39話 リボンを探すわよー!
「ママのリボンー!」
ロリータ風のドレス水着を着た小学生の幼い少女、桔梗羽美は、びゃー! と、擬音が聞こえそうな勢いで泣き出した。
異世界ミラーではアイドルグループらぶちゅるちゅのセンターをつとめる吸血鬼きゅーみーの転生者だ。
大切にしていたリボンを突如現れたクラーケンに奪われた怒りが収まると、今度は逆に失ってしまった悲しさの感情が溢れてしまった。
泣きながらリボンが外れた波打ち際に行って探してみるものの、母親の形見はどこにも見当たらない。
駆け寄ったらぶちゅるちゅのメンバーである、かりょびーとここたまにしがみついて大泣きしているのを、離れたところからりゅおってぃや撮影スタッフたちが見守っていた。下手に近づいて大人目線でうっかり追い打ちをかけるような事を言ってしまえば、感情のままにきゅーみーのスキルが発動して、スルメにされたクラーケンの二の舞になるかもしれないからだ。
「きゅーみーちゃん、いつも撮影の時はこっちがびっくりするぐらい気持ちの切り替え早いのにね……」
撮影の進行などが書かれた香盤表を片手に、スタッフたちと相談しながらりゅおってぃが頭をかく。
「ショックがでかかったみたいやな。とりあえず今は休憩するしかないわ。その間にみんな、さっき撮った触手攻めばくおーのデータ全部消してや」
「えー」
「えー、やない! まだ魅了が抜けきっとらんのか。あんなもんうっかり世間に出まわったらえらい事になるわ!」
波打ち際では黒葛やむぃまながリボンを探している。ちなみにばくおーは放り出された海から必死に泳いで戻ってきたばかりで、ロケ車でぐったりしていた。
偶然仕事道具を取りに来たメイクスタッフが、バスローブもはだけ、しどけない水着姿で身をよじり、夢うつつで「やだぁ、そんなに吸っちゃダメぇ……」とイカの吸盤に苦しめられているばくおーをうっかり目撃し、興奮のあまりロケ車から飛び出して叫びながら砂浜を高速ローリングする事態になった。ただし、転がる先には安全対策としてネットが張られている。すでに何人か絡まっていた。
「アイドルの撮影って大変なのね……。きゅーみーちゃんが心配だけど、とりあえず私はこれね」
燦然と輝く蛇柄のブラジリアンビキニを着こなした福籠梛は、きゅーみーの攻撃を受けてスルメ状態に干からびたクラーケンを見上げた。りゅおってぃこと宇薄課長に、可能な範囲で回収を頼まれたからだ。確かにこのままにしていたら、周辺住民に気付かれてニュースになってしまう。
異世界のモンスターは自力でこちらに来れない。街で見ることがあってもそれは、転生者による幻覚系のスキルに限られている。召喚も梛が動画やニュースで知る限り、生身を持たない精霊のようなエネルギー体が中心で、このクラーケンのような巨大なモンスターは見たことがない。こちらの世界で生身を維持するには質量分の魔力が必要になるからだ。
だとすれば、会社の屋上に現れたキュクロプスといい、このクラーケンといい、こんな巨大なサイズのモンスターを現実世界へ送り込んで襲撃させる事ができるだけの力を、何者かが持っていることになる。
しかし梛の思考はその何者かを深く追求することはなかった。別の事の方が気になったからだ。
「キーマたんずっとこっちにいるけど、在住分の魔力ってどうなってるのかしら? 私もしかして、キーマたんに無理させてる? 帰ったらちゃんと聞かなきゃ!」
自分が契約した主として魔力を供給している事に全く気付いていない梛だった。
「じゃあキューブさん、このスルメを片付けちゃって」
梛の頭上に現れた青いキューブが点滅すると、空気の震動をわずかに残して巨大なクラーケンが跡形もなく吸い込まれた。
次元収納の素晴らしい収納力にキューブをなでなでしていると、そこからひらりと小さな何かが出てくる。
「これ……きゅーみーちゃんのリボンの切れ端?」
クラーケンと一緒にキューブに吸収されていたらしい。
「他には?」
キューブに尋ねても、後は出てくる様子はない。
「もしかしたら……」
リボン本体は海のどこかに流されているのではないだろうか。だとしたら、自分にはもう探しようがない。
でも、あのリボンはきゅーみーちゃんの大切な宝物。
魔竜姫の宝物を護っていた竜牙兵としての意識が魂の奥底から梛へ訴えかける。
奪われた宝物は絶対に取り戻す!
守りたい、推しアイドルの笑顔……!
