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4話 それ盗らないでー!

 温かなシャワーを浴びて下着をつけると、(なぎ)は鏡で全身を映した。


 ちょっと垂れて潤むような大きな瞳。濡れて艶やかな長い黒髪。ぷっくりと厚めの唇。少し動くだけでも揺れてしまう大きな胸は、下垂防止のためにナイトブラが欠かせない。むっちりした大きなお尻も太ももも、残業でお家筋トレがなかなかできないわりにきれいな形をキープできている。


 福籠(ふくごもり)梛の現実の体は、非常にセクシャルな要素がてんこ盛りの美女だった。


「はー、お肉のついてるこの体に安心感を覚える日が来ようとは……」


 日々この体のせいで、職場では三十路の愛人だの、男をとっかえひっかえだの、ハニトラ女だのひどい認識をされてきた。


 まだ25歳なのに。年齢イコール彼氏いない歴なのに。漫画と小説とアニメが好きな、ただの隠れオタク女子なのに。


 普段はなるべく全身鏡を見ないようにしていたが、異世界ミラーから帰った直後は真っ先に飛びついていた。


 戻っても骨だった時の感覚がしっかり残っていたからだ。


 幸い、そんな心配も無用になるほど、どこからどう見てもいつもと変わらぬ現実の梛自身だった。


 ほっぺをぷにぷにしながら、口元に笑みが零れる。あんなに無茶苦茶したのに、恐ろしいモンスターを山ほど屠っていたのに、速く、強く、踊るように闘える自分が爽快だった。


「イケメンにも会えたし!」


 中身は10歳だったけれど。異世界らしいお知り合いができたのも嬉しい。


「明日は休みだし、ボス戦頑張るぞー!」


 この頃の寝つきの悪さなど嘘のように、梛はあっという間に眠りについた。


 次の日の目覚めもすこぶるよかった。朝食とトイレを済ませ、ベッドの上で意識を集中すると、どこからともなくキューブが現れる。両手で包んでナデナデする。


「今日もよろしくね、キューブさん。異世界ミラーに連れていって」


 声は聞こえないが、返事のように青い輝きが強くなり、気付いた時には梛の魂はローブを着て膝を抱えて休む竜牙兵に移っていた。途端にローブがモゾモゾする。


「何これ……きゃっ?」


 ローブの中から大量のネズミが飛び出して、あちこちに散っていく。尻尾が光を放っていた。


「おはようございます、ナギおねえさん」


 イケメン青年のレンが、ピュアな笑顔で挨拶してくる。何ていい朝なの。ダンジョンだけど。


「おっ、おはよ……何あれ?」


「あれはヒカリネズミです。ミラーのどこにでもいますよ。あの光る尻尾で虫を集めて食べるんです」


「へー、そうなんだー……って、だからって何で私のあばらの中に入ってるのよう……」


「一番安全そうな場所に見えたのかも。変異種以外はゴブリンとかにも狙われる身近なタンパク源ですから。冒険者の非常食がわりにもされてますし」


「えっ、食べたことあるの……?」


「僕はまだ……この人はよく食べてるみたいですけど」


 レンが自分自身の胸に手をあてる。間借りしている角の生えた青年のことだろう。ワイルドすぎる。レンの魂が入っていなければ、多分一匹狼的な見た目の通りの性格なのかもしれない。


「あ、おねえさん、朝ごはん食べますか?」


「ううん、この体、骨だからかお腹空かなくて」


「じゃあ、僕急いで食べますね。ちょっと待ってて下さい」


 やだレン君、一緒に食べようと待っててくれたの? すっごい、いい子。


 梛からの、レンに対する好感度絶賛上昇中である。


「ゆっくりでいいよー」


 ご飯は食べないが、イケメンの食事風景が堪能できる幸せをかみしめる。レンが食べているのは、手作りらしきサンドイッチだ。ハッ、まさか彼女とかいるの!?


