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17話 レン君と再会なのにー!

 見晴らしのよい丘陵は、一体どこから湧いて出てきたのかと思うほど人でごった返していた。


 様々な観客の合間を縫って、福籠(ふくごもり)(なぎ)の転生先である白いケンタウロスのシャイヤールが進んでいく。


 色彩豊かな(のぼり)や旗がひるがえり、屋台が並び、民族衣装で着飾った楽隊が太鼓や笛で盛り上げ、賭けのオッズ表らしき大きな看板の前では硬貨が世話しなく行き交う。


「さあさあ、一番人気はご存じフリージアだ! 紅一点のアーハルテも見逃せないよ!」


「神事なのに賭けるのね……」


「神殿の維持管理費になるの。……あと賞金目当ての参加者を集めるために」


 呆れる梛に、背に乗るキエリが説明する。何か不穏な事を言った気もするが、梛は周りに気を取られて聞いていなかった。


「うわー、桟敷(さじき)席まである」


 立ち見の客のひしめき合う奥には、鮮やかな布の天蓋(てんがい)を施したやぐらが組まれている。そこで楽し気に歓談するのは、袖つきの衣を着た数人の男女だ。刺繍が豪華なのでこの国の高貴な立場の者かもしれない。


 あちこちの小さなステージでは出走するらしいケンタウロスたちが、自分のファンに自慢の体や足をよく見せようとポーズをとったりモデルのように歩いたりして盛り上げている。


「レン君どこー?」


 貔貅(ひきゅう)の守り改めレン君の守りから放たれた光線は細く先に続いているが、人が多すぎるのか糸のように途切れがちになってきている。でも方向はこちらであっているはず。


 推しに早く会いたい! 異世界ミラーで梛を優しく歓迎してくれた鬼人族の青年に……!


 梛の脳内で昭和の少女漫画のように背景に薔薇を背負い、輝く瞳と白い歯で笑いかけるレン。しばらく会えなかったせいで、だいぶん方向性の違う美化をされてしまっている。


「……あっ、あれは……!」


 人混みの中に見覚えのある背中と頭の片角が見えた。鍛えられた背中から漂うイケメンオーラ!


 紛れもなくレン君!!


 服や武装が以前よりグレードアップしているが見間違えるはずがない。きっとあれからいっぱい活躍したんだろう。


 ちょっぴり白コボルト思考で忘れかけてたけど、会いたかった推しがすぐ傍に!


「レンくー……!」


 感激の抱擁を交わそうと駆け出した梛=シャイヤールの肩が、突然伸びた腕にがっちりと押さえられる。


「いよーう! シャイヤールじゃないかー! お前がいるなんてとんでもないサプライズだぜ!」


「何すん……めっちゃイケメン!?」


 振り払おうとした梛の思考を一瞬たじろがせるほどのイケメン青年が笑顔で話しかけてくる。


 豊かなウェーブのかかった漆黒の髪と、引き締まった漆黒の肌が艶々と輝きを放っていた。袖なし上着も派手な銀の刺繍がこれでもかと施されている。手甲も派手な銀のデザインだ。


 そして下半身は馬。


「なあ、この際早駆けに参加しなよ! まだ受け付けには間に合うはずだ。なんならオレが無理矢理ねじ込んでやるからさ。楽しもうぜ兄弟!」


「久しいなフリージア。君の素晴らしい活躍は耳にしていたよ。実は今年はそうしようと思っている」


「マジかよ!? やったぜ! 最高じゃねーか! やっぱりオレが恋しくなったか?」


 フリージアと呼ばれた漆黒ケンタウロスが大喜びでシャイヤールに抱きつくと、一部の見物客までもきゃあきゃあ喜び出す。


 どこの世界でもボーイズが絡み合うシーンは一定の需要があるらしい。


「先生はわたしの願いで出場されるの」


「何だよ姫さん、ヤキモチ焼く必要なんてないって。オレはいつでも大歓迎だって言ってるだろ?」


 背にいるキエリが眉間にシワを寄せながら、フリージアが腰に伸ばしてきた手を容赦なく払いのける。しかもフリージアはキエリにちょっかいをかけながら、周りの女性に手を振り、尻尾を振り、ウインクや笑顔を振りまきまくっていた。


 そう言えばケンタウロスって、めっちゃチャラいんだっけ。(ホース)だからパリピならぬパリホ? 梛の脳裏ではシャンパンコールで盛り上がるホストクラブケンタウロス像が出来上がってしまっていた。


「そうと決まれば、受け付けだ! 来なよ兄弟!」


「ええー、私レン君を探したいのに……」


「ここにいるって事は早駆けを見に来たんじゃないかしら。わたしたちが活躍すれば声を掛けてくれるかもしれないわ」


「はっ、そうかも! キエリちゃん天才!」


「せ、先生の姿でそう言われると何か変な感じ……」


 照れくさそうにしながらも、シャイヤールの髪をもじもじ触るキエリ。傍目にはお姉さんが弟と戯れているようで微笑ましい。


 私も早くレン君と再会してあんな風にもじもじしたい……!


