20話 つけ過ぎなのよー!
巨大ハムスターにしか見えないフワフワの生き物。
神殿の変形したプロペラファンの内部に閉じ込められているにも関わらず、無心にカラカラと音を立てて走り、ボールを回し続けている。
それによってプロペラファンの回転数が上がり、匂いの強い風が楼閣群島の上空へと巻き上がっていた。
「……えっ? 何あれ? 神殿って、こんなカラクリで風を送ってるの……?」
「いいえ、御使い様。あれは聖獣ヒカリネズミよ。普段はもっと高い空にいて、雲と一緒に浮いているはずなのに」
「浮くの、あのハムスター!?」
神殿のプロペラファンをカラカラする巨体からは想像もつかない。
おもむろにシャイヤールが手甲の弓を構えて、聖獣をとらえるプロペラの接合部分を狙い射った。
黒い獣を消し去った力と同じ威力で放たれた矢は、プロペラファンにわずかなヒビを入れただけで弾かれてしまった。もう一度矢を射つ。最初のヒビを寸分違わぬ正確さで狙ったが、ヒビの本数が多少増えただけだ。
「相性がよくないね」
呟いてから、最後の一本が御神矢だと気付き、シャイヤールは射つのを止める。
「何故あのような事に……?」
ミイロたちが呆然とするなか、福籠梛=シャイヤールの鼻が、ひときわ濃い匂いの流れを嗅ぎ取った。
神殿よりもさらに下層の空。いくつかのプロペラ型の精霊結晶に、吹き流し型の精霊結晶が広範囲にやたら絡んで張り渡され、カーテンのように揺れているエリアがある。
「めっちゃあやしい! そして匂うわ!」
完全に遮蔽物として使われている吹き流しの精霊結晶の隙間をくぐり抜けると、匂いがさらに強くなった。むわりと熱気すら充満する。
「な……な……何これーっ!?」
無数の風車型の精霊結晶が、神殿と同じようにプロペラファンを反り返らせて、ボール状の回転する檻を作っていた。
その中でケンタウロスたちが走っている。
しかもイケメン揃いだ。皆が皆、どこか恍惚とした表情でカラカラとボールを回し続けている。
イケメンケンタウロスたちが、爽やかに汗を流し、ハアハア言いながら、ひたすら走っている異様な光景に、全員が無言になった。
「……ラ、ランナーズハイなの……?」
テレビで見ただけのいい加減な知識だが、確かドーパミンとかエンドカンなんちゃらとかいう化学物質で、走った後にちょっと幸せ気分になるアレなのか。ランニング中にその状態になるには何キロも走る必要があるらしいが、ケンタウロスの場合、たかだか数キロの走行距離でそんな感覚になったりするんだろうか。
それにしても誰も立ち止まろうともしない。走り続けている。ハアハア言いながらうっとりしてる。いくらイケメンが好きでもこの絵面は怖い。
「うう、鳥肌が……」
翼をボワボワに逆立てて、怯えて背中からしがみつくキエリの頭を、シャイヤールが撫でて落ち着かせる。
「皆、この匂いで精神を幻惑させられている様に感じる。あまり吸い込まない方がよいだろう」
ミイロが手でいくつか印を結ぶと、アーハルテとシャイヤールの周囲で光が円を描き、淡い光のヴェールが生まれる。濃厚な匂いが急速に薄まっていった。
「いつもながら丁寧な守護結界だな、相棒! それより見ろよ、ここは楽園だぜ! いい女ばかりじゃねえか! 待てよー! 最っ高にいいケツで誘いやがってー!」
近くの精霊結晶のボールで、最っ高の浮かれ顔で幸せそうに走るフリージアがいた。周囲の精霊結晶ボールで走るイケメンケンタウロスが美女の群に見えるらしい。
「フ、フリージア!? もしやここに囚われておるのは、神事で行方知れずとなった者らか!? 一体何をさせられている?」
イケメンケンタウロスたちが走り、精霊結晶が回転を増し、濃い匂いが神殿に向かって吹き上げられていく。
「悪しき風が国中に広がったのはこれのせいか……! 匂いの元を絶たねば!」
アーハルテもミイロに頷き、梛=シャイヤールと共に揺れる吹き流しの精霊結晶の上を駆けていく。乱れる風に激しくたなびく、蜘蛛の巣のような結晶の囲いを抜けた。
「レン君……!」
鬼人族の青年が、数体の黒い獣たちと戦っている。辺りに金貨が撒き散らされている所を見ると、ここまで連れてこられた後、今まで一人で応戦していたらしい。
だが獣を仕留めようとすると、レンの体が急にバランスを崩して剣先が逸れてしまう。
「あの首飾り……!」
レンの首には、梛が嫌と言うほど知っている針金状の呪いの首飾りが巻きついていた。
しかも首飾りから長い鎖が伸びている。その先は吹き流しの精霊結晶を集めて造ったソファへ続き、寝転ぶ女の金属製のアンクレットまでつながっていたのだった。レンの剣先が逸れたのは、女が鎖を引っ張ったからだ。
「あなた誰よ! レン君にこんな事して許されると思ってるのっ!?」
あと周りに嫌がるイケメンをたくさん侍らせて許されると思ってるのーっ!?
