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16話 ウマむす○よー!

 心地よい風が頬や全身を撫でる。あたたかな日差し。草花の芽吹きほころぶ匂い。


 全てが満たされている。天と風の精霊は気づかぬほど優しく穏やかに我が身を守り、世界の(ことわり)に充ちた調べを歌う。


 それは女神の、太古から変わらぬ我々への愛そのもの。


 世界の理としてこの身に充ちた女神の愛は、すでに我が内にある。


「きゃーっ! お馬さんだわ! お馬さん! あっ、でも上半身人間!? しかも少年だわっ!! お肌のハリからして十代前半と見たわっ!」


 但し、少々(かまびす)しい愛だ。


「ようこそ、女神の御使いよ」


「ええっ、本人起きてるの!?」


「君の声で目が覚めた」


「あっ、すみませんすみません……! 初めまして、私は福籠(ふくごもり)(なぎ)と申します。お体をお借りしておりますが、嫌ならすぐに戻りますので!」


 焦る梛に向けて、間借り先の相手が穏やかな声で返す。


「嫌ではないよ、ナギ。僕はシャイヤール。君を歓迎する。これはお互いにとって女神の愛を知る得難い経験となるだろう。この時間を大いに楽しもう。今はあなたの人生でもあるのだから」


 すっごい紳士ー……。前回がほぼ「きゃうん!(ご飯!) きゃん!(ボス!) きゃうん!(ご飯!) きゃん!(ボス!) きゃうーん!(ごはーん!)」な本能まっしぐら白コボルトの子供に転生して、奴隷として売られたり、巨乳好き猫耳美少年や、モフモフ好き眼鏡令嬢や、らぶちゅるちゅとか、とにかく濃ゆい経験ばかりだった梛にとって、悟りでも開いたかのような相手は転職活動に疲れ切った心に染みた。


 面接官め、胸ばかり見ながら質問するのはどうなのよ。採用する気がないにしても、せめて一回ぐらい顔を見て話してほしかったわ。絶対後で履歴書の顔写真を見ても覚えてないに違いない。


 梛は改めて今回の転生先の体を見回した。やはり下半身が馬の体で、馬なら首にあたる部分に人間の上半身がある。風にサラサラとなびく長髪と馬の体は真っ白だ。


 上半身も色白だが、腹筋はバッキバキに割れてる。体にフィットした丈の短いベスト状の上着には、襟や袖口に細かい刺繍が施されていてお洒落である。


 胸筋も背筋も羨ましいぐらいに引き締まっていた。腰の後ろというか、馬の背というのか、荷物をのせている感触がする。手首から肘近くまで覆ういかつい手甲は金属製で、表面にはつる草模様がデザインされていた。やはりお洒落である。


「ええと、確かケンタウロスとか言うんだったかしら……?」


 いつもの光文字がその通りだと言わんばかりにシャイヤールの来歴を語りだす。長い。荘厳な某有名宇宙戦争映画のプロローグかクレジットタイトル並みに長い。高名な誰と誰と誰にあれやらこれやらを師事したとか、どこそこでめちゃくちゃ強い誰それと戦ったとか、普通は何年もかかるどこそこに何日でたどり着いたとか、伝説の勇者の仲間に技能を授けたとか、あれからこれを作り出して何々を救ったとか、尋常ならざる活躍ぶりが流れていく。情報量が多すぎて脳が追いつかない。読む気すら失せるクレジットはまだ続く。とりあえず、見た目より遥かに長生きなのは分かった。


「君の世界では我々をそう呼ぶのだね。こちらでは馬の亜人だの半馬だの、洒落っ気のない呼び方をされているよ」


 お洒落好きなケンタウロスさんなのかしら。全く見当違いな事を考える梛=シャイヤールの頬を風がくすぐる。


「わあ、何だかすごく風が気持ちいいですね」


「ここは風の精霊に守られた地だからね。風の力が魔を払い、生き物の命を育んでいる」

  

