23話 連れてってよー!
キエリが放った御神矢は、巨大な精霊結晶の神殿へ吸い込まれていった。
ハルピュイアが倒されたことでプロペラファンのねじれと傾きが戻った神殿は、御神矢が高い音をたてて中心の風導管を通ると、ファンを震わせて共鳴していく。
共鳴したプロペラファンは発光し、溢れた光は新たな精霊結晶となって生み出された。小さな風車のような結晶は風に舞い上がり、神域から一斉に広がる。
風に流れる小さな結晶が、周囲の精霊結晶に触れるたび、風鈴のような音色が響く。
その光景にアーハルテたちケンタウロスが大歓声と惜しみない拍手で、空から舞い降りたキエリを出迎えた。
「自分で奉納しなくてよかったのかよ」
フリージアがそばで拍手を送っていたミイロに尋ねた。奉納した御神矢はミイロが残していたものだ。
「構わぬ。彼女らがいなければ神事どころか国の行く末さえ危うかったのだ。我が友も救ってくれた。その功に報わなくてどうする。我は何年も神事に参加していながら、陰で彼らが苦しんでいた事にも気づかず国の威信を守ったつもりになって何も見てはいなかった。己の未熟さを恥じるばかりだ」
眉間にしわを寄せたミイロの肩に、フリージアが腕をまわして笑顔を見せる。
「硬えなあ、相棒。国の行く末が一人でどうにかなるかよ。兄弟たちがみんな助かったんだから上出来さ。お前が見えねえ所があるってんなら、いつでもオレの脚で連れてってやるからよ」
「フリージア……」
「いい女のケツぐらいやわらかい考え方でいけばいいんだよ」
「……できれば他のものに例えてくれ」
二人のやりとりを微笑ましく眺めながら、シャイヤールは福籠梛に言った。
「君が来てくれたお陰でよい結果が訪れた。僕にはかなわなかった事だ。色んな所に行って、己に出来る事をして、全てし尽くしたと思っていた。己に出来ぬものであればもうすべき事はないと、それ以上思う事も感ずる事も諦めのうちに眠らせておく癖がついてしまった。だが君は常に愛を持って僕を突き動かしてくれた。あれだけ怖がっていた速さを己のものとし、豊かな感情で驚き、想い、求め、怒り、喜び、助けようと最後まで己の意思をかなえようとした。まさかあんな僕も思いつかないやり方で……フフッ……あれは……フッ……実に、フフッ……」
次を言いかけては、何度も笑いを堪えているシャイヤール。空に女性下着を大量にばら撒いた光景がツボに入ってしまったらしい。罰当たりだと怒られないのは助かったが、梛としてはとんでもない黒歴史を追加したようで、穴があったら入りたかった。
「とても新鮮で、同時に懐かしい感覚だ。女神は無限に愛の調べを奏で続けていたというのに、僕はかつて聴いた歌だけを世界の全てだと思い込んでいた」
シャイヤールの話がどんどん詩的になってきたので梛は首を傾げる。
「ええと、つまりシャイヤールさんも何か新曲歌いたくなったって事……?」
「ああ、それは素敵な提案だ。そうだな、まずは古詩のおさらいをしよう。魔王の配下が暗躍しているとなれば、他の国でも同じ事が起きているかもしれない。女神の調べを歌うかどうかは、それぞれの自由だが、女神の愛そのものを妨げられては精霊結晶が歪む以上の被害が出ている可能性もある」
「旅に出られるのなら、わたしも一緒に行きます、先生!」
梛自身もよく分かっていない質問にきっちり答えたシャイヤールにキエリが駆け寄った。ケンタウロスたちが胴上げのどさくさでセクハラを始めたらしく、こちらに避難しに来たらしい。何人かの頬には見事な平手打ちの跡があった。
「時々戻るからキエリはここで……」
「そんな事言って待ってたら、わたしがおばあちゃんになっても先生戻ってこないでしょう! 祖父母にいっつも来るのが遅いって怒られてたじゃないですか」
『長命種あるある 友人の門出に遅れがち』
光文字の情報で何となく事情を察する梛。時間にルーズなんだわ、シャイヤールさん。
「キエリの誕生日にはいつも手紙を……」
「いつも半年以上遅れて届くんです……! あと毎回料金不足で!」
シャイヤールの移動距離と郵便事情が嚙み合っていなかったらしい。
「だからついていくってもう決めました! わたしは先生の弟子ですから!」
そう言うとキエリはシャイヤールの背中に飛び乗って、がっちりとしがみついた。
きっと早駆け神事に参加してほしいとお願いした時もこうやって一晩背中に乗りっぱなしだったのだろう。
「やれやれ。誰に似たのだか……」
「シャイヤールさんの薫陶の賜物でしょ? それに私もキエリちゃんは連れてった方がいいと思うわ。二人の方が絶対楽しいわよ」
「御使い様もっと言って!」
「シャイヤールさんは一人で旅に出て我慢出来るの?」
「何をかな?」
「こうやってキエリちゃんを毎日なでなで出来ないのよっ!?」
「御使い様もう言わないで!」
梛に言われてシャイヤールは、しがみついたまま赤面しているキエリの頭を撫でている事にふと気が付いた。
「……そうか、そういう事になるね……」
呟いたきり、シャイヤールはキエリを撫でた自分の掌をじっと見つめるだけになった。
シャイヤールの考えは相変わらず分からないが、前向きに検討してほしいと梛は強く思った。このケンタウロスはチート過ぎる。一人で旅に出たら、それこそ第二部作のクレジットタイトルが出来上がるぐらい色々やらかしてしまうはずだ。そうしたらまた黄昏て隠居生活に逆戻りしそうな気がする。
絶対ストッパー役がいる。ストッパーになるかどうかは分からないぐらい振り回されてたけど、キエリのまっすぐな気持ちはシャイヤールの支えになるはずだ。ちょっぴり二次災害も防げるかもしれない。
とりあえず二人でお幸せにねっ! 私はレン君と一緒にいたいから、別の誰かに転生希望するわ!
