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19話 助けに行くわー!

 早駆けの先頭集団の近くで浮き島が爆発した。


「うわあっ!?」

「何だ?!」

 

 動揺したケンタウロスたちの足取りが乱れ、さらに並びが縦へと伸びていく。


 その先頭を走っているのは漆黒のケンタウロス、フリージアだ。


「何事か!?」


 一重の目元涼やかな顔立ちをしたフリージアの騎手が、刺繍を施された袖を払っては、飛び散る破片から互いの頭部を守る。


「どう考えてもシャイヤールだろうぜ! わざと殿(しんがり)について囮になったのかもな。どうするミイロ!」


「このまま走れ。悪しき風による妨害であるなら、一刻も早く御神矢を奉納し、風の護りを得なければならん」


「そう言うと思ったよ! けど気を付けな相棒! 何か臭うぜ、この先からな!」


「何の匂いだ」


「すげーヤベえ女のニオイだよ!」


「……その例えは分からん!」


「こんな時でも女の話か、フリージア」


 隣の浮き島から跳躍してきた影がフリージアと並ぶ。陽を反射する黄金の毛艶を持ったケンタウリスのアーハルテだった。


「よう、アーハルテ! 今日も太陽みてえな熱い走りっぷりだな。あんたのお誘いならいつでも受けるぜ!」


「残念だが、先客がいる」


 アーハルテの背に乗る鬼人族のレンを一瞥して、フリージアが片眉を上げる。


「デートならその殺気で化粧した顔はいただけねえな!」


 無言のアーハルテに代わって、レンが剣を抜きながら叫んだ。


「逃げて! 待ち伏せだ! たくさん上にいる!」


 崖の上から闇色の獣たちが塊になって降り注ぐ。


 フリージアの判断は早かった。ミイロと呼んだ騎手をつかんで宙へ放り投げる。


「フリージア……!」


 空へ投げ出されたミイロは諸肌を脱いで、背から赤や青の色味の濃い翼を広げる。獣が跳躍しても届かない距離まで避難したが、すでにフリージアたちは獣に囲まれて姿が見えない。


 黒い雲のような塊から、何かが吐き出されて崖下へと落下する。気を失ったアーハルテだ。


「いかん!」


 急降下して落ちるアーハルテをつかまえると、近場の浮き岩へ滑り込む。


 アーハルテを救出する間に、獣たちは黒い塊のまま、その場を離れていった。獣が去った後にフリージアとレンの姿はなかった。


「連れ去った……?」


 反射的に追いかけようとしたミイロを、背後から隠れていた黒い獣が襲いかかった。


「人の恋路の邪魔はだめよーっ!」


 梛=シャイヤールの後ろ脚が、獣をパカーン! と蹴り飛ばしていた。


「あれっ? レン君? レン君はどこっ!? 今までレン君がいた香りがするのに!?」


 レン君の守りに火花を散らす金貨とレアアイテムを大量に吸い込みながら、周囲をキョロキョロと見回す梛。


 白コボルトにもケンタウロスにも転生した福籠(ふくごもり)(なぎ)の嗅覚は、ちょっと変態的な人だと思われかねないほど研ぎ澄まされていた。


「殿下、フリージアはどこへ」


 シャイヤールが静かな声で尋ねると、まだ呆然としていたシャイヤールの騎手ミイロが我に返った。


「我が身を庇って黒き獣どもに連れ去られた。アーハルテの騎手と共に。彼女は何故か捨て置かれたようだが」


 シャイヤールの背から降りたキエリがアーハルテに呼び掛けて体を揺さぶると、すぐに意識が戻る。


「ここは……。あっ、殿下! フリージアとわたしの騎手は!?」


「あの黒き獣に連れ去られた」


「そんな……またこんな……」


「アーハルテ、君はどうやって助かった?」


 シャイヤールの穏やかな問いに、アーハルテはハッとする。


「声を聞いた! こいつは違う、と。その後すぐに放り出された」


「連れ去る相手を選んでいるという事でしょうか、先生。フリージアは馬の蹄族で、アーハルテさんの方は確か別の種族の騎手ですよね。共通点はなさそうですけど」


 梛の勘が突如閃いた。


「イケメンよ! イケメンを選んでるんだわ!」


 レン君もフリージアもものすごいイケメンだから間違いない!


「連れ去って何をしようっての!? 十八禁展開はだめよ! レン君はイケメンだけど、中身は小学生なのよっ!? 早く助けに行かなきゃ……!」


「シャイヤール殿、イケメンとは?」


「イケメンとはつまりイケメンのことよ!」


「先生は今、御使い様に体をお貸ししているのです」


 目を白黒させている二人にキエリが真面目に説明する。しかしシャイヤールの唐突な豹変ぶりに納得したものの、イケメンが何かは謎のままだった。


「ですが追おうにも群島の陰に隠れて、行き先は我が目でもとらえきれておりませぬ」


「レン君の居場所なら分かるわっ!」


 握りしめたレン君の守りは今も対になる守りのある方向を光で指し示してくれる。


「ならば殿下、このアーハルテにお乗り下さい。ここから先は風も乱れて御翼で進まれるのは危険です」


「い、いや、しかし、女性の背に乗るわけには……」


 どうやらフリージアの騎手は女性に奥手な性格らしい。


「フリージアは自分にとっても古くからの友。手助けになりたい。それに愛する者が待っているかもしれないのです!」


 愛する者――!! もうレン君とそんな関係なの!? この競馬場デートで愛が深まっちゃったんだわ!! 推しが……推しが結婚報告する日も近いっていうの!? その時冷静でいられる自信なんかないわ! 絶対会社休んじゃうー!!


