26話 異世界じゃないのにいるわー!
屋上のガゼボを爆発させた魔法陣から出現したのは、ひとつ目の巨人だった。しかも五体もいる。
「キュクロプスか!」
「前に見たのよりおっきい!?」
以前の記憶を引っぱり出して福籠梛は驚愕するが、その時は自分も体長が2メートルを超える竜牙兵だったことはすっかり忘れている。
「でも何で? 現実の日本にモンスターが!?」
異世界ミラーは日本列島を鏡映しにしたような姿で近海に現れたが、蜃気楼のように見えるだけで、こちらから直接触れることはできない。女神に選ばれ仮初めの肉体を得て、はじめて異世界ミラーに行くことができる。
当然異世界ミラーの大型のモンスターなどもこちらに来ることができないので、普段は脅威を感じることもなく安心して生活出来ていた。
だが、今目の前にいるのは間違いなく実体を持ったひとつ目の巨人たちだ。ガゼボは破壊されたまま。巨人たちが歩くたびに舗装のタイルが負荷に耐え切れず砕け散る。
「てことは、この巨人たちも女神様に選ばれたの……!?」
『刮目せよ! どこを見てるんだか分からない精悍な顔立ち! てきとーに鍛え上げられた分厚い胸筋! 洗濯してるんだかしてないんだかよく分からない謎素材の腰布! その割に精巧な背中のエンブレムタトゥー! そして今まさに振り上げられんとしている巨大な戦鎚は悲鳴を上げながら逃げていったどこかの冒険者の置き土産だー!』
「そんないい加減なプロレス実況風の解説してもらっても、どこ注目していいのか分からないわよ!?」
光文字にツッコミを入れるのに気を取られていた梛に、七草双子社長が揃って声を上げる。
「シロたん、伏せ!」
無意識にきゃうーん! と反応してその場で体を伏せた梛の頭上を、戦槌がうなりを上げて通り過ぎていく。
「ツッコミは後だ、シロたん!」
「ひとまず下がって、シロたん!」
双子社長の言葉に従って速やかにあとずさりしようとした梛だったが、履き慣れないパンプスで足が絡む。盛大に躓いてその場にひっくり返った。お尻より揺れる胸のせいでバランスを崩した体が思わぬ方へと傾く。
「きゃあっ」
「シロたん!!」
逃げ遅れた梛を格好の餌食にしようと、ひとつ目巨人のキュクロプスが再び戦鎚を振り上げる。
「おい、鈍重モンスターさんよ」
梛を狙っていたひとつ目巨人が手を止めて声の主を睨みつける。瞬間、その目に勢いよく水流が叩きつけられた。
「グオッ!?」
一度水流が止まってキュクロプスがひとつ目の瞼を開けると、再び別の方角から水流が叩きつけてくる。そちらを手で庇うと今度は別の角度から水が。地味に嫌な攻撃だ。
だがそのおかげでキュクロプスの攻撃が止まっている。梛はパンプスを脱ぐと裸足でその場から走ってボスの元へ退避した。
「シロたんエライ!」
「シロたん頑張った!」
全速力でやってきた梛を受け止めて、社長二人がかりで頭を撫でられる。満面のドヤ笑顔になりかけてハッと正気に戻る。今は人間だった。ボスに褒められるとどうも白コボルトだった頃に感覚が引っ張られてしまう。
「てめえ等無傷でミラーに還れると思うなよオラぁ!」
キュクロプスと応戦しているのは、梛が会社の中で見たサバゲ集団だった。フェイスガードを付けているので顔は分からない。身長も体格もまちまちなのに、一人につき一体ずつ応戦できている。鬼人族のレンや竜牙兵と同じかそれ以上の強さがあるということになる。
「あの人たち誰ですか?!」
「臨時で編成した遊撃班だよ、シロたん」
「最近、各地で異世界ミラーのモンスターらしき目撃情報が増えてきていてね、シロたん」
交互に説明してゆく双子社長。
「最初はスキルによるいたずらだと思われていたが、実際のモンスターでなければ不可能な被害も出ていてね」
「しかもこの地区でも頻繁に目撃情報が出始めていたんだ」
「少々伝手を頼って未来予知してもらったら」
「次の出現ポイントがうちの会社だったんだよ」
「そんなわけで急遽遊撃班を編成したんだ、シロたん!」
「サバゲコスなら、武器持ってても目立たないからね、シロたん!」
「でもほとんど誰も銃使ってないわ……冒険者コスでも良かったんじゃ……」
サバゲーの恰好をしているのに、ある者は剣を、ある者は拳を、ある者は弓を、ある者は槍を使ってキュクロプスを鎮圧していっている。キュクロプスを水流で嫌味攻撃している者が構えているのも、ライフルではなく大型の水鉄砲なのだ。それでもキュクロプスには効いているようだ。
「あれって毒薬的な何かなんですか?」
「いや、ただの水道水だよ。シロたん」
確かに水道水には塩素入ってるし、目の保護成分も洗い流されてドライアイを招いたり、目には良くないと、推し声優さんが吹き替えを担当している特撮ヒーローが言ってたのは覚えているけども。
「涙の数だけ君を守る! ムチンブルー!!」
背後のプールを派手に爆発させてビッショビショで決めポーズしてた。