「レン君、そのサンドイッチって……」


「これですか? 宿屋の女将さんが作ってくれたんです。僕が間借りしてるこの体の人って、鬼人族っていって人間からは怖がられることが多いんですけど、女将さんは街のみんなを助けてくれるんだからって、わざわざ作ってくれて……だから僕、絶対ボスに勝って、街の人たちの盗まれたものを取り返したいんだ……!」


 いい子ー!! 涙腺があったら絶対泣いてる。それに財宝の守護者としては、その心意気は誉めて誉めて誉め倒したい。


「盗むのよくない! 激しく同意だよ! 一体街の人たちから何を盗んだの、そいつ!」


「こっそり書いてるポエムとか日記とか夢小説って言ってた!」


 一番盗まれてほしくないやつ――!!


「そ、それは居ても立ってもいられなくなるくらい、精神的ダメージが大きいわね。あと何気にここの人たちって識字率高いんだ……」


「他にはおこづかいとかお財布とか」


「むしろそっちがメインでは」


「ここってダンジョン近くの街で、いざとなったら子供でも低層で稼げるから、お金に関してはそこまで切羽詰まってるわけじゃないみたい。でもお財布に大事なものとか入れてる人もいるし……よし、腹ごしらえも済んだし、気を引き締めていきましょう、ナギおねえさん」


「大丈夫だよ! ここのモンスターすっごく弱いから」


「……おねえさんがすっごく強いんだと思います。でも特定の種族に強い攻撃とか武器とかありますから、気をつけないとダメですよ」


 中身が10歳のイケメンに優しく諭されてしまった。


「そうなんだー。レン君、物知りだね」


「これぐらい常識……おねえさん、こういうゲームしたことないの?」


「うん、そうなの。やったことあるのって、落ちものパズルぐらいかなー」


 内心にやける梛。レンの口調が少しくだけてきている。距離感が縮まっている今なら言えるかもしれない。


「レン君……そろそろ私のこと、呼びすてにしてくれてもいいよ」


「えっ?」


 外見が同年代のイケメンからおねえさんと呼ばれることに、ちょっぴり抵抗を覚える梛だった。


 朝食後、出発してからボスの部屋まで特に何の問題もなくたどり着いた。一瞬で梛がスパーン! と腕から生えた銀のブレードで片付けてしまうからだ。部屋の前にも石像のガーゴイルの門番が六体いたが、スパパーン! と倒してサクサク中に入る。


「おねえさん……本当にすっごく強いんですね!」


 イケメンにキラキラした瞳で見つめられるのも悪くない。あと、おねえさんはそろそろやめてほしい。


「それにアイテムとかのドロップ率すごくないですか?」


「え、そうかな?」


「普通は……これぐらいかな」


 レンが現れた二体の金属製ゴーレムを連撃して倒すと、足元にバラバラと金貨やアイテムが撒き散らされる。確かに十倍ぐらい……いや、三十倍……五十倍ぐらいは違うような気がする。


「レン君も強ーい!」


 しかし梛はレンの格好いい攻撃シーンに見惚れて、己れのドロップ率の高さなどどうでもよくなっていた。


「ところで今のがボス?」


「いえ、ボスは……あいつです!」


 レンが部屋の奥を指さすと、そこには派手な成金趣味に飾りつけられた巨大な玉座に、一戸建てぐらいの大きさをしたモンスターが座っていた。


 それはでっぷりと太りまくったガマガエルのようなモンスターだった。


「……それとも内臓脂肪が詰まりまくった脂ぎったおっさん……?」


『誰がおっさんだ、誰が!』


 金ピカのギラギラした貴族の衣装ではちきれんばかりの腹を包んでいるが、梛にはどう見ても玉座でふんぞり返っているカエル顔のおっさんにしか見えなかった。


「ナギおねえさん気をつけて! ネームドモンスターの『ヒキュー』です!」


「え? ひきょう?」


「昔は勇者とも行動をともにした一流の義賊だったけど、勇者に好きだった相手をとられたとかでやさぐれて、各地で人々の黒歴史を盗む魔物に成り果てたんです!」


『わしの恥ずかしい過去を勝手に鑑定して暴くなー!!』


 他人の黒歴史を覗いて喜ぶくせに、自分の黒歴史は覗かれたくない『ヒキュー』だった。

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