6話 追いかけないでー!
転生すると巨人に追いかけられていた。
「うきゃーっ!? 何!? 何なの!? どうなってるのーっ!?」
迫る大きな足が地響きとなって福籠梛を追い立てる。早く逃げたいのに視界は悪い。行く手は異様に背の高い植物がそびえて鬱蒼としている。
「ちょこまか逃げるんじゃねえっ。くそっ、どこ行きやがった」
植物をなぎ払いながら叫ぶ巨人。視界を遮られているのは梛だけではないようだ。
「あっちが揺れてるぞ!」
「お前は向こうから脅せ!」
頭上で巨人達が叫び合って、梛をどんどん追い立ててゆく。
よく分からないけど、とにかく捕まったらダメだ。梛は叫び声を振り払うように懸命に走った。体のどこか奥の方から、何かが自分に訴えかけてくる。逃げて逃げて、ずっと逃げなければ、と。
「もしかしてこの体の持ち主? もしかして今回は生きてる人に間借りした?」
前回、異世界ミラーの女神の力で転生した先は、伝説の悪役魔竜姫が遺した竜牙兵だった。めっちゃ骨だった。ダンジョンのボス戦で砕かれてしまったが。
だから今回は新たな転生先を女神様に聞かれた時に、思いを込めて訴えたのだ。
「かわいい女の子! すっごくかわいい女の子がいいです! こう、ちっちゃくて守りたくなるような! レン君が頬ずりしてくれる感じのかわいい女の子でお願いしまーす!」
だとすると、あの巨人達はかわいい女子を見つけて、いかがわしいことをしようと企む変態なのか。
「異世界だから、捕まえて売られたりするのかも! 絶対そんなの許せない!」
竜牙兵だった時の意識がまだ残っているのか、相手が巨人でも戦って倒そうと踏みとどまりかける。
「ハッ、ままま、待って! そんなことしたらすぐに捕まっちゃう! 今は逃げなきゃ! 捕まること考えたら、何だかちょっと魂が抜けかけてる!」
巨人に対峙しようとした瞬間、すうーっと気を失いそうになる。恐らくこの体の持ち主は、普段からこんな感じなんだろう。
「繊細な乙女なんだわ! 私が守らなきゃ!」
竜牙兵の時は全然惜しくない命だったが、間借りしている体が生きているなら、無謀な戦いは避けたい。
しかし追い立てられる先に何か罠を張られている感じが伝わってくる。
「どうしよーっ! 何か罠ーって感じがすっごいするーっ。でもこんなに茂ってたら他に逃げるとこないよー!」
迫る足音。だが行く先も危険。また魂が抜けそうで、もつれそうになる足を気合いで動かす。
「いやーっ! 何かないのっ? 武器とかお助けアイテムとかっ!?」
考えた瞬間、緑の生い茂る景色に重なるようにして、膨大な数の武器が浮かび上がった。まるで巨大な武器庫の幻を見ているようだ。
「もしかしてこれ、魔竜姫ちゃんのお宝? やったあ!」
しかし喜びも束の間、武器には全て同一の文言が記された光る帯で封印されている。
『規格外のため使用不能』
「使えないのーっ!?」
前回あっさりネームドモンスターのヒキューをプチッとした魔竜姫の亡骸すら、様々な文言が記された帯で厳重に封印されている。帯が巻かれすぎて若干ミイラ状態だ。
その中で一際目立って赤く光る帯には『我という身がありながら他の者に転生するとは何事だ。我が怒りが鎮まるまで汝の事など預かり知らぬ。己の可否を顧みよ……』とか、やたら長い文言が続いている。
「どゆこと……?」
長い上に遠回し過ぎてよく分からない。まじまじと見つめると、赤い帯の側に、光る文字が現れた。
『訳:何で私に転生しないのよ! もう知らない! プンプン!』
「ツンデレ!? 魔竜姫ちゃん、ツンデレさんなの!? でもこんな時にヤキモチで塩対応しないでっ!? どうしよう、何か使えるものないのっ!?」
