22話 アレの出番よー!
キシキシと何かが軋む音が楼閣群島の神域一帯に響き渡る。
ハルピュイアが巻き起こしていた風の乱れが収まると、今度は澄んだ空気に硝子の鳴るような音が満ち溢れていた。
「これ何の音?」
福籠梛=ケンタウロスのシャイヤールが尋ねると、ミイロが気付く。
「いかん! 悪しき風がなくなったことで精霊結晶が元に戻り始めている!」
「戻るのダメなの?」
神殿の変形したプロペラファンが元通りになれば、ボール状の檻から聖獣ヒカリネズミも開放されるはずだ。
「蹄族の者たちがまだ正気に戻らん!」
ハルピュイアは倒されたが、魅了の香水の効果が強かったためか、ケンタウロスたちは未だにハイテンションなまま檻の中でハアハアと走り続けている。
「御神矢はいかがでしょうか。殿下も一本お持ちのはず」
アーハルテの提案にミイロが表情を曇らせる。
「先ほどのシャイヤール殿のお力でも効果が出ておらぬ。それに悪しき風はなくなったとはいえ、せめてこれだけでも神殿に奉納しなければ、楼閣群島がこの先も恵みを得られるのは難しかろう」
「全ての者に万能薬を配る時間もなさそうだ」
「先生、それって……」
ギシギシとプロペラファンが元に戻る音が大きくなっていく。
「とにかく手を尽くそう。正気に戻った者にも余力があれば配って貰おう」
「わたし飛んで配ります。風の流れも今なら読みやすいので」
奴隷になっていたイケメンたちの介抱を終えると、すぐさまキエリが翼を広げて飛び立った。
「アーハルテ、そなたも探せ」
「はい、殿下!」
ハルピュイアとの戦闘で得た万能薬を、次元収納から全て取り出し、それぞれ抱えられるだけ抱え、精霊結晶の開きかけた檻へ配りに回る。
「よう、姫さんにアーハルテ! そんなにオレのケツが見たいのなら一緒に踊ろうぜー!」
フリージアが漆黒の尻尾を振り回しながら、笑顔で手招きしている。
「こんな時までお前というやつは……!」
「殿下、フリージアに悪気があるわけではないのです」
顔を掌で覆って溜息をつくミイロに、シャイヤールが穏やかな声で諭す。
「分かってはいるが……!」
何この諦めムード。取りあえず間に合うケンタウロスだけ助ける算段なの、これ?
梛=シャイヤールが周囲を見渡すと、キエリとミイロは万能薬を抱えて飛び回り、レンもアーハルテと一緒に彼女の恋人がどこにいるか探している。万能薬で正気に戻れば、檻になった結晶のプロペラが開いても自力で足場となる精霊結晶になんとか移動できるはずだ。
だが、さらわれたケンタウロスの数はとても多い。全員は助けられない。
本当に? さっきハルピュイアと戦っている時、シャイヤールさんが言っていたわよね。
幻より彼らの興味を強く引き付けるものが必要だなって。
それって何かしら……?
「嘘だろ、兄弟! あんたが女だって今気づいたぜ! 最高に美少女じゃねえか!」
近付いたシャイヤールを見たフリージアの歓声に、周囲のケンタウロスたちも異様に盛り上がる。
「なるほど、これかっ……!」
幻影とは言えトランスセクシャルまで可能にしてしまうほどの大好物。
「だ、だったらもうこれしかないわー!」
梛の言葉に反応して、青いキューブが頭上高く飛び上がると、細かいブロックに分裂して放射状に広がった。
「レン君は目を閉じててねーっ!!」
「えっ?」
叫ぶと輝く無数のキューブから、今まで梛がずっと持て余していたものが一斉に放出された。
それはヒキューのお宝コレクション、ちょっとアハーンな感じの女性下着だった。
空に舞う大量の女性下着を見たケンタウロスたちが、盛大な歓声を上げ、檻から手を伸ばす。
きっと彼らの目には空を舞い飛ぶ下着姿の女性でも見えているのだろう。
「きゃーっ!? 先生、何ですこれっ!」
キエリが布面積の少ないアダルトなブラをうっかりキャッチして大騒ぎしている。ミイロは驚きすぎて、精霊結晶にぶつかっていた。
「ハッ!? こ、ここはどこだ……? オレは一体何を……?」
緩んで開いたプロペラファンの隙間から落ちかけたフリージアは、とっさにファンを蹴って近場の吹き流し型の精霊結晶に飛び移る。
「フリージア! 気が付いたのか! それは捨て置いて動けるなら他の者の救出を!」
正気に返ったフリージアがミイロに言われて握りしめていた物に気付いた。幻よりもケンタウロスの本能に直接訴えかける存在。
最高級レースをふんだんに使った肌触り抜群のセクシーショーツがそこにある。
「中身はどこだよ!?」
「探さんでいい!」
「何言ってんだ相棒! こいつは絶対いい女のもんに決まってる! このふんだんに使われた高級レースの官能的かつ上品なデザイン! かと思えば恥じらう乙女のような秘めた清純さを表す色使い! これに包まれたケツの美しさがお前には分からねえのか!?」
