24話 らぶちゅるちゅディナーよー!
異世界ミラーのインキュバスばくおーに、リアルでも似た姿をしたオタク青年が、潤んだ瞳で福籠梛を覗き込む。
「お願いシロたん……」
「あっ、あのっ、それは……」
近すぎるばくおーとの距離に、梛は逃げようと身をねじるが背中が壁にぶつかってしまう。
「ちょっとでいいから……舐めてほしいなぁ……」
さらに近づくばくおーの吐息が荒くなっていく。
「おんどれいつから十八禁展開おっけいになったんや!」
キッチンのじゃらじゃらした可愛い珠のれんをかき分けて、スーツの男が突入してくる。
「俺等らぶちゅるちゅは全年齢向けやでばくおー! 目え覚ませ!」
ドスのきいた声で割って入ろうとしたスーツ男が目にしたのは、自作のお味噌汁の味見をふうふう冷ましながらお願いする乙女男子と、小皿での間接キスを遠慮する巨乳女子のやりとりだった。
「付き合って初日のカップルかー! ごっそさーん!!」
初々しさに滅法弱い関西弁スーツ男は至福の表情で昇天した。
「やほー、来たよばくおー。うわっ、りゅおってぃ、こんなとこで尊死すんなー」
スーツ男の足をまたぎながら女子中学生がキッチンに入ってくる。流行りのヘアカラーを絡ませた編み込みポニーテールに学校の制服を着た少女は、梛を見るなりツッコんだ。
「ウケる。胸にスイカ詰めて何やってんの!」
「きゃあっ!」
笑いながらツッコみを入れられた梛の巨乳が、柔らかな弾力で盛大に揺れながら戻っていく。慌てて胸をおさえる梛。何も見ていないフリをするばくおー。
その胸の動きを凝視していた女子中学生は、震える声で言った。
「揺れたっ……? スイカじゃない? ホンモノの巨乳だと……!? マジか……すっごいやわらかい……。ねえ、もっかい、もっかいだけ触ってい?」
女子中学生の手の動きは、完全に全力でモミモミしようとするそれだった。その後ろから現れたアウトドアコーデの細身女性が、軽く頭にチョップを入れて止める。
「…………。…………」
小声過ぎて何を言っているのか全然聞こえない。
『やめて、ここたまさん……。それただの迷惑防止条例違反や不同意わいせつ罪だから……』
梛の光文字が補足説明を入れてくる。
「これはいい匂いでござるなあ、かりょびー殿。ばくおー殿はまた腕を上げられましたな」
次に入ってきたのは侍言葉に航空眼鏡に明治の書生ファッションにマッチョボディという情報過多で顔の印象が完全に薄くなっている青年だった。
「あれっ、むぃまなさん、きゅーみーはぁ? 一緒に来るとか言ってなかったっけ」
「ここにおりますぞ」
マッチョ書生の袴の陰から、小さな少女が恥ずかしそうに顔を覗かせる。
「……こ、こんばんは。シロちゃんの転生者さん……」
大きな瞳にさらさらの長い髪をツインテールにした小学生の女の子。その人見知りな仕草で、脳内フリーズしていた梛が我に返る。
「きゅーみーちゃんだわ! はっ、初めましてになるのかしら。福籠梛です」
膝をついて梛が満面の笑顔で挨拶をすると、少女は照れながらもこくこくと何度も頷いた。
「き……桔梗羽美です……」
可愛い! 可愛すぎるわ! きゅーみーがとんでもなく美少女なのはもちろんだけど、リアルきゅーみーからきゅーみーが溢れてるわ! 可愛い可愛い!