 ゆるやかな丘陵地帯は緑で覆われて、あちこちに色鮮やかな花畑や森がある。風に揺れた花びらが舞い上げられて丘の向こうへ流れていった。空が近い。雲が近すぎるのか。


「さあ、君にも風の加護を体感してもらおう」


 シャイヤールの穏やかな言葉とは裏腹に、いきなり馬の四つ足が大地を駆けだした。


「うひゃあああーっ!? 速いいいいいっ!」


「こんなのは走るうちに入らないよ」


「時速100キロぐらい余裕で出てるううーっ!」


 電車の在来線並みの速力で、シャイヤールはあっという間に丘陵地の端までたどり着いた。


「いい風だね、ナギ」


「そ……そうですね……」


 体は息切れひとつしていないが、心の中は滝の汗だ。速すぎて目が回る。先に俊敏性の高い白コボルトに転生していなければ、魂が抜けていたかもしれない。車や電車に乗って移動するならともかく、生身で起伏の多い丘陵地帯を走行するのはなかなか刺激が強い。


 そもそも何で私、今回はケンタウロスに転生したのかしら。以前に大地の妖精セキエイちゃんに転生した時、人間にコクヨウとの逢瀬を邪魔されてどっかに馬いないのーとは思ったけど。馬がいないから、自分でケンタウロスになっちゃったのかしら。ラブラブカップルもいなければ、それを邪魔する野暮な相手もいないのに。


 自由に駆け回ってレンを探しに行きたいと、女神のそばで寝ぼけながら言っていたのに全く気付いていない梛だった。


「ここからご覧」


 丘の端の切り立った崖のそばまでシャイヤールが誘う。


 セキエイに転生した時も高い崖に感嘆したものだ。結局妖精だったのでサイズ感を間違えていただけだったが。さすがにケンタウロスのサイズでそんな間違いはしないだろう。


「って、高いわーーーーっ!?」


 見渡す限り青く澄んだ空を力強く風が流れる。


 その風の流れの中を、雲がうねり、岩が連なっていた。


「い、岩が浮いてる……!!」


 岩はひとつではなく、大小様々なものが至る所に浮かんでいる。


「楼閣群島へようこそ」


 梛の反応にクスクス笑いながらシャイヤールが言った。


 浮き島は主に、面積の広いなだらかな丘陵地タイプと、高い塔が(そび)えているような岩山タイプの地形で占められているようだ。


「もしかして今いる場所も浮いてる!?」


「そうだよ」


「何かヤバイおまじない一言で落ちたりしません!?」


「対象の性質を変化させてしまうような力ある言葉を使うのは、古の神々や伝説の魔王ぐらいのものだろう。浮き島を構成するのは風の魔力を含有した精霊石だよ。何らかの攻撃を受けて破壊されても、精霊石自体は浮力を失うことはないし、砕かれてもお互いの魔力で引き寄せられてまとまる性質がある。心配いらないよ」


「そ、そうよね。よかったー……」


「ただ風の魔力を濁らせる悪しき風が吹けば、精霊石も長年の浸食を受けた箇所から砂礫(されき)となり崩れてしまう。近年は風の流れが乱れる事も多くなった。それは少々気がかりだ」


 オタク心のままにうっかり尋ねて、えらいフラグを立ててしまった気がする。


「だから毎年神殿に奉納して恵みの風を吹かせてもらうのではないですか。先生、今年こそ早駆け神事に出てください!」


「荷物がしゃべった!?」


 唐突に梛=シャイヤールの背から声がかかった。ずっと荷物だとばかり思っていたものが、急に起き上がってきたのだ。


「わたし、お荷物になりませんから! お願いします。早駆け一緒に出てください! 今日なんですよ!」


 確かに荷物ではなかった。生き生きと輝く瞳を持った乙女だ。学生ぐらいの年齢だろうか。風になびく髪の両サイドは丁寧に編み込みがされている。袖なしの上衣はミニスカートみたいで、ズボンも履いている。腰には鞭やら矢筒やら装備していた。やはり服に刺繍がされているのは、この地域の文化なのかもしれない。


「おはよう。目が覚めたかい、キエリ。君はすばらしい弟子で荷物に感じた事は一度もない。さっきの言葉は女神の御使いのものだよ」


 シャイヤールは背中に人がいるのを分かっていたらしい。そして乗せたまま時速100キロ越えで丘陵地を疾走したのだ。よほど落とさない自信があったのか。


「だと思いました。先生に一人芝居は無理そうだもの。わたし御使い様に会うの初めて」


 キエリと呼ばれた乙女が興味深く覗き込む。時速100キロで走るケンタウロスの背でさっきまで寝てたのだ。よほどシャイヤールを信頼しているのか。二人にとってはいつもの事らしい。大らかすぎて梛的にはハラハラしてしまう。


