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15話 犯人はあなたねー!

「ふんふんふん!」


「おい……」


 屋台の串焼き、焼きたてのパン、焼きたてのピザ、焼きたてのパイ、知らないワンちゃん、お土産屋のお饅頭、生クリームたっぷりケーキ、貴族のねっとりした香水、レストランの高級お肉、ほんの微かに焼き菓子の匂い……。


「ふんふんふふふふん!」


「何探してんだよ。よだれダラダラ出てんぞ……」


 お菓子屋さんのキャンディ、スパイス料理、柑橘ジュース、貴族のねっとりした香水、ほんの微かに焼き菓子の匂い、ハチミツたっぷりパンケーキ、子供がかぶりついてるチョコレートたっぷりのシュー菓子、油で揚げた肉、魚、野菜! はっ、さっきの小競り合いおっさん二人組が意気投合してお酒飲んでる匂いだわ……。


「ほんとにそんなんで見つかるのかよ……」


 ここは娯楽と観光で潤う大都市だ。通りにはあらゆる店からの誘惑的な香りが流れ、観光客や商人たちが賑やかに行き交っている。猫耳美少年の鼻はすでに充満するあらゆる匂いで使い物にならなくなっていた。


「わきゃんきゃぎゃん!(ぼやいてないでお手伝いして!)」

 

 アイドルのらぶちゅるちゅの一人、センターをつとめる吸血鬼のきゅーみーが誘拐された。


 らぶちゅるちゅメンバーに頼まれて、彼女の残り香を探す福籠(ふくごもり)(なぎ)の後ろを、ダラダラと猫耳美少年がついてくる。


 何でこいつだけなんだ。らぶちゅるちゅメンバーがライブの準備で同行出来ないのは仕方ないとして、さっきまで一緒にいたはずの、白コボルトの主である眼鏡令嬢まで急用とやらでいなくなるなんて。


「あーもー、オレにはあいつみたいな全言語理解できるようなチートスキルねえってのに、どうしろってんだ」


 ボスどこに行ったんだろう。嬉ションしたのに怒るどころか嬉々として新しい衣装を白コボルトにプレゼントして、美味しいお肉たっぷりのご飯をくれた。森の中で他のモンスターに怯えながらひもじい生活をしていた白コボルトにとってはボスの中のボスだ。なんだろう、この感覚。前にもこれぐらい誰かを尊敬していた気がする。とっても推せる誰か……。


「なんだよ、その目は。手伝えってか? 生憎オレの力は相手に認知されなきゃ使えないんだよ」


 でも絶対こいつじゃないのは確かだ。


「きゃうきゃきゃきゅん」


「いまの悪口だろ? 役立たず的な事言いやがったな? 仕方ねえだろ、ゲームのイメージがスキルに反映しやすいって分かってたら、オレだって姪っ子にせがまれて乙女ゲームするよりもっと格闘ものとかやって痛あーっ!?」


 白コボルトに足を噛みつかれる猫耳美少年。


「わきゃきゃっきゃんきゃん!(気が散るからちょっと黙ってて!)」


 何気に転生者(プレイヤー)だと暴露した猫耳美少年のぼやきは一切梛の耳に入っていなかった。警察犬の真似事などできないと思っていたが。


「……わきゃん!(見つけた!)」


 この匂いは、きゅーみーのフリルスカートの匂いと同じ……!


「きゃうきゃう!」


「見つけたのか!? よし、走れ! 案内しろ!」


「きゃうっきゃ!」


 探していた匂いめがけて全速力で駆けていく梛コボルト。大通りから狭い裏路地へ。猫耳美少年も後を追って角を曲がる。


「そこかっ!」


 白コボルトが落ちたクッキーを必死で食い散らかしていた。


「何やってんだ、お前はーっ!?」


「きゃきゃきゃうきゃん!? きゃうきゃきゃんきゃ!(何で怒ってんの!? これ探してた匂い!)」


「お前が探してるのはきゅーみーだろうが!」


「きゃふっ!?」


 口の中をクッキーでいっぱいにしながら驚愕する梛。間違いなくきゅーみーの匂いを追いかけていたはずだったのに。


「いやっ、来ないで……!」


 猫耳美少年の耳と梛白コボルトの耳が、少し離れた場所の悲鳴をとらえた。


「あの声は……!」


 同時に走り出す。細い小道を何度か曲がったその先で、一人の少女が座り込んでいた。高校生ぐらいの年頃か。真っ白な肌と桃色の豊かな長髪の美少女。


「きゃんきゃー!(きゅーみー!)」


 怯える少女の視線の先には、華美に着飾った貴族の男がいる。


「どうして怖がるんだい、きゅーみー。怖がらなくても大丈夫だよ。これからはあんな不特定多数の奴らに媚びを売る必要なんかないんだ。君はワタシだけの運命の乙女なんだから」