梛がリアルきゅーみーに出会えた幸せに浸っていると、部屋に漂う料理の匂いに我慢できなくなった女子中学生が騒ぎ出す。
「あーもう無理っ、お腹空いた! 早く食べよっ」
確かに梛もお腹が空いていた。気が付けば窓の向こうは陽が暮れている。疲れが溜まっていたのか結構眠っていたらしい。祖父母に知り合いの家で夕飯をご馳走になることを連絡すると、皆が夕食の皿を並べる可愛い家具や雑貨の溢れたリビングに戻った。
リビングはそこそこ広かったが、オタク青年、女子中学生、アウトドア女子、関西弁スーツ男、マッチョ書生、女子小学生、そして梛がいると訳の分からないカオス空間の圧しか生まれない。
ちょっと情報量が多すぎる。こんなのアニメや小説だったら誰も全員覚えられない。
「とりあえず……全員らぶちゅるちゅのメンバーってことで合ってますか……?」
梛がおそるおそる尋ねると、全員がばくおーの作った夕食を頬張りながら頷いた。だし巻き玉子を筆頭に、ブリの照り焼き、肉じゃが、ふろふき大根、茶わん蒸し、炊き込みご飯、根菜のお味噌汁など和食メニューがテーブルに所狭しと並んでいるのを、皆が何日も食べていなかった遭難者みたいに一心不乱に掻き込んでいる。梛も一口食べてその理由が分かった。
「しゅごいおいひい……」
めちゃくちゃ美味しい。一家に一人ばくおー様がほしい。
「ありがとうございますぅ。褒めてもらえるとまた作りたくなるよねぇ」
ばくおーの言葉に他のメンバーが一瞬動きを止める。
「ウマいでばくおー! さいこーの味や! おかわりくれ!」
「めちゃくちゃ味しみててうまっって感じする!」
「拙者の筋肉も喜んでいるでござる!」
「……! ……!」
「きゅーみーもこの味すき……」
「はいはい、また作ってあげるからぁ」
くすくす笑いながら、ばくおーは関西弁スーツ男に炊き込みご飯の大盛りおかわりを差し出した。
「皆さん仲がいいんですね」
いくら同じアイドルのメンバーだからと言って、全員がプライベートでも仲良しなのは意外な気がする。
「いや、ばくおーとこ来んの今日が初めてや」
「そうなんですか?」
「ばくおー電話でご飯作るから誰か来てーって必死だったもんね」
「ちょっとここたま、言わないでそれぇ!」
顔を真っ赤にしてアタフタしているばくおー。
「だ……だって、家に女の子がいるんだよっ……何かあったらファンの子たちに顔向け出来ないよ!」
「いや、家に連れ込んどる時点でアウトやろ」
「ええー! な、何もしてないったら!」
「怪しいでござるなあ」
関西弁スーツ男りゅおってぃとマッチョ書生むぃまなに揶揄われてますます赤くなるばくおー。恥じらってる姿は完全に乙女である。
「……、……」
『二人とも、きゅーみーがいるんだからやめて……』
アウトドア女子かりょびーが止めているが、声が小さすぎて聞こえていない。きゅーみーは茶わん蒸しの銀杏探しに夢中になっていて聞いていなかったが。
梛の震える手からお箸が転がり落ちた。みんなの視線が何となく集まる。
「すみませんでしたー!!」
可愛いフリルの座布団から飛び降りて、盛大に土下座する梛。
「何やその見事な土下座は!? 謝罪のプロか!?」
「土下座した事にツッコみなよ」
女子中学生ここたまにツッコミ指導される関西弁スーツ男。
「わ、私が酒に酔った勢いとは言え公園であのような痴態を晒さなければっ! らぶちゅるちゅの皆様に、ご迷惑をおかけする事もなかったのにっ!」
「え? 何? お姉さんがばくおー食べちゃったの!?」
「語弊が激しい! 違うよ、公園でちょっと絡まれてたところを助けてもらったのぉ! その後お酒回って寝込んじゃったから、ほっとくわけにもいかなくて! でも警察呼んだらそれはそれで各方面に迷惑かけそうだったしぃ、それにシロたんの転生者の人だったし……!」
「落ち着けや、ばくおー。すまんな、反応がおもろすぎてちょっとからかっただけや。誰もお前が悪さするなんて思てへん。俺ならともかく」
「拙者ならともかく」
「うちならともかく」
「呼んじゃいけない人たち呼んじゃったぁ……?」
「きゅーみーお呼ばれ嬉しかったよ……」
きゅるんとした目で見上げる小学生女子に、全員が心を浄化されて我に返る。この子の前ではちゃんとした大人でいよう。
「あの、でも本当にありがとうございました。まさかあんなに変な酔い方するとは思わなくて……」
「相当ストレス溜まっとったみたいやな。普段クソ真面目なんやろ、あんた。そういう奴は酒以外で発散した方がええ」
「仰る通りです……」
「あとばくおー、絡まれんようにしいや。お前が一番身バレしやすいんやから」
「うん、ごめん。気をつけるねぇ」
「魅了スキル使っちゃえばよかったんだよ」