「ほらこっちだ早く! オレのケツが最高だからって見惚れんなよ!」


 フリージアのあまりの陽キャぶりに、若干引き気味の梛に代わって、シャイヤールが尋ねる。


「随分出走する者の顔ぶれが変わったな。それに賞金の値段も桁が大きい」


「そりゃそうさ、ここ何年も何十人とリタイア続きだからな。楼閣群島だけじゃなく下界の兄弟を呼び寄せるには賞金も高額にせざるを得ないのさ。おかげでお前の事も知らねえ奴らがでかい顔していやがる」


「コースが変わったのかい?」


「いやコースは変わらねえ。ただし色々起きるようになっちまった。橋やら崖際の木が急に落ちてきたりな。これも風が乱れているせいだろうな」


 首を傾げた梛に、足並みを揃えたフリージアがまた肩に腕を回してくる。


「それにリタイアっつっても全部が全部ただの途中棄権じゃねえ。戻ってこねえからそうなるんだよ。噂じゃ神事前になると怪しい情報屋が兄弟たちの周りをうろつくって話もある」


 笑顔だが周囲を警戒するフリージアの緊張が小声から伝わってくる。


「毎年殿(しんがり)の奴が狙われてる。まあお前には関係ない話かもしれんが」


「……なるほど」


 シャイヤールの瞳にちらりと興味の光が灯る。


「先生? 早駆けで優勝するのが目的ですからね?」


「勿論覚えているよ、キエリ」


 穏やかなシャイヤールが何を考えているのか梛には分からない。大地の妖精セキエイの恋心は伝わってきていたし、白コボルトの時はご飯とボスだけだったから完全に同調していたが、今回は少し勝手が違う。意識のある相手だからか、無意識に遠慮してしまっているのか、壁があるというわけでもないのに、全然思考が伝わってこなかった。伝説の魔道士ムサリスみたいなパターンだろうか。


「よせよせ、てめーみてえなガキが出るもんじゃねーよ」


 受け付けでシャイヤールをからかった筋肉質のケンタウロスは、フリージアが笑顔で締め技をかけて白目を剝かせていた。合流したフリージアの騎手が慌てて止めに入っている。騎手は桟敷席にいた高貴な身分の男だった。


「子供はお姉ちゃんと仲良く観覧席に行っとけよ」


 スタート地点のゲート前でからかった長身のケンタウロスは、キエリの長鞭が空気を鋭く切り裂く一音で黙らせてしまった。何故かフリージアの騎手が慌てて止めに入っている。いい人なのかもしれない。


「手を出す前に話し合えなかったのかい?」


 他のケンタウロスと騎手たちも続々と整列するゲートの、スタートラインに浮かんだ平面型の輝く結界の前に立ち、シャイヤールが苦笑する。


「先生に手を出されては困りますから」

「今からお楽しみだって時にお前に手は出させねえよ!」


 神事の開始を伝えるファンファーレが鳴るなか、珍しく結束しているキエリとフリージアに、梛が二人を交互に見やる。受け付けで渡された規定の鞍と鐙を確かめているキエリと観客中に投げキッスを振りまいているフリージアの表情がややぎこちない事には気付かずに、ひとりで納得して頷く。


 シャイヤールさんって愛されてるのね。二人にとっての推しなんだわ。分かる。推しの平和と安全は守りたい!


 推しのいるファンの一人として激しく同意していると、拍手喝采で沸く視界に探し求めていたものが映った。


「れ……レン君……!」


 レン君がすぐ近くにいる!


 というかゲートに並んでる!


 しかも金髪ショートヘアのスレンダー美女ケンタウリスに乗ってる……!?


 早駆けを見に来たんじゃなくて出る方だったの……!?


『それでは楼閣群島神殿への早駆けスタートーっ!!』


 目の前の平面結界が紙吹雪のように崩れて風に舞い上がる。そのかけらをさらに砕くような勢いで、ケンタウロスたちが一斉に出走した。


「レン君が他の()と競馬場デートしてるうううーっ!?」


 あまりの衝撃にゲート前で立ちすくむ梛。


「おや、走れないね」


 目をしばたかせるシャイヤールに背にいたキエリが叫ぶ。


「御使い様、しっかり! 出遅れました! 走って! このままでいいんですか!」


「はっ、このままなんて……いやよ!」


 人の恋路を邪魔するのは嫌だけど、自分の推しの幸せは見届けたい。


 だったら追いかけるしかないじゃない……!


 梛=シャイヤールの蹄が丘の砂を深く蹴った。周りの空気も巻き込んで、一瞬で加速する。


「うわーん! レン君はやっぱりムチムチ巨乳ボディより金髪スレンダー美女が好みなのーっ?!」


 あれほど恐ろしかった速さより、いま梛が気になるのはレンの女性の好みだけだった。


「御使い様、先生の口でそんなはしたない事言わないで!」


 キエリが赤面しているが、梛にとっては重要な事である。


「それよりキエリ、両足のバランスを整えてご覧」


「あっ、はい先生!」


 梛の発言に動じる様子もなく、シャイヤールがキエリの姿勢を指導していくと、やや乱れがちな足さばきが整い、さらに加速していく。


「風砂橋です!」


 前方の丘陵が途切れ、別の島へ渡る大きな吊り橋がかかっている。先行したケンタウロスたちはすでに橋を渡りきって次の島で砂煙を上げていた。


「って、橋壊れてるーっ!?」


 吊り橋は、ケーブルを張る主塔の浮島が点在するだけだった。吊り橋のケーブルと思しき編み込まれた無数の蔦は無残にばらけて崖から垂れ下がって揺れている。当然足場となる桁すら残っていない。


「どっかに迂回……って、何で加速するの!? 橋無いんだってばーっ!?」


 梛=シャイヤールが橋の落ちた崖へと飛び出していった。

いつもお読み下さって本当にありがとうございます。ほんの一瞬でも気分転換になれますように。

次回更新は5月7日(水)頃の予定になります。

朝晩や日々の寒暖差が大きく自律神経に負担がかかって大変な時期ですが、皆様どうかご自愛下さい。

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