29話 飛んでるけどー!
いくつか開けたダンボール箱を畳んでまとめてから、シャワーを浴びる。さっぱりした体で大きい胸用の補正機能がついたブラトップと短パンに着替えて、福籠梛は大きなソファにダイブした。
「はー、片付いたわー」
片付いたと言っても、生活に必要な最低限の日用品をまとめたものがほとんどなので、まだ各部屋には何箱もダンボール箱が積まれたままなのだが。
「家具家電揃ってたから出費も抑えられたし、ありがたいわー……」
新しい部屋は本当に単身者向きデザインなのかと思うほど、広くて天井が高かった。
「いいのかしら、私が一人でこんなすごいとこに住んで……」
内装も高級だが無機質な感じはなく、素足でも心地よい無垢フローリング材の感触に触れていると、本当にここに住んでいいのか少し心配になるぐらいだ。
料理教室ができそうなシステムキッチンと大容量冷蔵庫、清潔で明るいランドリー室、ゆったりと足をのばしてくつろげるバスルームのドアは強化ガラス、壁も床も石目調タイル。
まさか天然石じゃないわよね……。ちらとそんな事も思ったが、深く考えない事にした。とりあえず穴を開けたり原状回復できないぐらい汚してしまわないように気を付けよう……。
ウッドデッキ付きの広いベランダがあり、さらにそこから眺められるマンションの回廊はテーマパークか展示場ぐらい緑のあふれた空中庭園になっている。
エントランスには、コンシェルジュさんまで常駐していて至れり尽くせりだ。
もう何もかもが高級ホテル仕様で、後からとんでもない家賃を請求されても不思議ではないぐらいラグジュアリー空間である。
この広いリビングにも一人で見てもいいのかとたじろぐほど、大きなテレビがある。
「いえ、見るわ……! このテレビで溜まりに溜まってるアニメを思う存分見るっ!」
壁だってしっかりしてそうだし、ボリュームを気にする必要もないのだ。
しかも造り付けの書棚のある書斎スペースまであるのだ。床が抜けるんじゃないかと思いながらも大事すぎて処分できなかった大量の本たちが、美しく並べられる様を想像して梛はうっとりする。
「夢の世界だわ……」
でも、足りない。
異世界ミラーが足りてない……!
というか、レン君成分が全然足りないわー!!
「待っててね、レン君ー!」
梛はキューブを呼び出すと、胸に抱えて決意する。
「どんな姿でも次はレン君の所に飛んでいくわー!」
キューブが青く青く輝いて、梛の魂は異世界ミラーへ旅立った。
周囲が暗い。壁のランプと暖炉の炎が小さな明かりを灯している。少し離れた部屋の中心に、やや大きめの水槽があった。
遠くからどおん、どおん、と何かを叩く音が響いていた。それ以外はとても静かだ。暖炉の薪がぱちんと爆ぜる。
「あっ、何だか体が軽い!」
全身から溢れるほどの魔力が、梛の体を重力から解き放っていた。
「飛んでる! 今回は何になったのかしら? 羽とか生えてる?」
ウキウキしながら自分の手を見てみると、既視感を覚える光景がそこにあった。
「……骨っ!」
尺骨! 橈骨! 手根骨と中指骨と指骨!! 骨ばっかり!!!
何回見直しても全部骨である。
「何でまた骨なのっ!?」
梛の腕は紛うことなき骨だった。ただ今回は初めから服を着ている。裾の長い衣装のデザインが魔術師っぽい雰囲気を醸し出している。
「しかもよく見たら飛んでるというより、浮いてるだけよね、これ!?」
「じぇいたくにゃにゃやみでしゅね。飛んでりゅからいいじゃにゃいでしゅか」
やけに可愛らしい舌足らずな子供の声が梛を正気に戻した。
「えっ? だ、誰? どこにいるの?」
「ここ、ここ。しゅいそー」
「しゅい……あ、水槽ってこと?」
部屋の中心にある大きな水槽に寄っていく。金魚鉢のような球状のガラスの水槽に金属の蓋が取り付けられていた。中は溶液で満たされ、下から立ち昇る細かな泡に、真っ白い藻が揺れているように見えた。
「水草……?」
「だりぇがみぢゅくちゃでしゅか」
白い藻をかき分けて、尖った爪と、モンスターのような毛に覆われた小さな手が現れる。
「きゃーっ!?」
「あー、もー、うるしゃいでしゅ。おどりょいてるひまにゃいでしゅ。早くしょの青いぼたん押して。やちゅりゃが来ましゅ」
「奴ら?」
「せちゅめーは後でしゅ!」
子供の真剣な声に、梛は頷いて水槽の青いボタンを押した。勢いよく溶液が排水されて、水槽の蓋が開かれると、後には白い藻にまみれて身動きが取れなくなっている子供が助けを求めて腕を伸ばしていた。
