30話 女騎士と言えばー!
「あなたは今、私が体をお借りしてる四天王さんに作られたの?」
福籠梛が、二足歩行のネコっぽい獣に尋ねると、濡れた白く長いしっぽを自分の小さなモフモフの手で絞りながら答えた。
「いかにもでしゅ。そーいう汝は女神の御使いにゃ? 我はましゅたーが可愛いと思ったもんしゅたーの毛とか、けちゅ液をあちゅめてちゅくった人造モンスターでしゅ」
『キマイラ。四天王のリッチが精魂込めて創り上げたモンスター。ケット・シーやカーバンクルなどの可愛い外見のモンスターに、長年粘り強く交渉と贈り物を続けて得られた毛や血液を元に作られた。毛並みが最高にモフモフ』
光文字の説明を読んで梛も納得する。確かにキマイラというだけあって、小動物のいいとこ取りをしたかのような姿をしていた。見方によってはネコだったり、ウサギだったり、フェネック、オコジョ等々、とにかく可愛い小動物を彷彿とさせる。
「撫でていい!?」
「べちょべちょにゃよ」
「しゃべり方も可愛いわ!」
「当然でしゅ。我可愛い可愛いされる為に生まれてきたでしゅ。やっぱり骨よりモフモフがいいでしゅ」
「えっ、今、ご主人様ディスられた?」
「く、口がしゅべったでしゅ。しょれよりここからだっしゅちゅしましゅよ」
キマイラは何かを誤魔化すように、濡れた体を震わせて飛沫を飛ばした。リッチになった梛の服がべっちょべちょになったが、骨だからかなのか全然気にならない。
「脱出って……どうやって? この建物中にあの騎士さん達の気配があるんだけど。結構数いるわー。私が戦って何とかなるかしら?」
「ましゅたーはしてんのーのにゃかでも最弱でしゅ。出ていったらボコボコにやられるにゃ」
「弱いの!? 四天王なのに!?」
見た目も骸骨で威圧的なオーラをまとって強者感出まくっているのに。
「不死いこーるちゅよさじゃにゃいでしゅよ」
「そう言えば24時間残業社畜さんなんだったわね……」
「実戦経験にゃんてあるわけにゃいでしゅ」
「じゃあ出られないんじゃない?」
「理論じょーは出られるでしゅ。りゆーはふたちゅ。ひとちゅ、他の隠し部屋を通ればバレずに外まで行けるでしゅ。ふたちゅ、ましゅたーは憑依能力あるでしゅよ」
「騎士の誰かに憑依して脱出の手引きするって事?」
「そうでしゅ。ただし、問題もふたちゅ。ひとちゅ、他の隠し部屋を開けるしゅいっちは他の騎士にせんりょーされた同じ階の角部屋でしゅ。ふたちゅ、憑依は相手をガン見しないと出来にゃいでしゅ」
隠し通路を開けるスイッチを起動するには、騎士が見張ってる部屋に行かなくてはならない。
さらにその部屋に行くには、誰かと遭遇して相手と対面しなければならない。
そして梛リッチは最弱四天王。出ていけばボコボコ。
「何だか詰んでるわよ!?」
「……でも我捕まりたくないでしゅ」
布で体の水分を拭き取りながら、キマイラは切ない顔で呟いた。
「もうモフモフが道具にされるの嫌にゃ……」
「キマイラちゃん、あなた……」
「……ハッ! まままましゅたーだったらそう言うにゃ!」
「今、拭いてるそれ、私が着てる服なんだけど……」
「申し訳にゃいでしゅ」
梛リッチの服の裾は、前も後ろもべっちょべちょのぐっしゃぐしゃになっていた。骨でもさすがにここまでもみくちゃ繊維にされると動きづらくて気になる。
代わりのタオルか服がないか隠し通路を見回すと、お馴染みの存在を発見する。
「ここにもいるのね、ヒカリネズミ……」
「我あれが狩りたくてお手々むじゅむじゅするにゃ。お目々隠しとくでしゅ」
「あざといまでの可愛さ……! 抱っこしていい!?」
「その顔で迫られるモフ達の気持ちが今分かったにゃ。ちょっと遠慮したいでしゅ」
「ガーン! そう言えばまた骨だったわ、私ー!」
淡く光って揺れるヒカリネズミのしっぽを見ている内に、ふと梛は思いついた。
「てなわけで、憑依してみたわ、ヒカリネズミ! これでちょっと様子見てくるわね!」
「順応早いでしゅ。いってらっしゃいにゃ」
可愛いキマイラの肉球拍手で見送られながら、ヒカリネズミに憑依した梛は隠し通路から通風口に入り込み、角部屋目がけて疾走してゆく。
「チュチュチュチューイ(危ないからどいてちょうだーい)!!」
警戒心が強いヒカリネズミが通風口内を爆走する姿は、鬼気迫るものがあるらしく、普段捕食する為に待ち構えている小型モンスターも驚いて逃げ惑う。
