36話 指輪といえばアレよー!
載り切らない分のファイルを両腕に抱え、別の荷物を大量に載せた台車を手先だけで押していた福籠梛が、りゅおってぃこと宇薄課長に呼び止められたのは、資材搬入用のエレベーターの前でだった。
「シロたん、ここにおったんか。お疲れさんやで」
「あっ、りゅお……じゃなくて課長。お疲れ様です」
「荷物重そうやな。ちょっと持ったろ」
資料室に返すように頼まれていた山盛りファイルを梛の手から全て取り上げて、りゅおってぃは笑顔で片腕に抱える。
「よお頑張ってるな。分からん事あったらいつでも訊きや。人生相談でもしょーもない話でもなんでもええで」
「はい、ありがとうございます」
以前の職場ではついぞ聞いたことのない上司からの優しい労いの言葉に、りゅおってぃへの好感度がぐんぐん上昇する梛。
ついでにりゅおってぃはスーツのポケットからやけに高級そうなリングケースを取り出して、梛へぽんと手渡した。
「それ、社長からシロたんにって、さっき渡されたんや」
ケースを開けるときれいな紋章の入った宝石が石座におさめられている。
「なんや学園で必要になるかもしれんから、つけとき言うてたで」
は、早い……! 恐らくセクシーマッチョ店主から、双子社長の転生先である眼鏡令嬢に話がいったのだろうが、昨日の今日でこんな手配をしてくれるなんて。ボス、カッコいい……!!
梛の好感度ゲージがMAXまで跳ね上がる。
「シロたん、異世界で学校行ってんの?」
「推しを探して潜入します!」
「なんやそう……えっ、捕まらんようにな……?」
にこやかに話し合いながらエレベーターに乗り込む二人。ドアが閉まると、陰からその様子を覗いていた人物が、腕から何本もの飲料ボトルをぼとぼと落としながら立ち尽くしていた。
「りゅおってぃが……プロポーズ、だと……?」
ミラーで猫耳美少年に転生している黒葛だった。感情を好感度ゲージとして表示できるスキルを持っている。
リアルではむっちむちな巨乳美女の梛が己の好みにどストライクな彼は、りゅおってぃより先に梛に気が付いた。抱えたファイルの上にのっかる柔らかそうな大きい胸をしっかりチェックした後、声を掛ける手段として自販機で全商品を買いにダッシュする。買い出しを頼まれた体を装って、たまたま遭遇したついでに飲み物を渡せば、上手くいけば梛の好みも分かるし、プレゼント作戦で、現在飴玉一個分の自分への好感度ももっと上がると画策したのだが。
リングケースを受け取った後の、梛の好感度はMAXまで急上昇していた。
黒葛の心臓を鷲掴みにするような嬉しそうな笑顔をりゅおってぃへ向けて。
「え、好きなの? りゅおってぃの事そんなに? つか、りゅおってぃも? いつの間に二人はそんな関係に……?」
「ちょっとおにーさん、カート通れないからよけてくれる?」
清掃業者のおばちゃんが声を掛けると、ゾンビみたいに瘦せこけた黒葛が振り返る。
「ひいっ!? ど、どうしたの、おにーさん。大丈夫かい?」
「ダイジョウブデス、イツモキレイニシテイタダイテアリガトウゴザイマス……」
ショックが大きすぎておよそ普段のひねくれた自分では素直に言えない言葉が、ベルトコンベアーにのせられた部品のように機械的に口から出ていく。
「何かあったんだね……。めげるんじゃないよ。まだまだ若いんだから、これからいくらでもなんとかなるさ。これ食べて元気をお出し」
人生の先輩は何かを悟って黒葛の肩を叩くと、ポケットから大きな飴玉を一個渡した。
黒葛のおばちゃんへの好感度が1上がった。
そんなやりとりは全く知らずに、資材の片付けまで手伝ってもらった梛は深々とりゅおってぃへ頭を下げた。
「ありがとうございます。片付けまでして頂いて……」
「次の予定までまだ時間あるし、これぐらいいつもやってるから、気にせんでええで。それに結構量多いし、重かったで荷物。今度からはもう一人ぐらい呼んで手伝ってもらった方がええな」
「え、あ、そう……なんですか? 前の会社ではあれの百倍ぐらいの在庫の片付けとか一人でしてたので……」
「ヤバい会社の業務内容のせいで感覚おかしなっとるでシロたん。とにかく疲れんようにしいや。もう少しやれるて思たら、そこで止めなアカンで」
「わ、分かりました。気を付けます」
特に今はキーマの以前の体であるリッチと魂がつながってるような状態だ。24時間社畜状態だったリッチの感覚で仕事をしていれば、リアルの梛は早々に過労でぶっ倒れてしまうかもしれない。
異世界ミラーからリアルに帰還した時も、全く疲れを感じず朝まで起きていようかと思ったぐらいだったが、キーマがネコのように可愛い肉球お手々で梛のほっぺをはさみながら真剣な面持ちで言ったのだ。
「徹夜はダメにゃ。しょれはただの寿命の前借りでしゅよ。明日の自分への借金でしゅ。ましゅたーは我みたいになったらダメにゃ。しょれに眠れる時に寝にゃいとリッチと同化しゅるにゃ」
