3話 イケメンいたー!
ダンジョン……それは広く、深く、あらゆるものの力と欲を受け入れ、冒険者たちをいざない、膨らんでいく。
「でも外に出たーい!」
二足歩行の狼モンスターの集団をスパパパーン! と倒しながら梛は心から叫んだ。
「イケメンエルフとか、美少女精霊とか、吸血鬼のアイドルグループとか見に行きたいよーっ!」
異世界ミラーに関する情報サイトは数多くあり、女神に選ばれた者達が自ら体験してきたことをスキルで動画にして配信し、ファンやスポンサーを獲得しているのだ。
動画の中でキラキラと輝く彼らの活動に、梛もどれだけ胸を踊らせていたことか。
それなのに今、自分がいるのは暗くて廃墟同然の内装しか残っていない、元魔王城ダンジョンなのだ。
「どれぐらい歩いたのかな。そろそろ安全な所で一度現実に戻って休まないと……何かお腹も空いてきたっぽいし」
竜牙兵の体は飢えも渇きも覚えないが、現実の自分の体が疲れてきているのは分かる。
モンスターの気配がなさそうな場所を探してキョロキョロしていると、不意に誰かが言い争う声が耳に届いてきた。
「人の声? やったあ、やっと誰かと話せるうぅ」
普段は自分から声をかけられないような人見知りだが、さすがに相手がモンスターばかりだと人恋しくなってくる。
「……だからオレたちはもう帰らせてもらうって言ってんだよ!」
「待ってくれ、あと少しでボスの部屋じゃないか! どうしてこんな所で……!」
「さっきから結界張ってるのに、どんどんヤバイ気配が近付いてきてるのよ。あたしたちのレベルじゃかなわないようなのが!」
「女神の加護があったって、復活アイテムでもなけりゃ、モンスターに倒されたら次は別の体になるんだぜ。最近じゃあ、キューブ持ちも増えたから条件通りの体になれるわけでもないらしいからな。危険なことはしたくねーよ」
「街の人はどうなるんだ」
「だったらてめえだけでやれよ!」
引き留めていた青年は、リーダー格らしい男に顔を殴られて、よろけ……なかった。微動だにしない。逆にリーダーが手を痛めてさらに大声でわめく。
「くそお! 痛え! これだから鬼人族は! その顔だけでもムカつくのに!」
「ちょっとお、イケメンなんだからカオはやめてよね」
「イケメンだからってかばうんじゃねーよ! オレだって充分顔いいだろうが!」
「えっ、イケメンいるの?」
イケメンの単語に反応して、ひょっこり岩陰から顔を出す梛。見上げる男たち。
竜の牙から創り出された竜牙兵の体は、実は2メートルをゆうに越える巨躯だった。迫力のありまくる骸骨が、角の輝きを揺らめかせながら見下ろしてくる。
「うぎゃあああ!! リッチー!?」
恐怖に耐えきれず、彼らは絶叫しながら走り去った。一人の青年を残して。
「え? リッチ? 何だろ、ローブがお洒落だからセレブっぽく見えたのかな……?」
取り残された青年を見やると、梛に向かって剣を構えている。余裕のない表情だが、それすらも絵になるような美青年だった。
「すっごいイケメンいたー!」
両手で口元を隠して乙女のように大喜びする梛に、イケメン青年が目を瞬かせる。竜牙兵の頭上に現れたキューブに気付いて長々と溜息をつくと、剣を鞘におさめる。
「あの……初めまして、僕もキューブ持ちの転生者です」
握手を求めるイケメンの手に、梛はドキドキしながら自分の手を伸ばした。
一見して『俺に関わるな……』とか言いそうな、孤高の一匹狼タイプなのに、骨の自分にも紳士な対応をしてくれる。なんて素敵な人だろう。運命かしら。ちょっと野性味のあるつり目と髪は漆黒だ。おまけにイケメンさんの額には二本の角が生えている。片方は折れてしまっているけど、真紅のグラデーションがかっこよくて、そのアンバランスさがいい。自分も角が生えているわけだし、お似合いかもしれない。これはますます運命かもしれない……!
「名前はレンです。リアルでは今度10歳になります」
小・学・生!! イケメンボイスで10歳って言った!!
「運命じゃなかったーーっ!! たーーっ! ターーッ……」
こだまする梛の叫びは、フロア中のモンスターを震え上がらせるほどの悲しみに満ちていた。
「えっと、大丈夫ですか、おねえ……さん?」
「んんっ、ごめんね。私はえっと、ナギって呼んで。リアルでは、えーと……歳は……」
梛は躊躇した。何故かしら。中味は子供なのにちょっと自分の年齢が言いづらい。外見がイケメンだから? いや、違う。多分、子供の目線でおばさん判定されてしまうのがコワイのだ。
「あっ、ごめんなさい。女の人にトシは聞いちゃだめだって、お母さんに言われてたんだった」
イケメンがピュアな瞳で謝罪する。やだ、レン君いい子! 何だろう、これはこれでとってもいい。そのままのピュアで素敵な人に育ってね……! と、母性に目覚める梛であった。
「ところで、さっき何か言い争ってたみたいだけど、どうしたの?」
「あ……実はさっきの人たちと一緒に街で討伐のクエストを受けてて、そのボスがここのダンジョンを根城にしているので探索に来たんですけど……」
「わあ、ラノベとかでよくある冒険者ギルドってやつ? すごいねー」
「だけど、強いモンスター が近付いてくるって、みんなクエストをやめるって言い出して……」
「えっ、強いモンスター!? こっち来るの?」
「いや、あの、多分、おねえさんのことだと思います」
「そういや骨だった……!」
イケメンにつられた自分のせいで、冒険者パーティが壊滅状態に。
「……よし、分かった! 私がレン君を手伝う!」
「えっ!?」
「私のせいでパーティの人、逃げちゃったんでしょ? だったら代わりに私がレン君と一緒にそのボスと闘うよ!」
「本当ですかっ?」
「もちろん! ……ただ、ひとつお願いがあるんだけど」
「な……なんですか?」
中身が女の人だと分かっても、自分より大きな骸骨に意味ありげに迫られるのは、ちょっと怖いレンだった。
「いっぺんリアルに戻って、ご飯食べて休んできてもいいかなっ!?」