「チュイチュチュチュイチュチュチュイチュイチュイーッ(角部屋角部屋角角角ーっ)!!」
ネズミのせいか、目的地を叫んでないとうっかり集中力が途切れて、残飯のいい匂いがする厨房の方へ突進しそうになる。
油や埃で滑る通風口の曲がり角を巧みなドリフトで制した梛は、目的地の部屋へと辿り着く。
「チュチュチューッ(着いたーっ)!」
そこは先ほどの部屋と似たような水槽がいくつも並ぶ、モンスターの培養部屋らしかった。
「チュイッチュチュ(スイッチは)?」
部屋を見回すと培養槽の並んだ辺りの天井に、さっきの隠し通路を開いた時のような鎖がぶら下がっている。
『隠し部屋のスイッチ。引っ張っても切れない』
光文字も教えてくれた。あれで間違いなさそうだ。絡み合ったパイプ管を伝って、梛ネズミは培養部屋の床に降りた。
アニメだとおどろおどろしいモンスターが培養液に漂っているシーンが定番だが、中にいるのは大量のスライムばかりで、水流に浮かぶクラゲのようにふわふわと漂って可愛らしかった。
その水槽を、騎士の一人が剣の鞘で叩き割っていた。
「モンスターなんぞ育てやがって。気味の悪い!」
床に投げ出されたスライムを軍靴で踏みにじるその騎士に、別の騎士が声を上げる。
「やめないか! どれもゴミ処理に使われる無害なものだ。部屋に異常が起きないように監視するのが私達に命じられた仕事だぞ。勝手な行動をとるな」
甲冑の兜で顔が分からなかったが、声からして女性騎士らしい。
「女が私に指図するな! 下級の分際で偉そうに! 何故由緒ある伯爵家の私が、貴様のような辺境ド田舎貴族と同じ下らん任務をせねばならんのだ!」
水槽を割った剣の鞘で、女性騎士の甲冑を力任せに何度も押し返す。床に流れた溶液で足場が滑り、耐えていた女性騎士がバランスを崩して倒れた。兜が外れて、まとめていた美しい赤髪が溶液の上で広がる。
「あんたがプライドだけの仕事出来ないやつだって、周知されてるからでしょうがーっ!」
女性騎士の背後から大きな塊がせり上がる。それは騎士の軍靴に踏みにじられて怒りMAXになったスライムと、騎士達のやり取りを見て怒りMAXでスライムに憑依した梛だった。
スライムに発声器官がないからか、梛の言葉は体の振動と軋みの合わさった重低音となって部屋に響き渡る。
「家柄自慢する時点で自分自身に自慢する事ないって自分で言ってるの分かってるの、あなたー!」
騎士には重低音の唸り声にしか聞こえないので、何を言ってるか当然分からなかった。
一度踏まれて崩れかけた部分を憑依した梛が気合でくっつけて、他のスライムと融合し、巨大化してゆく。
「し、しまった……!」
女性騎士がスライムに一瞬で飲み込まれたのを見て、伯爵家の騎士が青ざめながら後退る。
「く、食われた……今のうちに、逃げ…いや、報告、報告だ……隊長に報告しなくては……き、貴様の犠牲は無駄にはせんぞ……」
「逃げる気満々ねー!?」
飲み込んだ女性騎士を横向きに抱えたスライムが、突き出した両足を除夜の鐘の突き棒よろしく、敵前逃亡で踵を返した伯爵家騎士の背中に命中させる。
「ぐぼほぉっ!?」
伯爵家騎士がふっ飛んで壁に叩きつけられた。その姿を見た囚われの女性騎士が、梛スライムに向けてこっそり親指を立てた。
しかし、伯爵家騎士のマントにしっかり彼女の靴跡がついてしまった。これだと女性騎士が飛び蹴りでもしたのかと言いがかりをつけられてしまう。
「……よし、こういう時はくっ殺作戦よ!」
梛スライムは女性騎士の体を持ち上げて、隠し部屋の鎖に巻きつけた。甲冑の重みでスイッチが入る。これで隠し通路から先に進めるはずだ。
そのまま女性騎士をぶら下げて、ブランコのように揺らしておく。
これなら他の騎士に発見された時に、鎖の揺れによる不可抗力で蹴り飛ばしたとでも思ってもらえるはずだ。
「は、離せー。このような辱めを受けるなどあってはならぬー。くっ、殺せー」
女性騎士がこちらの意図を読んでくれたが、ちょっとセリフが棒読み丸出しだった。
本日もお読み下さいまして本当にありがとうございます!
次回更新は10月10日頃予定です。
急に朝晩冷え込むようになりましたので、お腹が冷えないようにお気をつけ下さいませ。