そう心に決めたものの、レンはここにはいなかった。
「ギルドにケンタウロスさんたちが無事だった事と、ハルピュイアの事を先に報告に行ってきます! ……ナギおねえさん、僕もうちょっとお話したかったけど習い事の時間が近いから、報告が済んだらそのままリアルに帰るね。今日は助けてくれてありがとう」
と、レンは梛に耳打ちすると、召喚青年と一緒にグリフォンに乗って楼閣群島の街に戻ってしまったのだ。
「そういえば推しの中身10歳だったわー!!」
叫んだ梛は自分の声の大きさで目が覚めた。
「でも何で私以外の人とグリフォンの二人乗りデートしてるのー!? 私も連れてってー! って、あれ……ここは……?」
可愛い天蓋付きのベッド。キラキラしたモールが揺れて部屋に光の反射を映している。
フリルのついた枕から起き上がりながら、梛は部屋を見回した。
可愛い乙女の部屋。レースのカーテンにふわふわのカーペット。
「いい匂い……」
ハルピュイアの香水よりもっと上品で落ち着いた香り……。
「だし巻き卵の匂いだわ!?」
「あっ、やっと起きたぁ」
盛大に鳴ったお腹の音を聞きつけたのか、レースのカーテンの向こうから気配が近づく。
「急に倒れるからびっくりしたんですよぉ」
部屋に入ってきた柔らかな声の主を見上げて、梛の体が硬直した。
「あっ……ばばばばばばばばばばばばば……!!」
異世界ミラーで存在して、現実ではいないはずの存在。
「ら、らぶちゅるちゅのばくおー様っ!?」
「声、下げて下げて」
「あっ、すみません!」
両手で自分の口を押えたが、動悸が止まらない。何故らぶちゅるちゅのメンバーの一人、インキュバスのばくおーが現実に存在しているのか。
男性とは思えないほどの艶やかな肢体と美しい容貌。よく見れば異世界ミラーで会った時は顔や筋肉も男性のセクシーさが強く出ていたが、今は女性と言っても通じるようなたおやかな印象の体つきだ。
ピンク系でまとめたふわふわのルームウェアが似合い過ぎて鼻血が出そうなほど美しい。
いいの? 私一人が課金もせずにこんな素晴らしいお姿を拝謁賜っていいのー!?
混乱する梛に、ばくおーがグラスを渡した。薔薇がデザインされたガラス製。そこに同じデザインのガラスピッチャーから水を注ぐ。動揺したままぐいと飲むと、爽やかなハーブの香りが広がり、少し気持ちが和らいだ。
「えっ、ここ異世界ミラー? 私、また白コボルトに戻ってる……?」
「ここは現実の日本だよ、シロたん」
「ぐほぁっ!」
推しのアイドルからいきなりウインク付きの個人的ファンサービスを受けた衝撃でむせる梛。白コボルトだったら滝のような嬉ションをしてるところだった。
「なっ、何故それを……!?」
「ごめんね、個人情報なのにぃ。でもこのスキル勝手に発動しちゃうから、触れた相手の記憶とか好みとか勝手に分かっちゃうっていうかぁ。嫌だよねぇ、本当にごめんねぇ」
申し訳なさそうに肩を落としてばくおーが説明する。
「い、いえ、大丈夫です。むしろこちらこそすみません。お見苦しいものお見せしてしまって……」
「そんなことないよっ。シロたんの記憶ってすっごく頑張っててキラキラしてて素敵だもん!」
「んぐうっ!」
魅力がカンストした推しアイドルの全開の笑顔で、梛の心臓が飛び跳ねた。
「で、で、でも、どうして、私、ばくおー様のお部屋に……」
「あっ、そっか、これなら分かるかなぁ」
ばくおーはおもむろに自分の髪をわしゃわしゃとかき回してみせる。
「ああっ、公園の少女漫画の人!?」
「あたりー。先ほどは助けて頂きましてありがとうございますぅ」
らぶちゅるちゅのインキュバスばくおーは、リアルではオタクな乙女男子だった。
いつもお読み下さいまして本当にありがとうございます!更新時間がずれてしまってもうしわけありません……!!お陰様で選挙も何とか行けました……。
次回は7月30日頃の更新予定です。暑い日が続きますので、体に熱がこもらないようにお気をつけ下さい。