目の前に広がる海を見つめると、光文字が景色に光る軌道を描く。
『クラーケンの漂着経路』
『海浜流の動き』
『増殖した海藻による流速と流積の変化』
海面上に光の軌道が無数に浮かび上がり、梛の知らない計算式が海流の動きを表示していく。
「えっ、何これ」
「流体解析しゅてるでしゅよ。リッチの我と主は魂がちゅながってるにゃ」
梛の頭に暇そうなキーマの声が響いた。梛の意思に反応して、ミミック収納中のキーマの前身であるリッチのスキルが発動したような物言いだが、要はキーマがサポートしてくれているらしい。
「キーマたん、天才!」
「今の我はただの可愛いモフモフにゃ」
「ブレないキーマたんステキ!」
光の軌道が台風の進路予想のように範囲を広げながら進んでいく。
『大体この辺』
迷走する台風進路並みに、予想円は結構な範囲まで大きく広がった。
「広すぎるわ!? ……だったら、まるごと全部調べるだけよー!」
梛の青いキューブが燦然と輝き、ブロックに分かれて増殖していく。
「何だ!?」
「シロたん殿のキューブが!」
黒葛とむぃまなの頭上を通過して海上に出ると、巨大な立方体となった青いキューブは底面から竜巻のように大量の海水を吸い上げていく。
梛の脳裏にはキューブが吸い上げたものがどんどんイメージ映像で流れてくる。
「うっ、ベルトコンベア見てるみたい……酔いそうだから、別の方法でお願い……」
『海水海水海水海藻海藻海水海水海水海水海水魚海水海水海水魚海水海水海水海水魚魚魚海水海水海水海水海水海水海水魚海水海水……』
「これはこれで気持ち悪いわ!?」
さらに悪酔いしそうなので、全く別の方向を眺めて気を紛らわせる。
ロケ車の近くでりゅおってぃとスタッフが、遠い目で竜巻を見上げているのに気付いて我に返る梛。転生者でなければキューブは見えないが、竜巻そのものはしっかり存在している。これが梛のやった事だということは状況的に明白だろう。
この後撮影あるのに、ビーチの景色が竜巻で殺伐としてる……。海もちょっぴり、いや、かなり荒れ模様。
「え、ええと……」
考えてもごまかしようがない。後先考えずにやってしまった。
異世界ミラーにいる時と同じ勢いでやらかしちゃったわ……。
冷汗が出てきた梛の耳に、ドオンと大量の水が海面へ流れ落ちる音が響いた。
キューブが吸水作業を中断している。
増殖していたキューブが再び小さく収まり、梛の元へ帰ってくる。
「み、見つからなかった……?」
青いキューブはくるりと回転すると、抽選会のガラガラみたいな勢いで梛の手にそれを吐き出した。
「ママのリボン……!」
走り寄ってきたきゅーみーがそのまま梛の胸に飛び込んだ。
「しろちゃん、ありがとう! ママのリボン見つけてくれて本当にありがとう……!」
「うん、キューブさん頑張ってくれたの。見つかって良かったわ。ただ、ちょっとここのところが切れちゃってるみたいなんだけど……」
梛が手にしていたリボンとその切れ端を差し出すと、きゅーみーはふるふると首を振ってそっと受け取った。
「いいの。ママ帰ってきてくれたから」
泣きはらした目のまま、それでもきゅーみーは微笑んだ。
「良かったな、きゅーみー!」
「……。(シロたんさん、ありがとうございます)」
ここたまとかりょびーも喜んで駆け寄ってきて、梛の背中をバンバン叩く。叩かれる度に胸がぷるんぷるん揺れてしまうが、今は梛も嬉しくて気にならない。
「ほんなら、きゅーみー。とりあえず目え冷やしてもらい。この後撮影できそうか? 無理やったら我慢せんと無理やて言いや」
さり気なく近づいてきたりゅおってぃにきゅーみーはしっかりと頷く。
「撮影できる。きゅーみーおしごとちゃんとしてママに見てもらう」
「よし。ほんなら、目のはれおさまったら始めよか! ところで、あいつら何しとんねん」
黒葛とむぃまなはリボンを受け取ったきゅーみーに駆け寄ろうとしていたが、波打ち際に近かったせいか、キューブが最後に吐き出した海水によるちょっとした高波をもろにくらってびっしょびしょで砂浜の片隅に打ち上げられていた。
大掃除やお仕事お疲れ様ですー!!
今年一年お読み下さって本当に本当にありがとうございます!!!!!!
更新時間またずれ込みました……申し訳ございません……。
みなさまが読んで下さるお陰でここまで書き続けることができました。どうかほんの一瞬でも気分転換になれますように。
年末の大変な時期ですが、どうかご無理をされずにお過ごし下さい。
次回更新は1月10日頃を予定しております。
それではよいお年をお迎えください。




