5話 借りたものは返せー!
ネームドモンスター『ヒキュー』の過去に思わずドン引きした梛だったが、我に返って駆け出した。
「よく見たら会社で人の手柄を横取りする上司の顔に似てる!」
『ええい! 来るな、この骨め!』
『ヒキュー』は大きな口を開くと、長い舌をムチのように振るって梛を叩こうとする。
「誰が骨……あっ、私か」
ベトベトした舌を見切ってかわすと、梛は『ヒキュー』のでっぷりした横っ腹にドロップキックをかました。多分、会社で何度も横取り上司にドロップキックをかましたいのを我慢していたからだろう。
「みんなが苦労してまとめたプレゼン資料を横取りしてーっ!」
ここぞとばかり、渾身の力を込めて足をねじ込むと、『ヒキュー』はうめいて腹に溜め込んでいたものを部屋中に吐き出した。
それは大量の金貨や財宝、勇者と行動しながら集めてきたであろう、数々の伝説級の宝物だった。
伝説の武器や防具、国が買えるほどの巨大な宝石、稀少な薬草やポーション、強力な古代の魔術書に、様々な街の人たちから奪ってきた日記や作品類……。
そして、ちょっとアハーンな感じの女性用下着や服や靴が山のように……。
「うわ変態ね……」
「こないだニュースで捕まった人みたいなことしてる……」
ドン引きする二人を尻目に『ヒキュー』はアワアワとお宝をかき集める。
『わしの大事なコレクションが~!』
「それはお前のものじゃない! 皆の物を返してもらうぞ『ヒキュー』!」
梛と同じように戦いでスイッチが入ると、レンも間借りした鬼人の性格が強く出るらしい。中身の魂が10歳とは思えぬ構えだ。
「レン君、かっこいい!」
『ヒキュー』の舌をよけながら、梛はレンに声援を送った。『ヒキュー』は強くない。レン一人でも倒せるだろう。だから梛は思いっきり油断していた。もしかするとレンもそうだったのかもしれない。
『……ちょっと顔がいいからって、わしから何もかも奪いやがってえぇ!』
『ヒキュー』の舌がレンを襲う。今までで一番速い動きだ。レンは剣を構えたが、その表情は固い。舌が巻きつけている武器を見ている。
伝説の大太刀。『鬼殺し』の名前がついている。
梛はとっさに駆けてレンを抱えてかばった。自分は骨だから鬼殺しの効果は効かないはずだ。
「だめだ! おねえさん後ろ!」
かばったレンが梛の肩越しに迫るものに気付いて叫ぶ。『ヒキュー』の舌はもう一枚あった。その舌には『骨砕き』の名を持つ聖鎚が巻きついていた。
初めて感じる衝撃を受けて、梛の体は砕け散った。
「おねえさん! しっかりして、おねえさん!」
まだ残っている上半身も少しずつサラサラと銀の砂になっていく。梛をかばいながら、レンは二枚の舌を途中から斬り落とし、撒き散らされていたアイテムからポーションを探した。
「ああ、くそっ! 何でスケルトン系に効くやつがないんだよ!」
「いいよ、レン君……ごめんね、私が油断したせいで。私のことは気にせずに……あのくそ上司をぶん殴って、股間を蹴り上げてやって……」
どうせこの体がなくなっても、異世界ミラーにはまた来られるし、レンにはどこかで会えるのだ。
そしたら今度はもっとレン君が頬ずりしたくなるような、可愛くてちっちゃな女の子になるんだ……なるんだ……なるんだ絶対、うふふ……。
梛は安らかに竜牙兵としての生を終えようとしていた。薄れゆく視界には撒き散らされた財宝。
『魔竜姫の金貨』
「ん?」
『魔竜姫の宝石』
『魔竜姫の金塊』
『魔竜姫の宝』
「んん?」
『魔竜姫の宝石』『魔竜姫の金塊』『魔竜姫の宝』『魔竜姫の宝石』『魔竜姫の金塊』『魔竜姫の宝』『魔竜姫の宝石』『魔竜姫の金塊』『魔竜姫の宝』『魔竜姫の宝石』『魔竜姫の金塊』『魔竜姫の宝』
『魔竜姫の……』
「ちょっと待って!? よく見たらアレもコレもソレも八割方魔竜姫ちゃんの財宝じゃない! ……さては広間からお宝を盗んでたモンスターはあんたの差し金ねーっ!?」
ぶん殴る! 魔竜姫の財宝に手を出した報いは必ず受けてもらう!!
それは財宝の守護者としての矜持と本能だった。
しかし体はもうなくなる寸前だ。どうすればいい?