レンだけでなく、女のアンクレットからジャラジャラ伸びた何本もの鎖の先には、乙女ゲームにでも出てきそうな美しいイケメンたちが何人も囚われていた。
皆疲れきった表情で飲み物やフルーツの器を用意したり、女の髪を手入れしたり、派手な団扇であおいだりしている。
梛から見ると、まるで取引先のワンマン女性社長の接待要員にされた営業のイケメンたちのようなやつれっぷりだ。
「はあ? お前こそ誰よ……って、あら素敵! 美少年の馬肉じゃない。美味しそうねえ」
舌なめずりしながらソファから起き上がった女は、人より三倍は大きい体をしていた。上半身は人の姿だが、下半身は鳥の姿。腕は嵐の空のような暗い羽毛で包まれた翼で、足も鋭い鉤爪がついている。
『ハルピュイア。人のものを掠めとるヤバいモンスター』
光文字の説明がざっくり過ぎた。レンの方が気になって集中できなかったからだろう。
ハルピュイアの気がシャイヤールに逸れた隙に、黒い獣を数体まとめて斬り伏せ、レンは叫んだ。
「皆さん気を付けて! こいつは魔王の四天王の一人です!」
『ハルピュイア。古の魔王の配下。四天王と呼ばれた者の一人。悪しき風の力を持つ……が、どちらかと言うと魅了のアイテムでイケメンを掠め取ったりして人々を苦しめていた。馬肉が好物』
レンの言葉で梛の集中力が増したせいか、光文字の情報量も増えた。
「魔王の四天王!? 魔竜姫の手勢に滅ぼされたはずでは!?」
「きゃはは! この魔王様から頂いた魅了の香水で、雑魚な男どもは大抵言いなりになるの。楽に逃げられたわよ」
そう言うとハルピュイアは、羽毛の間から鉤爪の足で器用に香水瓶を取り出すと、勢いよく中身を自分の体に振りかけた。
風にのってぶわりと濃厚な香りが広がる。あまりに濃い匂いに、周りにいたイケメンたちの顔色が見る間に青くなっていく。
「どうお? 魅了の香水の威力は!」
「いやそれ、魅了がどうこうとかより、つけ過ぎよ。単なる香害になってるわよ」
「……えっ?」
梛の指摘に目をしばたかせるハルピュイア。
「だ……だってほら、いい匂いじゃない?」
香りが広がるように翼をはためかせると、まだ意識のあったイケメンたちが次々気を失っていく。
「そこまで濃いとただの悪臭ね……。香水の使い過ぎで鼻がバカになってるんじゃない?」
どんなにいい匂いでも、数分で慣れてしまうと推し声優さんが子供向け科学番組で言っていた。
めっちゃイケボで『それは、じゅ・ん・の・う』と。
だからつい香りが薄い気がして、適量以上につけ過ぎてしまうのだ。
「そんなっ!?」
ご近所さんにもいるわねー。すっごい香りの強い柔軟剤使ってる人……。洗濯物干しているだけで、風下の私の洗濯物にまで香りが移るから部屋干しするしかなくて大変なのよねー……。あと、残業帰りによそのお家の換気扇の横を通るときにスイッチが入ると、お夜食の匂いより、ルームフレグランスとかの匂いの方が強くて、ちょっとしたダンジョントラップ的に体力削れるのよねー……。
気分を上げる香りのはずだが、梛的にはあまりいい思い出がなかった。そのせいか、疲労と香水のダブルパンチでイケメンたちがバタバタ倒れていくのが不憫でならない。
「とにかくあやつを仕留めて、この悪臭を断つぞ!」
「また悪臭言った!? いい匂いだって言ってんでしょっ! 命令よ、馬肉ども! もっともーっと早く走って世界中にこの香りを届けな!」
ミイロの言葉にブチ切れたハルピュイアから瘴気に満ちた風が放たれると、精霊結晶のボールに囚われたケンタウロスたちが、何の幻を見たのか歓声を上げて走る速度を上げる。
