表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/31

18話 ほぼ障害物競争よー!

 崖から飛び出した(なぎ)=シャイヤールの体が落下する。


「落ち……っ!?」


 だが、宙をかいた(ひづめ)にぐっと確かな感触が伝わる。そのまま踏み出すと、伝えた力そのままに前へと進んだ。


 しかし目の前に広がるのは、やはり橋の壊れた崖の空。


「どうなってるの!?」


「まずは加速してご覧」


 怯みかけた梛に、シャイヤールの穏やかな声が促す。


 そうだ。自分よりシャイヤールやキエリの方がこの神事について分かっているのだ。だったらそれを信じよう。


 白コボルトでボス命だった時の、仲間へのピュアな信頼感が梛の心を一瞬で落ち着かせる。言葉のままに速度を上げると、足はさらにしっかりとした何かを踏みしめて前へと進んだ。


「足元に何かある!」


「ここは風の流れで浮き島の砂が対流している。見えないのは砂に含まれる風の魔力の影響だ。濃密度な対流地点に一定以上の力を加えると一時的に抵抗力が高くなって足場が生じる」


「あっ、何か動画でそれっぽいの見た事あるわ。片栗粉溶かした水槽で走るやつ。えーっと、だい……だい……大たらし現象とかそんな感じの!」


 福籠(ふくごもり)(なぎ)が言いたかったのはダイラタンシー現象の事だった。実際その現象と同じなのかどうかはともかく、減速すれば力が足らずに足場はなくなってしまうらしい。


「神事の最初の関門です。小手調べですよ、御使い様」


 キエリの言葉に、よくよく周囲を見渡せば、落ちた橋は苔むしてもう何十年と放置されているような代物だった。先行した一群もここをすでにクリアしているのを先ほど見た。意外とすんなり行ける場所らしい。


「それなら最初からそう言ってよー」


 ふと崖のあちこちから煙が立ち昇っているのに気付く。発煙筒だ。崖の途中にしがみついている騎手やケンタウロスが何人もいた。出走前にシャイヤールをからかっていた連中だ。


「ちょっと、落ちてる人いるんだけど!」


「風は女神の自由な御心そのもの。対流した砂の濃度を読み間違えるとああなるよ」


「いい事言ってる風にさらっと怖い事実を突きつけないで!?」


「大丈夫。キエリがいる」


 ちらりとシャイヤールが背のキエリを振り返る。


「はい、先生」


 笑顔でキエリが頷き、立ち上がるとシャイヤールの肩に手を添える。掌から伝わる動きがシャイヤールの進む方向を導いていた。キエリには対流する見えない砂の濃度が分かるようだ。あっという間に対岸までたどり着く。蹄から伝わる確かな地面の感触に梛はほっとした。


「クリアしたわー!」


「この後、6回続くよ」


「いやー! レン君助けてー!!」


 レン君の守りを握りしめたが、居場所を示す光はコースのずっと先へ伸びていくばかりだった。


 悲鳴を上げながら梛=シャイヤールが砂の対流地帯を抜けると、辺りはそのうち塔のように尖った岩の崖が目立ち始めた。比較的同高度で並んでいた丘陵型の浮き島と違い、楼閣型の群島は高度がバラバラで大型アスレチック施設のように激しい上下移動が要求される。


 ひしめき合う岩から岩へと跳躍し、すぐに崩れるわずかな足場でもシャイヤールの走りは止まらない。


「源平合戦の一ノ谷じゃないのよー!? お馬さんの爪は崖に向いてないのーっ!」


 梛の非難をものともせずに、ほとんどスピードを落とす事もなく急峻な崖を下っていくシャイヤール。


「これ本当に早駆けのコースなの!? あっ、ほらもっとあっちの走りやすそうな崖に皆が通った跡があるじゃない! 何でそこ行かないのよ! ちょっとシャイヤールさーん!? 聞いてますかー!! こういう時だけ体の主導権握るのやめてー! 助けてキエリちゃーん!」


 シャイヤールの体にしがみついているキエリが真剣に答えた。


「御使い様、先生は走るのが大好きです!」


「つまり止められないのね!?」


「あれは違うな」


 シャイヤールの呟きとほぼ同時に、岩陰から大きな獣が飛び出してくる。


「大ワシ……? でも体がライオンっぽい!」


 猛禽の瞳で梛=シャイヤールを睨みつけると、翼を持った獣は大気を割く鳴き声を上げて襲い掛かってくる。


「飛んできた! 早いわ、あれ何なの!?」


『グリフォン。空の覇者。めっちゃ馬がきらーい』 


 梛の気持ちを反映してか、光文字の説明もめっちゃ雑だった。


「何でよ!?」


『名誉職 牽引業務は 俺のもの』


 グリフォンの気持ちを何故か五・七・五の川柳で代弁する光文字。


「職場で部下に仕事取られると思って目の敵にするマウント上司と同じなのっ!? だからって追いかけてこないでよ!」


『光ってる 宝は全て 俺のもの』


「……ハッ! このレン君の守りを狙ってる!? 目ざとい! 数が足りなくてパート仲間だけでこっそり配ってた旅行のお土産を嗅ぎつける社員並みに目ざとすぎるわ!!」


「第二の関門です、御使い様! 先生の方が速いので逃げきれます!」


「その割にすっごい近付いてるから、それ直進コースでの話じゃないかしらっ!?」


「キエリ、いつもの弓は」


 じわじわと距離を詰めるグリフォンを気にする様子もなく、シャイヤールが穏やかに問う。


「昨日の狩りで折れました。矢は御神矢(ごしんや)を含めて10本残っています」


「ではこれを使いなさい」


 グリフォンが振るう前足の鉤爪を、別の崖に飛び移ってかわすと、シャイヤールは左腕の手甲を回転させる。手甲に施された蔓が滑らかに伸びあがり、弦を張った弓となって形を整えた。