「速攻で寝るわ!」
そしてキーマに布団の上からお腹をふみふみされながら眠りについたからか、次の日には気力体力ともに全回復して仕事をしまくっているのである。膨大なデータ入力も屋上庭園で行われるウォーキングミーティングも大量の新商品の在庫チェックも何故だか楽しくて仕方がない。
もしかすると仕事に楽しみを見出しているのは、ホムンクルスメイドに憑依した影響かもしれない。TODOリストを上から順にものすごい勢いでチェックを付けていくような、奇妙な達成感が次の仕事へと己を駆り立てていくのだ。気を付けないと重度のワーカホリックになってしまう。
「宇薄課長……! 大変です!」
ロボットものアニメのパイロットスーツでコスプレした男性社員が血相抱えて走ってくる。
「どないした?」
「それがりゅお……!」
言いかけてそばにいる梛に気が付き、慌てて口を閉ざす男性社員。
「大丈夫や。シロたんは知っとるで」
りゅおってぃがそう言うと、コスプレ社員は短く安堵の溜息をついてから、それでも周囲をうかがって小声で告げた。
「代役のモデルさんがおめでたでした……!」
「何いっ!?」
「今朝急に体調崩して病院行ってくるって連絡はもらってたんですけど、つわりの症状だったみたいで」
「ほんならすぐに産前産後休業取得者申出書の手続きして……」
「それだけじゃないですよっ」
「……そうや、出産手当金支給申請書!」
「そうですけど、そうじゃなくて今日の撮影、代役が他にいないんですよっ!」
「はあ!? いつものメンバーどないしたんや!?」
「海外公演のバックとか別のグラビア撮影とかのシフトが重なってて……かろうじて一人呼んだら来てくれそうな子はいるんですけど……」
「けど!?」
「約一年ぶりの彼氏とのデートで今日プロポーズの返事するとか……」
「あかーん! ずっと人生相談聞いとったあの子かーっ! どんだけプロポーズに至るまで山あり谷ありの大恋愛やったと思っとるんや、呼んだらあかーん!!」
「どうします、課長……もう今日しか撮影できません。あとはツアーライブで日程が埋まってて……」
社員の言葉にじっとりと汗を浮かべ、鬼気迫る表情のりゅおってぃが呟く。
「俺が……俺がやるしかないんか……」
「課長! いくらなんでもそれは……!! 幻惑スキル耐性もった転生者さんが見たらどうなるか……!! 阿鼻叫喚の地獄絵図ですよ! マズいです! コンプラ的にも! あとバレたら絶対大炎上しますから!!」
「そやけど他に誰もおらんかったら……」
あまりの事態に珍しく動揺して言い募るりゅおってぃが、ふと気づく。
抜き足差し足でこっそりフェードアウトしようとする梛の後ろ姿を。
「シロたーん」
「きゃあっ」
廊下の角を曲がったのに、正面で待ち受けていたりゅおってぃの営業スマイルに硬直する梛。
「シロたん賢いから、大体今の話の流れでこの後の事態も予測ついたやろ」
「アニメでよくあるモデルの代役ですよね!? 私完全に素人ですから、無理です!」
「正解や、シロたん。うちのスタッフ優秀やから、大丈夫!! ちゃんと特別手当もがっつり出すから! ホンマおおきに!! すぐにこの子連れて現場行くで!」
「まだ何も言ってないのに決定事項になってる!?」
急に問答無用の押しの強さで会社の外まで連れていかれると、梛は客室がスモークガラス仕様になったマイクロバスに放り込まれた。いわゆるロケ車というやつだろう。
「展開が強引過ぎるわ……」
呆れる梛の座ったフルバケットシートの背後の隙間から、すっと何かが近づく気配がある。
思わず振り返ると、梛のほっぺに何かがぷにっと密着した。
「ち……チョコ菓子……?」
チョコレートでコーティングされたスティックタイプのお菓子でつんつん頬をつつかれている。
「やっぱ、シロたんじゃん!」
制服を着た女子中学生が口に二、三本同じものをくわえながら笑顔で声を掛けてくる。
「ここたまさん! 編み込みツインテールかわいいっ」
「シロちゃん、きゅーみーもいるよ……」
シートの隙間からもじもじしながら小学生の少女が覗いてくる。
「きゅーみーちゃん!! 今日はきゅーみーちゃんがポニーテールなのねっ。リボン似合うわっ!」
「これママがつけてたの……」
「ほんなら残りのメンバーピックアップしながら今から現場に向かうでー」
先ほどとは打って変わってにこやかなりゅおってぃが梛達に告げると、ロケバスは滑らかに発車した。
ちなみにそのロケバスを運転しているのは、チベットスナギツネみたいな複雑な表情をした黒葛だった。
本日もお読み下さってありがとうございます!! いつも読んで下さるお陰で何とか更新できてます……!
次回更新は12月10日頃を予定しております。早い……もう12月……? 段々寒さが増してますが、体をあったかくして、寒さ対策なさって下さいませ……。




