7話 捕まえないでー!
己れが一体何に転生したのか、皆目見当もつかない梛だった。
しかも川に映った自分自身をいくら凝視しても、光文字が現れてこない。流れが速くて姿がぶれるせいなのか、追いかけられて気持ちが焦るせいなのか。
「お、落ち着くのよ福籠梛。こんな時は他人のフリ見て我が身を悟れよ! ……だったような違うような、とにかくこっちの人は体型とか見た目が似てるから、何か分かるかも」
梛はここまで先導してくれた相手を凝視した。思いっきり気合いを入れて見つめれば、光る文字が宙に記されて何か教えてくれるかもしれない。
今の梛と同じく四、五頭身の相手は、黒髪黒目で黒い服。首には細い針金状の首飾りのようなものをつけている。
「なっ、何を……?」
「じっとしてて!」
「どうして俺なんかを、そんなまっすぐな目で……」
相手がこちらの視線に驚き、動揺しながらも見つめ返してくるのも気にせず、ぐぐうっと目力を込める。
さあ、出てきて光文字さん! 私にこの人が何者なのか教えて――!
『コクヨウ:大地の妖精。全長17センチ。大地の妖精の中ではかなりのイケメン。宝石細工のスキルがなかった為に……』
「よし、出たわっ!」
思わずガッツポーズをする梛。まだ続きがあったのに、最初の一文に気を取られて全く読んでいなかった。
コクヨウという名前の大地の妖精。という事は、自分もそうである可能性が高い。
コクヨウ本人は一層目を輝かせて己れを見つめてくる梛の視線に完全に射ぬかれていた。
梛には自分が間借りしている少女の顔も、コクヨウの顔もそれほど違いがあるようには見えなかったが、少女は大地の妖精の中ではとんでもない美少女だったのだ。
一目惚れされても梛は全く気付いていない。リアルであまりにも下心のギラギラでギトギトな視線にばかり晒されてきたせいで、ピュアな恋の視線に気付き難くなってしまっていたのだ。
「全長17センチ……」
梛が間借りした少女はそれより低い。15センチぐらいだろうか。
「じゃあ、この大きな森とか滝って……」
実はごく普通の下生えの草や、ただの川のちょっとした高低差でしかないという事実にようやく気付いた梛だった。
「小さ過ぎるー!? 何でこんなにちっちゃいのーっ!?」
梛の顔に手を伸ばしかけていたコクヨウが、反射的に手を引っ込める。
女神様にお願いした言葉が、叫んだ梛の脳裏に甦っていた。
――可愛い女の子! すっごく可愛い女の子がいいです! こう、ちっちゃくて守りたくなるような! レン君が頬ずりしてくれる感じの可愛い女の子でお願いしまーす!
ちっちゃくて守りたくなるような!
ちっちゃくて……ちっちゃくてちっちゃくて……!
「言った……! 言ってたわ私……! でも、こんなに小さくなくてもいいのに……!」
だとすると、壁を壊すような勢いで自分を追いかけていた巨人たちも、本当はそうではなかったのか。
「さっきの追いかけていた巨人って、もしかして人間だったの?」
ぎくりとしたようにコクヨウが体を強ばらせて頷いた。
「……そうだ。あいつらは人間だ」
サイズが小さいだけで、あんなに違う生き物に見えるとは。それとも妖精の視点だと恐ろしい生物にしか見えないのか。
「こっちはこんなに小さい体なのに追いかけまわすなんて! めちゃくちゃ怖かったんだから!」
「すまない……。君をこんな目に合わせてしまって」
コクヨウが苦しそうな表情で言葉を絞り出す。
「え? どうしてあなたが謝るの?」
きょとんとして首を傾げる梛の視線に耐えきれず、コクヨウが顔を背ける。
「それは……」
「それは?」
コクヨウを覗き込もうと近付いた途端、近くの崖からぬっと大きな手が現れ、梛の小さな体を捕まえた。
「それはなあ」
「きゃーっ!?」
崖の陰に隠れていた人間の男が薄ら笑いを浮かべて梛に告げる。
「こいつがお前を騙して、ここに連れてきたからさ」
しかし梛は聞いていなかった。びっくりし過ぎたショックで魂が間借りした妖精の少女の体からすっぽ抜けてしまったからだ。
魂だけの梛は、妖精の少女ではなく、本来の人間の姿だった。
「きゃーっ!? すっ裸ー!?」
大きな胸とむっちむちのお尻を隠そうと、空中でぐるんぐるん動転していたが、誰もこちらを見ていない。
どうやら魂だけの状態の時は、相手に姿が見えないようだ。
「でもやっぱり恥ずかしいー!」
宙で悶えていると、体の輪郭が少しぶれて何かがまとわりついた。服を着ている。転生者の特典だろうか。
「しかも妖精の女の子と同じ服!」
胸の所は思いっきり襟元が開いて谷間が強調されてしまうが。
「これってコスプレになるのかしら。うわー、可愛いわっ」
憧れつつも人前でコスプレをする勇気がなかったので、不意のサプライズにテンションが上がる梛だった。
「はっ、浮かれてる場合じゃなかった!」
すっ裸問題はひとまず解決したが、状況は芳しくない。
気を失った妖精の少女を捕らえた人間の男は、他の仲間を呼んでどこかに向かおうとしている。
リーダーの男を筆頭に、戦士っぽい武装をした男二人に体格のいい格闘家スタイルの男とローブを着た魔道士らしい男の五人。
「イケメンいないの……!?」
いないこともないのだが、やさぐれて持ち前の器量にデバフがかかっているのである。
「乱暴に扱うな!」
足元で声を上げたコクヨウを軽く蹴って男達が嘲笑う。
「今頃ナイト気取りか。奴隷の分際で」
「なんてことするのよ! このこの!」
蹴った男の頭にパンチをお見舞いしても、梛の腕はすり抜けてしまう。
「よし! 目的のものも手に入った。これから封印の洞窟へ向かうぞ!」
「おう!」
嬉しそうに歩く男達の後を、力なくコクヨウがついていく。蹴られた事より小さな鳥かごに入れられた少女の様子を気にしている。
「そういえば、奴隷って言ってた?」
よくよくコクヨウを見ると、読みとばしていた光文字が再び現れる。
『……宝石細工のスキルがなかった為に村を追放された放浪妖精。人間に騙され高位の術士でなければ解呪できない奴隷の呪いを受けた』
「何それ……人間のやることってえぐいわ……。けどスキルがないからって村を追放するのもひどくない? 新人を育てる気もないうちの会社と一緒じゃない。しかもだまされて今度はもっとブラックな所で社畜さんにされるなんて……。転職よ! 転職しなきゃ! 私も早く転職したい……!」
梛の中で俄然この妖精たちを助けたい気持ちが湧いてくる。
しかし今は魂状態で、間借りしている少女も気を失っていて目覚める気配はない。現実世界に戻る気配もないから、魂の間借り先は妖精の少女のままだろう。しかもキューブに収納された武器も何もかもが規格外。今なら分かる。自身のサイズが小さすぎて使えないのだ。
「わーん! こんなのどうしたらいいの、レン君ー!」
その頃レンは、中身が10歳の未成年の為に、街の人からの酒杯を断るのに必死だった。