38話 うねうねしてるわー!
大きく盛り上がった海から現れたのは、巨大なイカだった。
「ブイじゃなかったのかよ!?」
黒葛の驚愕をよそに、何本もの足をうねらせて砂浜に這い上がってくる軟体生物。
「でっかー! もうビルじゃん、あんなの。でもイカなの? タコなの? 足めっちゃ生えてるんだけど」
ドリアードの転生者であるここたまが、ヌルヌル動く巨大イカの足の動きに目をしばたかせる。イカは8本の足と2本の触腕を持っているが、この巨大イカの足はそれ以上生えていた。
「何か最近アニメで見たことあるような光景だわっ!?」
撮影の代役としてとんでもなく大胆なブラジリアンビキニを着た福籠梛に、ここのところキーマに解説役のお株を奪われ出番が少なかった光文字が、ここぞとばかりにその正体をばらした。
『クラーケンタイプのホムンクルス』
梛の目にも、イカの胴部分にキュクロプスの背中にあったエンブレムタトゥーと同じ模様が確認できた。
「課長、あれホムンクルスです!」
「会社の屋上で暴れとったんと同じやつか。ひとまずスタッフは海から離れや!」
りゅおってぃがロケのメンバーに退避するように指示を出す。
「……!?(きゅーみーは!?)」
かりょびーの声なき声を聞き取った転生者達が、ハッとして周囲を見渡す。
ロリータ風ドレス水着の幼い少女は、波打ち際で作った砂のお城を飾ろうと夢中で貝殻を探していて、背後の巨大イカに全く気付いていない。
「きゅーみー! そこから逃げろ!」
黒葛が叫んで走り出したが、クラーケンの触腕はすでにきゅーみーの頭上に迫っていた。
「きゅーみーに触っちゃだめぇー!」
ばくおーの体から、妖しい色彩を放つ燐光が爆発したように溢れて、クラーケンにまとわりつく。
触腕がほんのわずかにきゅーみーの髪をかすめて軌道がそれた。その腕を宙に泳がせ、フラフラと体を揺らしながら進路を変える。
「今のうちにきゅーみーを避難させてぇ!」
きゅーみーを助けることに必死で、あれほど恥ずかしがっていたブーメランパンツ姿である事もすっかり忘れている。ばくおーに頷くと、黒葛は残りの触手の動きを目で追いながら、きゅーみーの元へ向かった。少女を抱えてイカから離脱する。
「ばくおーやるじゃん!」
ここたまが喝采を送る間にもクラーケンは燐光に誘われて、それをあやつるばくおーへと近づいていく。
「えっ、でも今度はばくおー様がピンチだわっ!」
「大丈夫やシロたん。魅了スキルで誘惑されとるだけや。メロメロになっとるだけで攻撃はされへん」
「あ、そうなんですね。イカまで魅了できちゃうんだ……」
りゅおってぃの言葉通り、クラーケンは大人しくばくおーの前に鎮座した。
そして体の色を目まぐるしく変化させ始める。
「……何やっとるんや、あれは?」
さらにヒレをはためかせたり、腕で怪しげなウェーブをつくってダンスまで踊り出す。
「あ、あれはまさか……求愛行動!」
推し声優さんがナレーションしていたバラエティの動物番組で見たことがある。イカの皮膚にある色素胞が光の反射や、筋肉の収縮や弛緩で色彩の変化を起こすらしい。
「ハデやなー。あのイカにはばくおーがめっちゃ好みのイカに見えとるみたいやな……」
ばくおーはインキュバスのスキルが使える。相手の理想そのものの姿を幻視させることも容易だろう。
「だ、駄目よ。ばくおー様……!」
「どないした、シロたん?」
「イカの……イカの繁殖行動がヤバいんです! 体にぶっ刺すというか……!」
「ぶっ刺す!? 腕をか!?」
「そのっ、精子の入った莢をメスのお口周りにっ……!」
ちょっぴり赤くなった顔で梛が告げると、聞いていたばくおーの顔から血の気が引いていく。
「いっ、いやーっ!!」
叫んだばくおーの体から、先ほどとは比べ物にならないぐらい濃密な燐光が溢れてビーチ一帯に広がった。
「マズい! ばくおー、落ち着け! またスキル暴走しとる!」
パニックになってりゅおってぃの声が届いていない。暴走した魅了をまともに受けたクラーケンが、振りかざしていた触腕でばくおーを捕まえる。
「きゃーっ!? やだ離してぇーっ!」
クラーケンはどことなく嬉しそうな動きで海へと戻ろうとしていた。
「海ん中連れていくつもりか!?」
「産卵させる気だわっ!」
「いやーっ! 卵産めないからぁー!」
「ばくおー!」
叫んだりゅおってぃのそばから、すかさず影が何かを構えて飛び出した。
「今度の新刊は触手攻め決定でっす!」