レンのように何か使えるものがないか、霞む視界で探る。
探す、探す、探す。見つからない。
骨の体は全て砕けて砂になった。魂になった梛の意識は現実へと引き戻されようとしている。
それでも探す、探す、探すんだ!
今の私に必要なもの! あのたるんだ腹と欲望をぶっ飛ばす力!
その時、梛のキューブが激しく輝き巨大化すると、次元収納の扉が開いた。
波打つキューブの側面。そこから現れたものを、魂の梛はつかみとる。
それは広間で財宝と一緒にうっかり収納してしまった魔竜姫本体の亡骸だった。
「ナ、ナギおねえさん……!?」
『そんな……魔竜姫が復活しただと……?!』
青ざめる『ヒキュー』に、スケルトンドラゴンとしてかりそめの復活を果たした梛は一喝する。
「よく見れば『鬼殺し』も『骨砕き』も勇者の仲間から借りっぱなしのものじゃない! 人様のものを借りパクして偉そうにふんぞり返るな、このヒキョーもの!」
『え……わし、ヒキュッ』
最後まで言い終える前に、『ヒキュー』は魔竜姫の爪の先でぷちっと倒された。その場から温泉でも湧き出したかのように、金貨と財宝が勢いよく溢れ出す。
「ナギおねえさん……ナギおねえさんなんですか……?!」
金貨の波に埋もれそうになりながら、レンが見上げる。尻尾の先ですくい上げてから、梛は目の前で頷いた。
「ナギおねえさんでーす……」
「何で落ち込んでるんですか? 僕たちボスをやっつけたんですよ! あっ、レベルも上がってる!」
落ち込みもする。竜牙兵どころか、伝説の悪役になってしまったのだ。姫だけど、自分がなりたかったお姫様像からは遥かに遠のいてしまっている。
だが自分のキューブに表示されたレベルやステータスを見て、素直に喜ぶレンを見ていると、まあいいかと思えてくる。
「レン君の笑顔、尊い……!」
余韻に浸りながら、梛はボス戦の報酬をほとんどレンに渡した。
「本当にいいんですか? とどめをさしたのおねえさんなのに……」
「いいの、いいの。私は自分の財宝さえ戻ってくれば充分だし。それにレン君はこれから色んな街の人たちに、盗まれてたものを返しにいくんでしょ? 交通費だと思って使ってよ」
「ありがとうございます……その……さすがに下着とかは無理ですけど……」
鬼人族のイケメンから盗まれた下着を返されても、相手の女性も困るだけだろう。そんなわけで女性用下着や服飾は、梛の次元収納の中に残ったままだった。
「じゃあレン君、今度会う時は私、全然別の姿になってると思うけど……」
魔竜姫本体は、一度次元収納に入れたせいか、武器扱いで分類されて、梛の持ち物になっていた。竜牙兵の体も砕けてしまったし、現実に帰れば間借りする体がない以上、次回は全く違う種族になるはずだ。それは別に構わない。というか、骨以外になりたい。
しかし異世界ミラーは日本と同じぐらい広い。次もレンの近くにいけるとは限らないのだ。
せっかく会えた異世界での、しかもイケメンのお友達と別れることがこんなに辛いとは。中身10歳だけど。
「会えたら絶対声かけて下さいね! 僕、おねえさんとまたパーティが組みたいです!」
「レ……レンくーん!」
こんなでっかい姿でなければ、レンを抱きしめるのにー!
「あ、そうだ。よかったら、これだけもらって下さい。ボス戦のスーパーレアアイテムなんですけど対になってて、鑑定したらお互い向き合って持ち主のいる方向が分かるみたいだから……」
それは『貔貅の守り』という宝石でできた不思議な顔をした獣の像だ。名前が難しすぎて、梛には残念ながら読めなかった。きっとレン君みたいに格好いい名前なんだろうと思うことにした。
「あ、ありがとうレン君!」
こんな心のこもったプレゼントなんて初めてだ。
「ダンジョン、ひとりで出られる? 入り口までお見送りしよっか?」
「あー……気持ちはうれしいですけど、今のおねえさんだと、ダンジョン壊れちゃうかもしれない」
「ガーン! そうだったー! でっかい骨だったー!」
「レベルもけっこう上がったし、スキルもたくさん覚えたから、帰りは一人でも大丈夫だよ。おねえさんを見送ってから、行くよ」
推し……! こんないい子で素敵なイケメンの10歳、推す以外に何があるというの……!!
今日からあなたは私の推しです……!
「また会おうね、レン君!」
「はい! ナギおねえさん!」
「やっぱりおねえさんなのかー……」
「えっ?」
再会を願いながら、二人は笑顔で別れたのだった。
余談だが、次に梛が間借りすることになったのは、全長15センチの妖精さんだった。
「こんなに小さくなくていいのにー!! 何でー!?」