 ……でも私もレン君を助けたい! その気持ちはレン君が選んだこの金髪スレンダー美女と一緒なの!


 だってレン君は私の推しだから!!


「ほら早く乗って! あなたも助けたいんでしょ!」


 梛=シャイヤールが軽々とミイロを持ち上げて、アーハルテの背に乗せる。シャイヤールの膂力(りょりょく)が強いのもあるだろうが、翼を持つ種族だからか、見た目よりかなり軽い。


「す、すまぬアーハルテ。そなたの脚を借りる」


「お気になさらずしっかりつかまって下さい!」


 準備を整えたアーハルテに頷き返すと、シャイヤールはキエリを乗せて駆け出した。


 走り出してすぐ、梛は気付く。


「風上から変な匂いがするわ!」


「神殿の方角です! 何の匂いですか?」


「何だか色んなのが混ざってるような……嗅いだことあるような、ないような……?」


 走るとどんどん謎の匂いが強くなっていく。


 思わず眉をひそめるような匂いとは裏腹に、群島の景色は輝きを増していた。


 浮き島の岩が輝いている。岩石に透明度の高い結晶があちこちから生えて、それが光を放っている。


 さらに進むと、完全に結晶だけが空に浮いている光景になった。


 大小様々な結晶の風車が、淡い輝きを放ちながらゆったりと浮かんでいる。


「風車っぽいわ!」


 扇風機のプロペラ型の羽のように、薄く広がった結晶が、風を受けるとくるくると宙で回転している。


 梛=シャイヤールやアーハルテの走る早駆けのコースも、空に舞う鯉のぼりのような吹き流しの形状で、風が強くなると回転を始める。その度に別の結晶に飛び移っていったが、足場が薄いせいか、雲の上を歩くようにふわふわと心許ない感触だった。


「子供の頃プールで使ってたビート板みたいだわー」


「先生あれを!」


 キエリが指さした結晶の風車が、急に傾いたかと思うと羽がばらけて散っていく。


「まだ成長途中の精霊石が……! これは一体……」


 驚愕するミイロにシャイヤールが応える。


「つながりが脆くなっている。悪しき風を受けて、充分に風の魔力を吸収出来なかったようだね」


「この匂いといい、神殿が機能しておらぬのか? 先の神事では確かに風の加護を受けたはずだ」


 風に混ざる濃い匂いは、キエリやミイロでも分かるほど強くなっていた。


「いや、神殿が機能しているからこそ、ここまで悪しき風が楼閣群島へ影響を及ぼしたのだろう」


「誰かがさっきの黒い獣とか使って、神殿の力を悪用してるって事?」


 梛の問いに、シャイヤールは静かな笑みをたたえた。


「では答え合わせといこう」


 次の吹き流しの結晶へ飛び移ると、視界が開けた。


「花…?」


 遠近感がおかしくなるほど巨大な結晶がそこにあった。どれだけの時間をかけて成長してきたのか、無数の羽が生えたその形は、風車というより十重二十重に咲き誇る大輪の花のようだった。


「先生、神殿が傾いています……!」


「えっ、そうなの? って言うか、あの特大キラキラ浮き島が全部神殿なのね!?」


 初めて見る梛にはよく分からなかったが、斜めに(かし)いだ神殿は、上空へ向けて大量の匂いの濃い風を送っていた。


「あの悪しき風をどうにか止めねば……! 我が国だけでなく、世界中の魔物どもが活性化してしまう……! しかしどうすればよいのだ……!」


「ハッ、レン君!? 今、レン君の匂いがしたわっ!」


 濃い匂いの中に、微かに、だが紛れもなく推しの匂いがする!


 レン君の守りを見ると、光は神殿の中心に向かって伸びていた。


「レン君があの中に!?」


 驚く梛に、シャイヤールが小首を傾げて言った。


「神殿は多層構造の羽でできた送風装置。羽は常に回転して足場の確保は難しい。中心の風導管内部なら入れないこともないが、風の力ですぐにこちら側へ排出されるはずだ」


「って事は裏側にいるのねーっ!!」


 吹き流し型の結晶を滑り台のようにものすごいスピードで滑り降りながら、梛=シャイヤールは神殿の下へ回り込んだ。


「先せ……ひえええええっ!?」


「ハハッ! キエリ、これは楽しいね」


 しがみつくキエリの手が離れないようつかみながら、シャイヤールが珍しく声を上げて笑った。


「レン君どこーっ!……えっ?」


 地上側に向いた神殿の裏にたどり着いてすぐ視界に入ったのは、梛がものすごく見たことのある光景だった。


 カラカラカラカラカラカラ……!


 裏側のプロペラ型の羽が何枚も反り返って、大きな透明のボールを形作っている。


 その中で、カラカラしている。


 めっちゃ巨大なハムスターが。


 カラカラカラカラカラカラカラカラ……!!


「ハムスターが神殿をカラカラ回してるわーっ!?」

いつもお越し下さいまして本当にありがとうございます!! 次回更新は6月10日を予定しております。

お陰様で体調も何とか……と、言いたかったのですがギックリ背中になりました……。ギックリ腰にシリーズがあるとは知りませんでした。少しずつましにはなってきております。皆様も重いものを持たれる時はお気をつけ下さい……。

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