「きゃふんきゃぎゃぎゃぎゃぎゃーん!!(勝手に一人で盛り上がるな、このねっとり香水男ーっ!!)」


 貴族男の腕に噛みつく梛白コボルト。匂いをたどっていた時、ずっときゅーみーの匂いにまとわりついていた香水臭がこの男からする。


「うぎゃああっ!? 離せっ! 何だこいつはっ! おいっ、どうにかしろよっ!」


 貴族男が悲鳴を上げると、陰から現れた男が大げさにため息をつく。


「やれやれ、うちのお得意様を噛むんじゃないよ。静かにしろ!」


 バチンと梛コボルトの首に電気が流れる。


「きゃうん! きゃきゃきゃきゃん!(いったーい! この痛いの知ってる!)」


「いてえ! オレまでかよ! 奴隷の契約が解除されてねえのか!? 多重契約は違法だろうが」


 会場で競りを仕切っていた髭男が、口の端を曲げる。


「いいや、そいつは契約じゃなく呪いだ。奴隷が買われていった先でも忠実なしもべとなって、金や情報を手に入れてくれる。もちろん、お前たちもな。命令だ。そこでじっとしていろ。ささ、これでよろしいですかな。ポーションもございますよ」


「ああ、まったくひどい目に合った。これもきゅーみーと結ばれるための愛の試練だと思って乗り越えよう! きゅーみー、この胸に飛び込んでおいで!」


「きゃきゃんきゃぎゃーん!!(誰が飛び込むかーっ!!)」


 白い影が跳躍して、諸手を広げていた貴族男をドロップキックで蹴り倒す。


「なっ、何故動ける!? め、命令だ! ひれ伏せ!」


 髭男の言葉で白コボルトの首に巻かれた首飾りに呪いの力が込められたが、一瞬で霧散する。


「何故だ!?」


「うおっ、オレには効いてるじゃねえかよっ!」


 理不尽な力で土下座をさせられる猫耳美少年。しかし白コボルトは軽やかに髭男の股をすり抜け、逃げ出した貴族男の顎を神速アッパーカットでノックアウトした。子供のコボルトに負けるほど、貴族男は弱かった。


「何故動けるっ!?」


「それはシロたんが可愛いからだっ! シロたんの可愛さの前にあらゆる攻撃は沈黙する!」


 仁王立ちした眼鏡令嬢が断言する。背後にはすでに二人を捕縛しようと騎士団も控えていた。


「違法魔道具使用にアイドル誘拐の現行犯だ。言い逃れはできんぞ、婚約者殿。我が都市と市民の安全を脅かした貴様とは婚約破棄させてもらう!」


「白目むいてんぞ」


「言ってみたかっただけだ」


 スッキリした顔で連行される髭男と貴族男を眺める眼鏡令嬢。


「ところでこの呪いをどうにかしてくれ。何でコボルトのガキだけ解呪してるんだよ」


 猫耳美少年はいまだに土下座のまま動けなかった。それに比べて白コボルトはきゅーみーの周りを興奮状態でぐるぐる走り回っている。


「シロたんはどういうわけか状態異常無効のバフがかかっている。奴隷商に捕まる前に心優しき高位術者に遭遇していたのかもしれないな」


 実際呪い無効のバフがかかっているのは、梛の方だ。伝説の大魔道士ムサリスの流れ解呪ビームを受けた効果が、白コボルトに転生してもいまだに続いていたのだった。


「オレはどうなるんだよ。てめえ解呪スキル持ってねえだろ」


 眼鏡令嬢が軽く手を上げると、完全に気配を消していた赤髪の眼鏡執事が姿を現した。


「失礼致します」


 猫耳美少年の首元で指を鳴らすと、針金状の首飾りがあっけなく崩れて塵になる。


「何で執事が解呪できるんだよ!?」


「彼は伝説の勇者の末裔だ。数か月前にその有り余る僕何かやっちゃいましたか能力でエルフの信仰する霊峰に大穴をあけて処刑寸前だったところを助けて執事としてスカウトした」