「分からん! 分からんが分かったから女性下着をかざすな!」
フリージアのように次々と正気を取り戻したケンタウロスたちは、女性下着をつかんだ勢いそのままにプロペラファンの檻から脱出を果たして他のケンタウロスたちの救助を始めている。だが中にはすでに体力の限界で檻の中で気を失っている者がいた。
「シャイヤール!」
アーハルテが落下したケンタウロスに気付いて叫ぶ。ミイロとキエリは他の落ちかけたケンタウロスたちを助けている途中だ。
梛もすぐに走ったが、落下するケンタウロスはシャイヤールの脚力でも届かない距離にいる。
「こうなったらあの子を出して足場にするわー!」
次元収納から魔竜姫の骨を取り出そうとした梛=シャイヤールのすぐそばで、大きな光の球体が生まれて落下するケンタウロスに向かった。
球体は飛翔しながら形を変えると、梛がよく知る姿へと変化した。
「グリフォン……!?」
梛=シャイヤールを敵視して追いかけまわしていたグリフォンが、あっという間に追い付き落下するケンタウロスを空中で捕まえていた。優雅に旋回すると、梛=シャイヤールの前に着地する。
鉤爪のついた前足から若干雑な感じでケンタウロスを放り出すが、大きな傷はない。
「え? 何? どういうこと?」
「ナギおねえさん、間に合ったよ!」
レンに呼ばれて振り返ると、そのそばには覚えのある青年がいた。褐色肌に尖った耳。ハルピュイアに奴隷にされていたイケメンの一人だ。
黒い獣だけでなくグリフォンも召喚できるらしい。レン君の判断力が素敵すぎて見習いたい。
「ありがとう、助かったわー!」
梛=シャイヤールが手を振ると、レンの隣にいた召喚青年が何かに驚いた様子で固まった。前髪でほとんど目が隠れているので何を見たのかは分からないが、とりあえず召喚されたグリフォンは不本意そうな表情ながらも、シャイヤールたちケンタウロスを攻撃する気はないようだ。
「あんなに追いかけまわしてたけど、けっこういいやつなのかしら?」
『名誉職 取られてたまるか 覚えてろ』
「召喚スキルにあらがえなかっただけなのね!?」
未だにフリーズ状態で立ち尽くす青年の様子に、途中でスキルの効果が切れるのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
「ダーリーーン!!」
グリフォンの心の声を代弁する光文字を押しのける勢いで、アーハルテが全力疾走してくる。クールな金髪美女のイメージしかないが、滂沱の涙を流しながらグリフォンの足元にいたケンタウロスに駆け寄った。
「良かったダーリン、やっと見つけた!」
「ああ……その声は僕のハニーなのかい?」
鍛えて引き締まった筋肉と、無精ひげになりかけた豊かな顎ひげに大人の色香が漂う渋いイケオジケンタウロスが、目覚めてアーハルテを抱きしめる。
「もうっ、ダーリンの馬鹿馬鹿っ! アーハルテ怖かったんだからっ!」
「心配かけてすまない。もう離さないよ、僕のハニー!」
目の前で睨んでいるグリフォンも目に入らないぐらい二人の世界に浸っている。
ええー、何あれ。すっごいうらやましいんですけどー。
「おいおい、情熱の太陽が砂糖菓子みたいに溶けてるぜ。恋ってのはとんでもねえな兄弟」
フリージアがどこか寂しそうにシャイヤールの肩に腕をまわしてもたれてくる。
そう言えば古い友人とかだったわね。でももしかして、チャラそうに見えるけど、実は本命とかには告白できないタイプなのかしら。そう考えるとちょっと切ない関係だけれども。
「……それいつまで握りしめてるの?」
肩に回されたフリージアの手には、セクシーショーツがしっかりある。ショーツどころか頭や背中にも下着を引っかけたままにするのはやめてほしい。
「いいじゃねえか、こいつのお陰で助かったんだ。サプライズだと思おうぜ?」
リアルだったら絶対大炎上案件だ。
ケンタウロスたちを正気付かせる為とはいえ、えらい事をしてしまった。
大量の女性下着が風に乗って流れていく。神殿の精霊結晶から解き放たれた聖獣ヒカリネズミが巻き上げる上昇気流に連れられて、はるか遠くまで飛んでいく。
下着の元の持ち主さん、ごめんなさい……。そして、どうか他の国にまで流れてとんでもない国際問題になったりしませんように……。
若干遠い目で、たなびく下着の舞を祈るように見送る梛だった。
いつもお読み下さいましてありがとうございます!
毎日暑すぎますが、皆様どうぞご無理なさらずお体気を付けてお過ごし下さい。
次回は7月20日更新予定です。