「ようこそ、女神の御使い様。御使い様は何をしにいらしたのですか?」


 好奇心旺盛なキエリの笑顔に、梛は我に返った。


「レン君! そうよ、レン君を探さなきゃ!」


「人探しなのね。 どんな人? どこにいるの?」


「……どこにいるんだと思うー?」


 がっくりと肩を落とす梛。すぐに背筋を伸ばしてシャイヤールが言った。


「何か手掛かりはあるかい」


「手掛かり……」


 言われて思いつくのはひとつしかなかった。頭上に現れたキューブから不思議な獣の形をした像を取り出す。


「これで相手の居場所が分かるみたいなんですけど、使い方が分からなくて」


 梛がおぼつかない持ち方をしていた像を、シャイヤールが高くかざして目を細める。


「よくご覧。答えはいつも君の目の前で、君がどう気付くのかを静かに待っているだけだよ」


 確かによくよく見れば、像の背に、たてがみに隠れるようにして細かな文字が彫られている。小さすぎるが光文字がそれを読み取ってくれた。


「ええと『半身を求めよ』……?」


 梛が呟くと、像が輝いて開いた口元から光線が放たれる。それは今いる丘陵地の森の向こうへと向かっていった。


「女神の叡智は求める心で更なる叡智へと導く。君はよい探究者だ」


「あの方向にレン君がいる……!」


 あの光をたどっていけばやっと推しのレン君に会える! 


 しかし今すぐにでも会いたい気持ちはあるのに、シャイヤールが足を動かそうとしてくれない。


「あちらには神殿があります……! 行きましょう、先生! 早駆……じゃなくて人探しに!」


 嬉々としてキエリがシャイヤールをせっつく。


「女神の叡智によると、これは『貔貅(ひきゅう)の守り』と呼ばれるものだ」


「ごまかさないで下さい。先生、お願いです。早駆けに勝ったら一年は自由になれるの。風が乱れて収穫が落ちてるからって政略結婚なんかしたくない。ハレムの奥で毎日じっとしてるなんてわたしには無理! 大体根本的な解決になっていません!」


「では君はどうしたいのだね」


「風が乱れた原因を探しに行きたいのです。ですから先生、わたしと神事に参加して下さい。お願いします!」


「ハイ! 私もキエリちゃんと一緒に神事出たいです!」


 レンに会いたい一心でキエリを応援する梛。シャイヤールの背の上で頭を下げるキエリ。降りないのは多分、そうするとシャイヤールに逃げられてしまうからだろう。


「……やれやれ、この意思の強さは誰に似たのか」


 あきれながらも懐かしそうに息を吐くシャイヤールにキエリが笑いかけた。


「先生のご薫陶(くんとう)の賜物です」


「ならばそれを見届けよう。よい風が吹くように。これも女神の導きか」


「ありがとうございます、先生!」


 どうやらやっと話がまとまったらしい。


「そもそも何でシャイヤールさんはそんなに神事に参加したくないんですか?」


「決まったコースを走るんだよ。面白くないじゃないか」


「似たもの同士だわー……」


 呟きながら光線を放つ像を撫でる梛。シャイヤールが貔貅(ひきゅう)の……とか言ってた気がするが、ダンジョンで戦ったガマガエル顔の相手とよく似た名前っぽい気がするので、聞かなかった事にした。


「今日からこれは『レン君の守り』って呼ぶわ!」


 光文字が貔貅(ひきゅう)の守りの名前の上から新たに『レン君の守り』の名を貼り付けたのに、梛はまたもや気付いていなかった。

いつもお読み下さって本当にありがとうございます! 更新を待っていて下さる方がいるなんて、奇跡みたいに幸せなことですね……。次回更新は4月28日頃を予定しております。

急に暑くなりましたが、なんとか暑熱順化して乗り越えたいです……。

皆様もどうかお体大切になさって下さい。



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