。
「妖精さんの恋路をデコピンで邪魔するなんて! 馬に蹴られちゃうわよ! 何で馬かは知らないけど! とにかくこのこのこのーっ!」
何度パンチをしても梛の拳は相手の顔をすり抜けた。
「んもおーっ、こんな事になるんなら、もっと闘える種族に転生するんだったーっ! セキエイちゃんにもデコピンするなら、指に噛みついてやるんだからねっ! ちょっと体お借りするわねっ!」
しかし妖精の少女セキエイは、ふらつきながらも後を追うコクヨウの身が心配で仕方ないのか、梛が体を間借りする隙すらない。
「んきゃっ、弾かれたー?! 恋する乙女のガード高すぎない? 私よくこの子に転生出来たわね……」
梛の努力も虚しく、先ほどよりも距離をとって数の減ったヒカリネズミの群を避けながら、男たちは洞窟の奥にたどり着いた。そこには大きな鉱石の結晶がひしめいている。
「さあ、妖精さんよ。お前の力でここを開けな」
「ここに宝などございません」
鳥かごのセキエイに向かって男がにやりと笑う。
「いや、あるさ。古代兵器がな」
「な、何故それを……!? 代々一族の長だけが抱える秘密を……」
「さっきコクヨウ君にお話したことはこの際ノーカウントなのねセキエイちゃん!」
誰も聞いてなくてもツッコまずにはいられない梛だった。
「へえ、あの情報屋、随分優秀な奴だったようだな」
「ちょっとその情報屋あやしいわよ! 何者なの!?」
物語好きな梛の直感が何かのフラグを感じ取ったが、男には聞こえていなかった。
「古代兵器が目覚めれば、あなたたちとて無事では済まされません」
「心配無用だ。この伝説の大魔道士の杖があればな!」
男は仲間の一人が足元に置いた金属の杖をつかみ、頭上に持ち上げ……られず、もう一度気合いを入れたがやはり持ち上がらなかった。
「……くそ重てえんだよ!」
男の怒号が洞窟に響き渡った。