25話 面接緊張するわー!
福籠梛は案内されたオフィスに入って溜息をついた。
「うわー……明るいわー……」
大きな窓と高い天井。開放感のあるオフィスにいる人は全て私服だった。面接だからとスーツを着てきた自分がちょっと、いや大分浮いて見える。
異世界ミラーではらぶちゅるちゅのメンバーで、リアルでは関西弁スーツ男のりゅおってぃに案内された時も、テナントビルのお洒落さに、一瞬お買い物デートでも始まるのかと思ったぐらいだ。
「こっちおいでや、シロたん」
りゅおってぃに手招きされて、ふかふかのカーペットを歩く。新調したばかりで履き慣れないパンプスのヒールが苦にならない。
至る所に瑞々しい観葉植物。カフェのカウンターテーブルの一角でミーティングする社員たち。
フロアの一角に設置された本棚にはコミックや書籍の新刊本。奥にはプロジェクターとスクリーンも見える。
リビングみたいなクッションだらけのスペースでは、キャットタワーで戯れる数匹のネコたちとねこじゃらし片手に黙々とパソコンでデータをまとめている人の姿もある。
「うち子供とペット同伴おっけいやねん。ドッグランもあるし、テナントに動物病院や託児所とかもあるから便利やで。そこのキャットタワーで遊んでるネコは福利厚生チームの社員さんやけどな」
「ネコちゃんも社員!?」
ヨガや瞑想をする人もいれば、ランニングマシンで走り込みをする人もいる。
「そこら辺の筋トレマシンは自由に使ってかまわんで。トレーナーさんもおるし。そこのカフェでプロテインも飲めるわ」
「ふえええ……」
そして行き交う人たちが、かなりの確率で何らかのコスプレをしていた。
アニメやゲームキャラ、男装、女装、着ぐるみ、ロボット、果てはよく分からないサバゲー集団まで。
「コスプレのイベント会場……?」
「業務に支障なかったら髪型、服装自由やねん」
「自由の幅が広すぎる!?」
「おはようございます、宇薄さん。ちょっとデータの確認してもらってイイっすか?」
今まで自分が勤めていた会社との違いに梛が驚愕していると、Tシャツ短パン姿の青年が声をかけてくる。
短パンのポケットにつっこんだねこじゃらしを追いかけて、キャットタワーの社員ネコが二、三匹追いかけてきていたが、りゅおってぃからラミアのヘビ成分を感じ取ったのか、ダッシュでキャットタワーに逃げ帰っていった。
「おっ、昨日からまとめとったアレな。もう出来たんか。えらい頑張ったやん。ちょい待ってなー」
「うすずき?」
「俺、俺。異世界特別営業推進課課長の宇薄竜王と申します」
慣れた手つきで名刺を取り出し、やたら丁寧な口調で折り目正しく滑らかな所作で梛に渡す。受け取ろうとして、はたと気付く。名刺交換って訪問した方が先にするんじゃなかったかしら?
「ち、頂戴致します。すみません、私、名刺を持ってなくて……えっ、課長……?」
「いくらギリギリまでメンバーが決まらんからって、まさか自分があんなカッコして踊るとは思わんかったで……? ごめんやけど、案内はここまででええか。そこのエレベーターで屋上まで行ったらすぐ分かるし。そんな緊張せんでも大丈夫やからな」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
梛はお辞儀をすると、教えられたエレベーターに乗った。営業スマイルで見送っていたりゅおってぃのそばで、Tシャツ短パン青年が呟く。
「誰っすかあの巨乳美女? スーツえろいなあ……。社長の愛人っすか?」
「それ本人にも社長にも言うたらアカンで」
「カレシとかいるのかなあ……」
「べっぴんさんやしなあ、おるんちゃうかー。知らんけど」
「そっすよねー。イケメンカレシとかいそうっすよねー」
適当な憶測により勝手に折れていく恋愛フラグ。彼氏いない歴を着実に更新させているとは露とも思わず、梛はエレベーターで昨夜の事を考えていた。
「女神様、すぐ消えたわね……」
振り返った途端、極上の笑顔で了解したと言わんばかりに、姿を消してしまった。
「空が飛べる種族がいいって言ってたのを聞いてた……はずよね?」
異世界ミラーに行って確かめればいいだけなのだが、一抹の不安を感じてキューブをまだ呼び出せていない。
でもレン君に会いに行きたい。前回みたいに頑張って追いかけたのに、すぐお別れするようなパターンじゃなくて、一日ゆっくりデートとかしてみたい。中身は10歳の小学生だけど。
梛の脳裏に浮かぶのは、ハルピュイアと戦っている時のカッコいい鬼人族レンの姿ばかりだ。
お互いにお似合いの武器とか防具を試着して、楽しくマッピングしながらモンスターと戦って、討伐モンスターのお肉を捌いてディナーを一緒に食べてみたい……!