「いかん……どうにか彼らを止める術はないか」
「幻より彼らの興味を強く引き付けるものが必要だな」
「無理よ無理無理、あきらめな! あんたたちも顔はいいから、ペットにしてあげる! あ、でも女二人はいらなーい。どっかやっちゃってー。ほら、お前の出番だ、仕事しな!」
ハルピュイアが鎖でつながれたイケメンの一人を蹴り出した。褐色肌に耳の尖った青年は、ふらつきながら立ち上がると震える手をかざした。
周囲にいくつも黒い球体が出現する。それが黒い獣の形をとって、梛=シャイヤールたちに襲いかかった。
それをレンが斬り伏せる。ハルピュイアが舌打ちして鎖を引っ張るが、上手くいなして転倒を防いでいる。
「れ、レン君!」
鎖でつながれてるのに、助けてくれたレンに梛はときめいた。レン君が誰と結婚してもずっと推しだからねーっ!
「皆さん、状態異常回復系のポーションか何か持っていませんか!? 僕のはもう残ってないんです。もしあれば、あのヒカリネズミに使ってください!」
再びハルピュイアに命令されて褐色肌の青年が黒い獣を球体から生み出している。
「ふむ、試してみよう」
シャイヤールが最後に残った矢を手甲の弓につがえる。
「はん、神殿の精霊結晶にお前の神聖攻撃は通じないよ!」
あざ笑うハルピュイアに、シャイヤールは静かな笑みを浮かべた。つがえたのは矢じりに鏑をつけた御神矢だった。
「これは女神に捧ぐ祈りの囁き」
キエリとミイロ、アーハルテが瞬時に自分の耳を手で塞ぐ。
放たれた矢が大気を激しく震わすジェット機並みの音を高らかに響かせて、ハルピュイアの耳元を切り裂いた。
「いやーっ!? こっち狙ったーっ!? それのどこが囁きいいいいいい……っ!?」
御神矢から放たれた神気の高振動で、ハルピュイアの体がざあっと砂と化す。火花が散ると、竜巻のような勢いで大量の金貨やハルピュイアが今までかすめ取ってきた財宝が巻き上がり、梛の持つレン君の守りにガンガン吸い込まれていった。
御神矢はさらに軌道を変え、神殿のボールの隙間へ入り、聖獣ヒカリネズミのおでこにこつんと当たった。
「キュ?」
我に返ったヒカリネズミが立ち止まってキョロキョロと辺りを見回す。
鎖につながれていたイケメンたちの呪いの首飾りも、神気を受けて砕け散る。
「それ……それ、ヒキューの……!」
自由になったレンがシャイヤールに駆け寄った。
「もしかして……ナギおねえさん?」
目を輝かせるレンに、梛=シャイヤールは笑顔で頷いた。
「レン君、久しぶり……!」
やっと、やっと再会できた……! しかもレン君から気付いてくれるなんて!!
やっぱり私の推し、優しい!!
やだ、どうしよう。何を話したらいいのかな。あれからどうしてたか訊いてもいいかしら。カノジョさんがいるのに新しい装備かっこいいって言ったらダメかしらーっ?
幸せで胸がいっぱいの梛に、ミイロが声をかける。
「シャイヤール殿、問題が……」
「今いい所なのに、何っ?」
「フリージアたちがまだ走り続けておる……」
「えっ?」
振り返ると、ミイロの言う通りフリージアたちが精霊結晶のボールの中で、めっちゃ幸せな笑顔でハアハア走り続けていた。
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次回更新は6月20日頃の予定です。
そろそろ梅雨の季節ですね。雨で視界や足元にデバフがかかる時期ですので、お急ぎの外出やバランスの崩しやすいゴミ出しの時などお気をつけ下さいませ~。




