13話 安くないわよー!
競り値が9万を越えた辺りで、急に手を上げる参加者の数が減り始めた。
「97321!」
「97323!」
「97325!」
「97327!」
そしてたった二人の客によって、金貨数枚単位での、まさに小競り合いが延々繰り広げられていた。
周囲の客たちはすでに関心をなくしている。というか、まだ競り続けている二人の参加者の異様な熱意にドン引いていた。
競りの商品である白いコボルトに転生した福籠梛も、舞台の上で恐怖の余り、しっぽを短い脚の間にはさんでさらに短い前足でしがみつく。
「ムフー! 98655!」
オークみたいな脂肪たっぷり目のおっさん!
「ムキー! 98656!」
黒魔術してそうな目つきのヤバいおっさん!
おっさん二人に狙われてる……!!
いたわ! 会社にも、こっちの気持ちとかガン無視して、勝手に恋の鞘当て始めるオヤジどもがいた!! 全然違う部署の全然顔も覚えていない初対面同然なのに、自分が知ってるからって馴れ馴れしく視線を大きな胸にロックオンして絡んでくる人たちが……!
しかし、ここは会社ではなく奴隷のオークション会場。自分の意思に関係なく、競り落とした方に問答無用で己れの身を渡さなければならない。
「きゃうきゃうきゅー……」
お金持ちの屋敷で食っちゃ寝生活出来るとか言ってたのは嘘だったの……!?
このままではどっちかのヤバいおっさんの餌食になってしまう……!
「あの御仁、モフモフ好き過ぎて尻の匂いまで嗅ぐとか言ってたなあ……」
「きゃっふ……!?」
「あっちは一晩中実験動物に呪いの言葉をかけるらしいぞ……」
「きゃうっ……!?」
なまじ耳がいいせいで、会場中のひそひそ話が梛の耳に届いてくる。
このままでは……このままでは詰みに詰んでしまう……!
折角異世界ミラーにいるのに! 推しのレン君に会える事もなく、転生先の白コボルトの子供が幸せをつかめないなんて……!
「きゃきゃきゃきゃーん!!」
許せないわー!!
勝手に捕まえて競りにかけて、勝手に値段なんかつけて!
「きゃうきゃうきゃきゃきゃんきゃーん!!」
自分の価値は自分で決めーる!!
たしんっ、と梛は肉球で舞台を踏みしめた。
「きゃんきゃん! きゃきゃんきゃーん!!(音楽! スタート!!)」
梛の強い意思に反応して、青いキューブが発現する。会場にいるほとんどの者が気付いていなかったが、輝くキューブが細かな立方体を増殖分裂させて平面に広がると、そこから大音響が放たれた。
「らぶちゅるちゅだ!?」
「キャー! 新曲よー!!」
「一体どこからこんな音楽が……!?」
脳内でヘビロテしまくっていた新曲に合わせて、梛は舞台で踊り出した。
「見ろ! 手足は短いのに振り付けが完璧だ!」
「何てキレのある動きなの!」
「ソロのダンスパートの立ち位置に一瞬で移動している……!?」
「あの白コボルトすごいわ……!!」
「パパ、あのコボルト欲しい!」
貴族の子供のおねだりに、周囲の人々が我に返った。
「9999きゅ……!」
「30万だ!」
「わたしは50万よ!」
「70万!」
「130万!!」
「250万!!」
オヤジ二人の小競り合いを押し退けて、あっという間に白コボルトの値が上がっていく。
「きゃうっきゅーん!(たのっしー!)」
梛は途中から踊る事自体が楽しくて仕方なくなっていた。大好きならぶちゅるちゅを、こんなに思いっきり踊れるのだ。
いつもは揺れまくって体幹をブレさせる大きな胸も、ムッチムチ過ぎてきれいにステップの踏めない大きなお尻もない。
あるのは森の中を逃げ回って恐ろしく俊敏性の高い、小回りのきく体!
「777万!!」
「888万!!」
「999万!!」
小競り合っていた二人組は完全に諦めの体で燃え尽きている。これで白コボルトの子供を危ないおっさんたちから守る事が出来そうだ。
安心した梛の耳に、凛とした声が響く。
「10億」
会場が一瞬静まり、ものすごい歓声と拍手で埋め尽くされた。
「10億! 10億です!! 他にはいらっしゃらないようですので、幸運を呼ぶ白コボルトは10億で落札です!!」
「きゃんきゃんきゅーん!(もっとおどるー!)」
ダンスハイになって従業員に抱え上げられながら退場する梛と入れ違いに、猫耳美少年が舞台に上がる。
「おい、嘘だろ……。10億? マジで? じゃあオレはどうなるんだよ……」
「さあ、皆様大変長らくお待たせいたしました! 本日最後にして最高の逸品! ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。漆黒の爪兵の二つ名を持つA級冒険者の猫獣人です! ご覧下さい、この美しい容貌! 闘いによって鍛えられたしなやかな肉体! 戦いの場にいるべき彼が何故ここにいるのか? それは何と花街で騒ぐ無頼漢どもから、人気の娼婦たちを守った際に、幾つかの店を半壊させてしまったからなのです! しかもどんな美女に言い寄られようと氷の如き無表情で相手にしなかったというのに、花街を守った彼はその後、娼婦たちから感謝の接吻を受け、朝まで彼女らを侍らせて酒を飲みあかしたとか!」
髭男の口上で、会場中に異様な熱気が漂い出す。猫耳少年の背筋に得も言われぬ寒気が走った。全身が危険を訴えている。
「そうです! 皆様お察しの通り! 彼は発情期に入った模様です! ここにいる間も、従業員の腰つきを眺める目つきの何とねっとりと妖艶であったことか! この美しい少年のデレ期を堪能出来るのは今しかありません! それでは1000万からスタートです!!」
「まっ、待て……!」
「わたくしは5000万よおおおお!!」
「7000万!7000万!!」
「1億だああああ!!」
猫耳少年の声は怒号のような競りの声にあっという間に飲み込まれる。
「きゃきゃきゃんきゅーん!!(らぶちゅるちゅー!!)」
会場の大騒動もそっちのけで、梛はまだダンスハイ状態が抜けずに、抱え上げられたまま、らぶちゅるちゅの新曲を踊っていた。
余談だが、小競り合いオヤジ二人組は、モフモフ好きの動物保護団体会長さん(美人の奥さんアリ)と、昔飼っていた愛犬と白コボルトがそっくりだった、田舎でのんびりスローライフを計画中の大商会の会長さんだった。