「シロたん戻ってこーい」
「はっ、状況が飲み込めなくて現実逃避してたわ……!」
梛があさっての方向を見ている間に、数体のキュクロプスはあっさり倒されて火花とともに消え去り、金貨とドロップアイテムをまき散らした。
「千年前に来やがれや!」
サバゲ集団で一番小柄な班員が、屋上の樹木から飛び移り、至近距離で四体目のキュクロプスの目に矢を放つ。
四体目の金貨とドロップアイテムが弾けるそばで、水鉄砲で嫌な攻撃を繰り返されていたキュクロプスが、目を狙われ続けるストレスに耐え切れずに怒りの咆哮を上げながら、辺り構わず暴れ出す。
そこへ無造作に水鉄砲を抱えた班員が近づいていく。キュクロプスが太い腕で班員を薙ぎ払おうとしたが、空気の壁でもあるかのようにふわりと軌道をよけて懐にまで入り込む。
ふと梛の目に、あるものが見えた。キュクロプスと水鉄砲班員の周りに光るサークルが現れる。そこからオーディオ機器で音楽を聴いている時に見るスペクトラムバーみたいな表示が放射状に広がった。
キュクロプスのバーの色が赤く輝き、班員へと伸びていく。それを水鉄砲班員がかわすと直後にキュクロプスの腕がバーをなぞるように振るわれた。班員を狙った動きがバーで完全に先読みされている。
逆に水鉄砲班員のサークルは、凪いだように穏やかだった。
ツールポーチからスタンガンを取り出して、押し当てるかと思いきや、持っていた自分の手が濡れていないか確認してから、ようやく作動させる。
意外にもキュクロプスはスタンガンが効いたらしく、呻き声を漏らしてゆっくりと倒れた。金貨やアイテムになる気配はない。気絶しているようだった。
「おいガキ、グズグズしやがって。さっさととどめさせや」
一番小柄な弓の班員が水鉄砲班員に横柄な言葉を投げかける。相手は水鉄砲を片手にひらりと気の抜けた仕草で肩をすくめた。フェイスガードを外すと三十代ぐらいの男性だ。無精ひげをはやして少々やさぐれていなければ、そこそこイケメンなのに勿体ないと梛は何となく思った。
「ただの運転手に無茶言うなってボウズ」
「ああん? 喧嘩売ってんのかコラ?」
自分のフェイスガードをむしり取り、詰め寄って水鉄砲班員を睨め上げる弓班員。剝き出しになった耳が細く長い。
「えっ、エルフだわ……!」
プラチナブロンドにエメラルドグリーンの瞳。目つきとお口は悪いけど、すっごい美少年だわ!
「そうだよ、シロたん。彼はエルフの長老だ」
「長老……!?」
いくらエルフが長命でも、水鉄砲班員といがみ合っているのは中学生ぐらいの外見をした少年だ。
「お二人がここで喧嘩をされては屋上の損害が拡大致します。お茶をお淹れしますので、一度落ち着かれては」
「損害だあ? てめえが俺に意見するなんざ一万年早いわ!」
こめかみに青筋立ててエルフ少年がブチ切れている。さっきから怒りまくっているところしか梛は見ていない。怖いから近づかないでいよう。
「その節は大変申し訳ございませんでした」
仲裁に入った班員が深々と頭を下げてからフェイスガードを外すと、梛の見覚えのある人物だった。
「あら、あの人赤い髪の執事さんじゃ……? ミラーの人じゃなかったんですか?」
「よく覚えてたね、シロたん!」
「その通りだよ、シロたん!」
「何でこっち来れるんですか!? だったらキュクロプスがこっちに来ててもおかしくないし、他にも来れるってことですか!?」
「いえ、正確にはここにある私めの体はゴーレム。魔道具を依り代にしたに過ぎません。それを先日知り合った召喚術士の方にこちらへと送り届けて頂きました。思念で操っている状態です」
梛の脳裏に楼閣群島で出会ったハルピュイアの奴隷だった青年が浮かんだ。彼と一緒にグリフォンに乗って去っていったレン君は、今どこにいるんだろう。早くレン君に会いたい。やっぱり今日、ミラーに行ってみようかな。
「え? じゃあ、キュクロプスも同じようにゴーレムとか」
「ゴーレムはゴーレムだが、素材が別物だ。生だなあれは」
美少年エルフがいつの間にかすぐそばまで来て、散らばったクッキーを拾い食いしている。水鉄砲班員も赤髪執事が淹れた紅茶のティーカップを受け取ってこちらに来ていた。
「長老、生というと……」
「他のモンスターだろうぜ。キュクロプスの匂いじゃねえなアレは」
「随分大雑把だな」
「なんだとガキ?」
「なんだよボウズ?」
「君たちシロたんの前で止めないか」
双子社長の言葉に二人が面倒臭そうに梛をじろりと睨みつける。
「!?」
睨んだまま二人が同時に動きを止めた。エルフ少年は見る間に顔が赤くなる。無精ひげ男は気の抜けた顔で鼻の下が伸びていた。
二人とも梛の巨乳に釘付けになっていた。
いつもお読み下さいましてありがとうございます! 何とか更新できました……。
次回更新は8月30日頃を予定しております。
暑さと雨の攻撃力が高いこの頃ですが、ご無理されずにお過ごし下さいませ……。