「お嬢様、私めの黒歴史を抉るのはおやめ下さい」


 恥ずかしいのかすぐに気配隠蔽して陰に紛れる。これでは執事だか暗殺者だか分からない。


「ゆー君大丈夫……?」


 桃色の髪を揺らして美少女きゅーみーが猫耳美少年を覗き込む。腕に白コボルトをぬいぐるみのように抱えていた。どや顔でこちらを見ているのが腹が立つ。


「悪かった。全然助けてやれなくて」


 呪いの首飾りのせいで時間稼ぎの囮要員にしかなれなかった。いや、これは言い訳だ。転生先の猫耳美少年がどれだけ高位の冒険者でも、中にいるのは何もかも中途半端な人生を送ってきた自分だ。きゅーみーたちの護衛も、彼女たち自身が強いからと、危ない目に合うことはないと高を括っていた結果がこれだ。


 桃色の髪の少女の中身は、まだ小学生の少女だというのに。


 たった一人、自分を信じてくれていた姉の忘れ形見なのに。


「ゆー君は悪くない。きゅーみーが言いつけ破ってクッキー買いに行ったせい。ゆー君に食べて欲しかったの。ママの作ってくれたクッキーとすごく味が似てたから……」

 

 きゅーみーの腕の中にいた白コボルトが、クッキーを食い散らかした後ろめたさで大量の汗を流している。


 会った時からクソ生意気な奴だったが、こいつのお陰できゅーみーが助けられたのは事実だ。その辺は追及しないでおこう。自分も外見こそ十代の美少年だが、中身の魂は三十代。大人の対応を見せよう。ただし、素直さは世間の荒波で削られてしまった。この憂さ晴らしは、収監された髭男にたっぷり雷精霊でも送り付けて済ませておこう。自分の目の前でコボルトとは言え子供相手に2回も暴力振るった奴だ。あと、きゅーみーに迫っていた香水貴族。あいつは必ずしめる……!


「きゃっ……!? きゃうっきゃきゃうーん(わっ、めっちゃ悪いカオしてるー)」


 猫耳美少年の凄惨な笑みに引く梛の頭を眼鏡令嬢が撫でる。


「シロたん大活躍! えらい子でちゅねー。中の転生者(プレイヤー)さんもまとめてずっと養ってあげるよっ! 三食おやつと昼寝付き! お買い物も毎日行こうねー!」


 何て魅惑的なお誘いだろう。さすがボスの中のボス! この人についていけば間違いない!


「きゃうんきゃ……!」


 いいよー! と、頷きかけたところで頭上にキューブが現れる。一面が青く輝き、そこからポロリと何かがこぼれた。


「きゃんっ?」


 頭にこつんとぶつかったそれを、モフモフの両手で抱える。


「きゃううっきゃうきゃうきゃきゃん!(これはホニャララの守り!)」

 

 名前は読めないけど、大切な人がくれた大事な思い出のアイテム!


「きゃんきゃーん!!(レンくーん!!)」


 レン君! レン君!! 私の推し、レン君ー!!


 どうしてレン君の事を忘れていたのか。怖すぎる、コボルトのヒエラルキー社会! ボスのカリスマにすっかり虜になってた! 扶養されてる場合じゃない……! レン君に会いに行きたい!


「きゃうっきゃうきゃうきゃう!」


「そうか、中の人はまだ旅の途中というわけだね。心配しなくても大丈夫。シロたんは責任を持って全力で愛し育てよう! 君は安心して次の転生先を探すといい。それから、もしリアルで困った事があったらその時は力になるよ。何せシロたんと出会わせてくれた運命の仲人さんだからね」


「きゃうきゃきゃーきゃんきゃん!(ありがとうございます!)」


「シロちゃん、ありがと」


「もう嬉ションすんなよ」


 きゅーみーと猫耳美少年もそれぞれ挨拶してくれる。


「きゃうっ」


 キューブに貰った名刺とホニャララの守りを入れると、梛は眼鏡令嬢たちに深々と一礼した。白コボルトの体から離れて日本へと帰還する。


「……あー、大変だったわー」


 モフモフだったけど、ご飯とボスの事しか考えてない子だった。


「牢の中とか奴隷とかだったし、今度はもっと自由に駆け回れる体でレン君を探しに行きたい……」


 白コボルトの影響なのか、疲れていたのか、大きな胸が揺れるのも構わずナイトブラをせずに眠る梛。


 そばで女神様がその一言をニッコニコの笑顔で聞いていたのに、全然気づいていなかった。

いつもお読み下さいましてありがとうございます。

次回更新は4月20日頃を予定しております。

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