「いつも通りでいい」


「はい、先生」


 流れてきた小さな岩をかわしてグリフォンが距離をあけた隙に、シャイヤールが崖を周回する。正面に捉えたグリフォンに向けて、キエリが矢をつがえ、放つ。


 一射目をかわして尚追いすがろうとしていたグリフォンに、キエリは隙を与えず三射し、上空へと大きく軌道を逸らせた。勢いを削がれたせいか、距離が間合いから外れたせいか、悔しそうに一鳴きすると、グリフォンは上昇気流に乗って元の場所へと身を(ひるがえ)し、滑空していった。


「諦めたわ!」


「よく出来たね、キエリ」


 穏やかに褒めるシャイヤールの言葉に、唇を尖らせるキエリ。


「いつもより一本矢を無駄にしました」


「そんな事はない。落ち着いてよく見て射てていたよ。キエリは自慢の弟子だ」


「先生……」


 まあっ、麗しい師弟愛だわ! シャイヤールさんは褒めて伸ばすタイプのお師匠様なのねっ!


 梛が微笑ましく見守っていた次の瞬間、シャイヤールはキエリの腕をつかみ、宙へと力いっぱい投げ捨てていた。


「いやーっ!? 自慢の弟子を投げてるーっ!」


 驚愕する梛の気持ちを余所に、シャイヤールが手甲の弓に矢をつがえて撃つ。


 それはすぐ近くに音もなく忍び寄っていた黒い獣の影に突き立った。


 影は火花を散らして消え去る。代わりにそこから大量の金貨とドロップアイテムが溢れて、梛の持っていたレン君の守りに吸い込まれる。


「えっ、ダンジョンのモンスターと一緒!?」


 梛が初めて転生した魔王城のダンジョンで、モンスターを倒した時の状態とそっくりだった。


「それよりキエリちゃんはっ!?」


『……ーグ。勇者が手傷を追いながらダンジョンに封じたモンスタ……』


 光文字が魔物について説明してくれていたが、それどころではなかった。投げられた方を見やると、小さくキエリの落下していく姿が見える。


「キエリちゃん!」


 落ちるキエリの背中から、何かが大きく広がる。


 それは大きな鳥の翼だった。鮮やかな緑に目を引く黄色の模様や青や赤の縁取りのある美しい羽。


 色彩豊かな翼に風を受けてキエリは滑らかに空を羽ばたく。


「キエリちゃん飛べたのね!?」


「御使い様、大丈夫です! 全力で避難してますから!」


 黒い獣はもう倒している。一体何から全力で避難しているのか。


「まあ無事ならいいわ。シャイヤールさん、キエリちゃんと合流……」


「これがフリージアの言っていたものか」


「まだ結構いたー!?」


 崖の岩陰から次々と現れた黒い獣は大型のネコ科を彷彿とさせる姿をしていたが、禍々しい顔つきと唸り声で現実世界のネコ科の可愛らしさからは程遠い。崖を走るシャイヤールを追って、モンスターの群がグリフォンよりも明確な意思を持って一斉に襲い掛かってくる。


 崖を蹴って中空へと一気に跳躍したシャイヤールが体を捻る。弦の引き絞られた弓には三本の矢。


「女神の愛はそなたらの前にも示される」


 放たれた矢は恐ろしい速度でモンスターの一群の中心を射ち抜いた。だが直撃した数匹以外は素早くよけて、足場を失ったまま自由落下するシャイヤールに猛追する。


 落下しながら梛=シャイヤールが見ていたのは矢の軌跡だった。


 空気ごと数匹を抉った三本の矢は一群を通過すると、黄金の輝きを放ち放射状に分裂した。無数に分裂した光の矢が弧を描いて軌道を変え、モンスターの一群を全方向から追撃した。


 かろうじてかわしたモンスターもことごとく追尾している。


「すでに弓矢の範疇じゃないわー……」


 大量の金貨とレアアイテムをレン君の守りに吸い込みながら、呆然と落下する梛=シャイヤールの体に何かがぶつかる。


「キエリちゃん!」


 シャイヤールにしがみついて何とか馬体を持ち上げようと羽ばたいている。


「お、重い……」


「キエリちゃん、頑張って! あそこに降りられそうな岩があるわ!」


「せ、先生……足場のない所に飛び出さないで……!」


「一か所にまとめたくて、つい」


「ついじゃないです……! あれ見てください、やり過ぎです!」


 モンスターを追撃してもなお威力の衰えなかった光の矢が、あっちこっちの崖に被弾して岩をまき散らしていた。早駆けの後続のケンタウロスたちに追い付いていたらしく、突然の爆破に悲鳴を上げて逃げまどう。レンの姿がない事に梛はちょっと安堵する。


 シャイヤールさん無双状態コワい……。


「手加減はしたんだよ」


「あれで手加減!?」


 相変わらずの穏やかな笑顔で言うシャイヤール。出走前にキエリとフリージアが、シャイヤールに売られた喧嘩を止めていた理由が何となく分かった梛だった。

いつもお読み下さってありがとうございます! 初めての方もありがとうございます! もしかして生存確認して下さる神読者様もいらっしゃる……?

次回更新は、5月25日(日)に予定しております。ちょこちょこ予定が入ってしまったので、体調整えるのも兼ねて本編をちょっとゆっくり目の更新にさせて頂きます。皆様もどうかお体を大切に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