目の前を武器や防具の幻が高速で流れていくが、どれひとつとして今の梛に使えるものはない。全て規格外。
その中で使用可能を示す輝きが、ひとつだけ見つかった。
『貔貅の守り』
「これはだめえーっ! 私とレン君の愛の共同作業の思い出なのーっ!」
ダンジョン内で知り合った、同じ転生者のレンとのボス攻略戦のドロップアイテムは、一生の宝なのだ。
こんなところで使いたくない。あと、いまいち使い方もよく分かっていない。思いつくのは投擲ぐらいだ。そんなことをしたら絶対なくしてしまう。
「いたぞ! こっちだ!」
「うきゃーっ! 見つかってるー!?」
空から大きな手が伸びてくる。それを際どいところでかわすが、バランスを崩して梛は倒れた。
「くそっ、どこいった!」
茂みの陰になったのか、巨人からは梛が見えていないようだ。だが茂みをかき分けられたら、すぐ見つかってしまう。
「ど、どこか隠れるところ……」
体を伏せたまま見回しても、緑色の幹が密生しているばかりだ。巨人がガサガサ近付く音が大きくなってくる。
「捕まる前に魂抜けちゃうーっ!」
気を失いそうになっていた梛の目の前で、緑色の幹が一ヶ所ぽこりと外れて穴が開いた。
「こっちだ! 早く来い!」
穴から手を差し伸べた何者かが、小さな声で叫ぶ。
「あいつらに見つからない内に逃げるぞ!」
梛はあわててその手を摑むと、引きずられるように穴の中へと潜り込んだ。
穴の中はトンネル状に幹が掘られていて、細い通路になっている。
幹から陽が透けて、空気が緑色に染まっていた。
「た、助けてくれてありがとう」
「……まだあいつらの声がする。急げ」
梛を先導する人影は振り返りもせずにどんどん先へ進んでいく。小走りで追いかけなければいけないぐらいだ。
「ま……待ってー。どこまで行くの?」
どれぐらい幹のトンネルを歩いたのか、巨人の声も全く聞こえなくなり、代わりに水の流れる音がしてくる。
「わあっ、大きな滝!」
トンネルを抜けると、目の前には大量の水が深い滝壺へと流れ落ちる巨大な滝が広がっていた。
「底が見えなーい!」
「危ない! 乗り出すな」
先導していた相手が、崖の端から覗き込んだ梛の腕を摑んで引っ張り戻す。
「落ちたらどうする……!」
怒鳴りかけて、そのまま顔が固まる。
「あっ、ごめんなさい。こんなすごい景色見たの初めてだったから」
謝る梛を無言で凝視した後、我に返ってそっぽを向く。
「とっ、とにかく端には行くな」
「うん、分かった。気をつけるね」
言ったものの、梛は他に気になる事を見つけてしまった。
「ええと、汚れたから顔とか洗いたいんだけど……もうちょっと水の量が控え目な所で」
「ああ、だったらもう少し先に支流がある。そこに行こう」
そう言って再び先導し始めた相手の後を歩きながら、梛は思った。
デフォルメ感がすごい……!
明るい場所で見た相手はマンガやアニメのキャラデザインがデフォルメされたかのような頭身で、どう見ても人間の体の作りとは違う。
梛は戸惑った。四頭身か五頭身ぐらい? 男の子なのかな、それともお兄さん? もしかして大人なのかしら。年齢もよく分からない……。
まるでぬいぐるみみたいな可愛らしさが漂う体型なのだ。
そして自分の手を見やれば、おまんじゅうみたいにぷっくりした腕に、小さな手。さらにちっちゃな指。でも可愛く動く。
「ほら、ここなら大丈夫だ」
案内された浅い緩やかな川の流れを覗き込むと、そこにはやっぱりデフォルメ感満載のぷにぷにほっぺの少女が映っていた。
「こ、今度は何に転生したのーっ!?」