眼帯ビキニのグラビアアイドルが鼻息荒くスマホでばくおーの姿を連写していた。暴走した魅了のせいで己の欲望に抗えなくなってしまったらしい。
「こんな時に撮るな! リーマンBL専門と違うんか!?」
「大丈夫! イカは転生したリーマンだから!」
「元リーマン設定やったら何でもええんか!?」
梛の周囲でも、退避していたスタッフ達が身を乗り出してばくおーを撮影しまくっている。彼らの目にどんな風にばくおーが見えているのか、大興奮している様を見ると怖くて訊けない。
「拙者がクラーケンを魅了して引き付けるでござるか?」
かりょびーと一緒に、魅了スキルにあてられて失神していたスタッフの介抱をしていたむぃまながりゅおってぃに尋ねる。
「いや、ライブみたいに結界張って能力抑えてる場所ならともかく、こんな開けた場所でサキュバスとインキュバスが魅了の重ねがけなんかしたら、ここら一帯どんなカオスになってまうか……」
しかしこのままではクラーケンにばくおーが連れ去られてしまう。
「ばくおー独占しよーなんて、女神様が許してもうちらは許さないからね!」
啖呵を切ったここたまが、ビーチサンダルで砂を強く踏みしめると、その足元が大きく波打ち、まっすぐクラーケン目がけて伸びていく。
波打ち際にいたクラーケンの目の前に、突如として巨大な壁が立ち上がる。
「海藻だわ!」
ここたまのドリアードの能力で急成長した海藻がクラーケンの行く手を遮ったのだ。
かと思えば、壁はすぐに力なく倒れて飛沫を上げながら海に沈んでいく。
「自重に負けた……!」
がっくりと砂浜でうなだれるここたま。
「ばくおーごめん。卵が孵ったら出産祝い贈るし……」
「やだぁーっ! あきらめないでぇー!」
「何やってんだよお前ら……」
クラーケンを迂回しながら退避してきた黒葛が、抱えていたきゅーみーをそっと砂浜に下ろす。距離が近かった梛とりゅおってぃの間にさり気なく割り込むのも忘れない。
「だったらゆっきーが何とかしなよ」
「いや、オレは無理だって。今日は雷精の召喚札も持ってねえし。飛び道具あらかた会社に置いてきちまったんだから」
さすがにりゅおってぃと梛とのやり取りを勘違いしてショックを受けて、準備に手が回らなかったとは言えない。
それにしても……近くで見ると最高じゃないか、ブラジリアンビキニ……!!
何となく黒葛の視線を感じて冷ややかに距離を取っていた梛がふと気付く。
「あら、きゅーみーちゃんリボンは?」
砂でお城を作っていた時には付けていたと思った頭のリボンが見当たらない。
「あれっ?」
きょとんとしていたきゅーみーが、両手でぽふぽふ自分の髪を触って確かめる。ふと、何か思いついたのか、その動きが止まった。
「イカさんだ……」
そう言えば、クラーケンの触腕がきゅーみーにかすめていた。あの時にリボンが外れたらしい。
「ママの……ママのリボンなのに……」
俯いて肩を震わせるきゅーみー。思わず梛が手を伸ばしかけた次の瞬間、赤く輝いた瞳を見開き、きゅーみーがクラーケンを睨めつける。
「ママのリボン返して……!」
きゅーみーの背中に真っ白な蝙蝠の翼が生える。
「あっ、ヤバイ! きゅーみー落ち着け!」
黒葛の制止を振り切ると、そのまま空へと飛翔する。かざした手の影から血が滴るように形をとり、鋭利な刃を持つ剣になった。
剣を握りしめ、恐ろしいスピードでクラーケンに迫ると、ヒレから目玉にかけて一閃される。
「きゃーっ!?」
胴が開いた勢いで、触腕に捕まっていたばくおーが結構遠くまで放り出された。
それを知ってか、眼中にないのか、きゅーみーは胴が開いてもお構いなく触腕や腕を動かすクラーケンに向かって無言で小さな手をかざす。
そこに生まれた小さな闇の塊が、見る間に大きく膨れ上がってフレアを生み出す。
フレアに焼かれたクラーケンがあっという間にスルメと化した。
「……」
砂浜から見ていたらぶちゅるちゅのみんなは思った。
きゅーみーを怒らせたらマジでヤバイ。
梛も思った。
クラーケン、すっごくいい匂いがするわ!
香ばしいイカの香りがビーチ一帯に漂い、ヨダレが垂れそうになっていた。
いつもお読み下さって本当にありがとうございます! 一気読みして下さった方もいらっしゃいますー!! 嬉しいですー!! 同じ時間に見に来て下さる方もありがとうございます!
更新時間が大分遅れてしまって申し訳ありません。前回更新予定日を書き忘れてましたが何とか20日には更新できそうです……。次回更新は12月30日頃を予定しております。