「重いでしゅ……」
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
水槽の中から子供を持ち上げると、白い藻まで一緒に引っ張られる。
「いだだだ……!」
「ごっ、ごめん。これ、あなたの髪なの!?」
「しっぽでしゅ。りゃんぼーしにゃいで」
重いが本人の尾ならブチブチ切るわけにもいかない。塊ごと持ち上げる。
「それで、この後どうすればいいの?」
尋ねた途端、部屋の扉からドガン! と激しい衝撃が響く。
「やちゅらが入ってくりゅ前に、そこのくしゃりをひっぱって隠し扉を開けるでしゅ」
天井からぶら下がった鎖を骨の手で引っ張ると、空になった水槽の床が抜けて大きな落とし穴が開く。
天井から外れた鎖と一緒に、派手な音を立てて水槽が階段を砕けながら転がり落ちていくと、部屋の扉の向こうで誰かが話す声が聞こえた。
「何だ今の音は!」
「逃げられたか!?」
「早く開けろ!」
先ほどより激しく扉が叩かれた。金属の扉がミシミシと軋み始めている。壊されるのも時間の問題だ。
「そっちじゃにゃいでしゅ。うえ、うえ」
逃げようとして、開いた穴に飛び込もうとした梛を腕の中の白い塊が止める。見上げると、天井にもぽっかりと小さな入り口が開いていた。
急いで上空に浮かび上がると、開いていた入り口はすぐに閉じた。直後に衝撃とともに部屋の扉が粉砕され、武装した集団がなだれ込んでくる。
「床に穴があります!」
「ここから逃げたのか」
「後を追うぞ! よその国に利用されるわけにはいかん!」
「はっ」
統率のとれた動きで穴の中に入っていくと、部屋は再び静けさが戻った。
「行ったようでしゅ」
「何だったの、あれ」
狭い天井裏のような空間で、自分のしっぽらしい白い塊から抜け出そうと奮闘している相手とひそひそと話す梛。埒が明かない様子なので濡れたしっぽが絡まないように伸ばしていくのを手伝う。
「この国の騎士でしゅ。ましゅたーをわりゅものあちゅかいして倒しに来たやちゅらでしゅ」
「ましゅたーって、あなたのご主人様って事? 何してた人?」
「まおーのしてんのーしてたでしゅ」
「ごふっ」
思わずむせる気管もないのにむせてしまう梛。
魔王の四天王。わりと最近四天王の一人、ハルピュイアと戦ったばかりだ。
「ま……待って、今のこの私がお借りしてる骨というか、体って……」
「ましゅたーのでしゅね」
「ぐふぉっ」
またむせた。えらい体に間借りしてしまった。
今、シャイヤールさんと遭遇したら、問答無用で塵も残さず瞬殺される。
「し、四天王なんて、レン君にも会えないわーっ!?」
全然思ってた転生と違う。キエリちゃんみたいに美しく羽ばたいて、レン君の腕の中に飛び込む乙女ゲームみたいなスチルが脳内には出来上がっていたのに。
「ひどい言われようでしゅ。ましゅたーもしゅきでしてんのーだったわけじゃにゃいでしゅよ」
「えっ、そうなの?」
「ましゅたーはもふもふもんしゅたーを作る趣味を追求ししゅぎて、そのしゅがたににゃりましゅた。人の命の長さでは理想のもふもふはちゅくれにゃかったらしいでしゅ」
『リッチ。魔王の四天王の一人。ノーモフモフ、ノーライフ』
光文字が分かりやすい説明をしてくれる。
「どれだけモフモフ好きなの……? スケルトンじゃないんだ。そう言えば前もダンジョンでそんな呼ばれ方したような……。セレブの事じゃなかったんだ……」
「他のしてんのーに無理矢理しゅかうとされてもんしゅたーをちゅくらされてましゅた。朝から晩までずっとでしゅ」
「四天王が社畜扱い。何か大変だったのね……。完全にブラック企業だわ……」
「ましゅたーもよく部屋のしゅみっこで不死になるんじゃにゃかったってぼやいてましゅた」
「心中お察しするわ……!」
この間まで似たような環境にいた梛には、リッチの境遇が他人事には思えなかった。
「そんなましゅたーも魔王が倒されて自由ににゃったので、こっそりここにけんきゅー室を作ったでしゅ。そしゅて我爆誕でしゅ」
こんがらがった長いしっぽをようやく解き、中から両手をばんざいして現れたのは額に宝石の角を生やした、可愛いらしい二足歩行のネコっぽいモフモフだった。
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次回更新は9月30日頃を予定しております。
急に朝晩冷え込むようになりましたので、風邪をひかないようお気を付け下さいませ。