「そうかもしれないけど……絡んでくる子の気持ち、自分も覚えあるなって、何か強く言えなくてぇ……」
申し訳なさそうにばくおーが頭を掻く。
「しかしシロたん殿を運ぶ時はどうされたのでござるか?」
「それはさすがに隠蔽系と幻惑系のスキル使った」
「……なんだろ、異世界ではわりかしやってる事なのに、リアルで聞くとアウトだなって思うよねー」
「ええっ!? ほ、本当に何もしてないからねっ!?」
オタク青年の焦る表情を見ていると、ライブで上半身ほぼ裸なコスチュームを着て俺様フェロモンだだ漏れ状態でファンを煽りまくっているばくおー様の中の人とは思えない。
「……、……?」
『あの、シロたんさんは何かあったんですか?』
アウトドア女子かりょびーが心配そうに尋ねた。
「……。……」
『もちろん言いたくなければ無理にお話しする必要なんかないですよ。ただ話すだけでも結構ストレス発散になりますから』
いい人ー! ただちょっと席が離れていて光文字のフォローがなければ、全然聞こえていなかった。
「えっと、まあ、何というかよくある話なんですけど……」
話をちゃんと聞いてもらったからか、ばくおーの美味しい手料理を食べてお腹がいっぱいになったからか、しっかり休んで疲れがとれたからか、公園でやけ酒していた時のようなギスギスした気持ちはいつの間にかどこかにいってしまっていた。内容も自分で聞いてもほとんど笑い話みたいな状態だ。
「えー、ひどくなーい? マジでブラックじゃん」
「辛いのによく耐えてたねぇ。もう無理しないでねぇ」
「俺の前職もひどいもんやったで。えらかったなあ」
「そうするとシロたん殿は家と仕事を探し中でござるな」
「だったらここ住んじゃえばいいじゃん」
女子中学生ここたまの一言にばくおーと梛が固まった。
「なななななな何言ってるのここたま! こんなだけど男だからね、一応ぅ!」
「免疫ないなー。このマンションにってこと。みんなここに住んでるんだよ。空き部屋あったでしょ」
「ええっ!?」
私がらぶちゅるちゅと同じマンションに住む……? そんな漫画みたいな事あってもいいの?
「社長からおっけい出たで」
「早っ!?」
関西弁スーツ男りゅおってぃがスマホであっという間に許可を取ってしまった。
「でででも、まだ仕事も決まってないのにこんな高そうなマンションなんて……」
「心配せんでも、ここの賃料破格やで。あと、仕事探してるんやったら明日面接おいでー言うてたわ」
「面接のアポまで!?」
「関西の営業マン舐めたらあかんで? ……社長のレスポンスの速さには正直俺もビビるけどな」
にやりと笑ってサムズアップするりゅおってぃ。カッコいい。ただチラ見えする腕時計がスイスのとんでもない高級ブランド過ぎて、本当にマンションの賃料が破格なのか不安になる。
「よかったじゃん、シロたん!」
「あ、ありがとうございます。でも私、もうシロたんの転生者じゃないのに……何から何まで、こんな事してもらっていいのか……」
「……。……」
『気にしないで。だってあなたのシロたんさんがきゅーみーを助けてくれたんだから』
「そうだよぉ、シロたんの転生者さんにはお礼したいねってみんなといつも言ってたんだよねぇ」
「ありがと、シロちゃん」
らぶちゅるちゅのみんなに笑顔で頷かれて、自然と梛の目から涙が零れた。
「あ、ありがとうごじゃいますうううー! 一生らぶちゅるちゅ推すうううー!」
以前の職場ではあまり良い人間関係を築けていなかっただけに、推しのアイドルから差し伸べられた手が、千手観音の如き後光を放って梛の心を救いあげていた。
「シロちゃん、今はだれの転生者さんしてるの?」
梛の涙を自分のハンカチでふきふきしながら、きゅーみーが尋ねる。
「この前まではケンタウロスのシャイヤールさんってひとだったんだけど、今はまたフリーって言うか、決まってなくて」
「そんなに頻繁に変わるのも珍しいでござるな」
「そーだよねー。じゃあさ、次は何になりたい? 自分で決められんの?」
「希望の一部が通ってるみたいな感じで……出来たら今度は自由に空が飛べる種族とかになれたらいいなーって」
そうすればグリフォンを召喚出来なくても、レン君とお空でデートとか出来るのではないだろうか。
「あっ」
らぶちゅるちゅのみんなが一斉に梛の方を見て呟く。
「えっ?」
微妙に自分からずれた視線を振り返った梛が見たものは、青いキューブの輝きに浮かび上がった、女神様の極上の笑顔だった。
何とか更新今日中に出来ました……! お読み下さいましてありがとうございます!
こんな酷暑とか津波とかで皆様が大変な日にこんなお話更新してもいいものかどうか正直分かりませんが、少しでも一瞬でも不安な気持ちの気分転換になれればと思います。
次回更新は八月10日頃更新予定です。