「……あれ、これデート?」
イメージ映像が完全にダンジョン攻略になってしまっている。戸惑う梛をよそにエレベーターは屋上に到着した。
ふわりと甘い香りが漂う。屋上は緑豊かな庭園になっていた。よく手入れされた花壇には色とりどりの花が咲き誇っている。
一般向けに公開されているのか、経路案内や植栽についての看板があちこちにあり、しばらく進んだ先の広場には、小さな舞台が併設されたオープンカフェまであった。
「ま、間違えたのかしら……? でも屋上って言ってたはずだし……」
経路の矢印をたどっていくほど、花壇は樹高を増し、迷路にはまり込んだ感覚になっていく。
「どこ行けばいいの……?」
りゅおってぃは行けば分かるみたいな事を言っていたが。オドオドしながら、丁寧に刈り込まれた生け垣を進んでいくと、ふと横手から風が流れてくる。
見落としそうな細い通路の奥から、どこかで覚えがあるような懐かしい香りがしていた。
「……お菓子の匂い……?」
足が自然とそちらを向いて歩き出す。蔓バラのアーチを抜けると、眩しい光に照らされた。
そこには異世界転生物のアニメや漫画でよく出てきそうな、お洒落なデザインのガゼボがあった。
「わあ、素敵……」
テーブルにはレースのクロスが敷かれ、美しいティースタンドやら香りのよいお茶を淹れたティーセットなどが並べられている。貴族の令嬢のお茶会でも始まりそうだ。
「よく来たね、シロたん」
そのテーブルについていた人物が声をかけてくる。
「も、もしかして……ボス!?」
「そうだよ、シロたん」
「ボスって……二人だったんですか!?」
ガゼボで梛を迎えたのは、中世の令嬢と令息の衣装を身にまとった二十代の男女だった。二人とも異世界ミラーで会った眼鏡令嬢と同じ眼鏡をつけていた。お互いの顔立ちもよく似ている。
「私は転生者の七草秋祝。ここの社長をしている」
眼鏡令嬢の凛とした佇まいそのままの女性が、口元に小さく笑みを浮かべる。
「私も転生者の七草春騎。副社長をしている。因みに転生先は姉と一緒だ」
「ごきょうだい……もしかして双子ですか?」
「その通りだよ、シロたん!」
二人が揃って頷く。
「あっ、あの、この度は素敵なお部屋を紹介頂きましてありがとうございます」
「ちょうどこちらも信頼できる入居者を探していたところだったから良かったよ。それより早く座って。シロたんの面接を始めようじゃないか」
促されて猫脚のアンティークチェアに座ったものの、目の前にあふれるスイーツを見ると、完全にやる事はお茶会だ。
「さて、最初にこれだけは言っておこう」
「は……はいっ」
実は採用する予定はないとかあるかもしれない。面接だけでもと、りゅおってぃさんに押し切られた可能性もある。それならそれで仕方ない。ここに来られただけでも、いい経験になった。福利厚生の手厚い会社は本当にあったんだ。緊張からテーブルの下でぐっと手を握る梛。
双子が揃って口元で手を組み、眼鏡を光らせ、厳かに告げる。
「シロたん採用です。おめでとう!」
「はい、分かり……えっ?」
「仕事いつから始めたい? 明日? 明後日? 今日からでもいいよ」
「えええっ?! め、面接まだなのに採用!?」
「シロたんのポテンシャルの高さは知ってるからね! それより、食べて食べて! うちのきゅーみーを助けてくれて本当にありがとう。マナーとか順番とか全然気にしなくていいから。好きなものを好きなだけ食べるといいよ」
「あ……ありがとうございます……?」
あらゆる工程をすっ飛ばして転職が決まってしまった。目をしばたかせてケーキを一口食べ、しばしその上品な甘さと滑らかな口溶けにうっとりする。すっごく美味しい……! ぜったい有名パティシエが作った人気店のお高いやつだ。
「ああ、姉さん見てあの目……シロたんがご飯を食べてる時の顔とそっくり……」
「ふふ、落ち着かないか。だがあの至福に満ちた表情はシロたんそのもの……」
双子社長の息がちょっぴり荒くなっているのは気にしないでおこう。
やたら熱視線を感じながら、無心でケーキを味わっていたが、梛はふと顔を上げた。
「おかわりかい? まだまだあるよ」
「あ、いえ、その、何か光文字が、召喚の術式がどうとか、展開座標が近すぎるからどうのとか……」
梛の言葉に双子が素早く反応する。
「遊撃班、屋上のガゼボだ!」
秋祝が叫び、副社長の春騎が二人を抱えてその場から飛びのいた。
直後にガゼボが地面からの閃光で弾け飛ぶ。
「あーっ! ケーキがーっ!?」
梛が悲鳴を上げたが、すでにガゼボは跡形もなく破壊され、その場には怪しく光を放つ魔法陣が浮かび上がっていた。
魔法陣が重低音を響かせると、そこから現れたのは数体のモンスターだった。
「な、何でここに!?」
しかもそれは梛が魔王城のダンジョンで見た、巨大なひとつ目の巨人だった。
いつもお越し下さってありがとうございます!! すみません、更新時間遅れました……。それなのに毎回読んで下さる方がいらっしゃるなんて、本当に幸せなことです……。コツコツ頑張ります。
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次回更新は、8月20日予定です。




