11話 モフモフだけどー!
可愛い女の子にはなりたい。でも大地の妖精みたいに小さすぎると、何かあった時に戦えない。
異世界ミラーは現実よりはるかに危険がいっぱいだ。かと言って、魔竜姫ちゃんみたいにべらぼうに強いのがいいのかと聞かれれば、それはそれで大変だ。高層ビル並にでかいし。
何より推しのレン君にハグしてもらえない大きさは、ちょっと困る。片角の鬼人族で、超イケメンのレン君は、異世界ミラーで出会ったお友達で推しだ。
今度はどこでレン君と再会出来るかは分からないけれど、もし、もう一度会えた時に「会いたかったわ、レン君ー!」「僕もです! ナギおねえさーん!」「やっぱりおねえさんなのねー!」と感動の抱擁イベントを経験してみたい。
だから、せめてレン君と同じ身長サイズにはおさまりたい。そして出来ればモフモフを追加してほしい。
先日、伝説の魔道士ムサリスと出会ったが、そのモッフモフの頬っぺたは最高だった。
あの触り心地があれば、もうそれだけで残業だらけで疲れきった身も心も癒せるのではないだろうか。そしてあわよくば、レン君に「ナギおねえさんのモフモフはずっとモフモフできますね!」とか言ってもらえるのではなかろうか。
……と、しこたま残業させられて、ギリギリ終電で帰ってきた日に、女神様から次の転生先を訊かれた福籠(ふくごもり)梛(なぎ)は、寝落ち寸前の思考回路で答えていた。
「可愛くて戦えるモフモフがいいでーす……」
そして女神様は見事に梛の希望を叶えてくれた。
「でも檻の中ってどういうことっ!?」
鍵のかかった厳つい檻の中で、梛は目覚めた。檻の柵は太く、ちょっとやそっとの力で揺らしたところでびくともしない。檻にはボロ布が被せられて全体は見渡せないが、匂いで自分と同じように檻に閉じ込められた者が何人もいるのははっきりと分かる。
「しかもこの首に巻きついてるのって……」
つい最近見た覚えのある針金状の首飾り。引っ張って視界に入れると、光文字が浮かび上がる。
『呪いの首飾り。着けた相手の命令に従うよう奴隷化する呪いが付与されている』
「やっぱりー!」
大地の妖精のコクヨウが着けていたのと同じものだ。あの時は伝説の魔道士ムサリスがいたから、解呪ビームで首飾りは外れたが……。
せっかく新しい体に転生出来たというのに、檻に入れられどこにも行けず、しかも呪われているなんて。
「異世界でも社畜……! そんなの嫌ーっ! 何で奴隷になってるの私―っ!?」
思わず叫んだが、梛の口から出たのは耳なじみのある言葉ではなかった。
「わんきゃうん……! きゃきゃきゃーんっ! わきゃんきゃんきゃんうううきゃきゃーんっ!?」
カン高い鳴き声だった。自分の声に驚いて思わず口を手でふさぐと、柔らかな感触に包まれる。両手を見るとモフモフの毛で覆われていた。
「きゃ……きゃうきゃうきゃうん。きゃうきゅうん。きゅきゅうきゃきゃうーん!(かっ体もモフモフ。顔もモフモフ。耳も尻尾もモフモフだわー!)」
転生先は見事にモフモフな体の持ち主だった。
「くっ、やっぱりアニメの猫耳美少女みたいな種族は需要が高くて空きがないのね……」
異世界系動画で活躍する転生者の中には、見た目がほぼ人間で、そこに動物の耳やしっぽがある姿をした者もいる。梛としてはそこを目指したかったのだが、寝落ち寸前のリクエストが大雑把すぎた。
女神様めっちゃタイミング悪い。いや、自分のやり残した仕事を人に押しつけて合コンに行った社員が悪い。
「早く転職したい……!」
転職する気は満々だが、転生者になったからと退職理由を馬鹿正直に話しでもしたら、イメージアップのために本人の許可なくメディアから取材を受けて晒し者にされ、会社は大手企業から優遇され、国から補助を受けて、上層部だけが潤う羽目になる。自分は転職を妨害されて、安い給料のまま甘い汁を吸われてしまう。
だから転生者になった事は伏せながら、目立たずひっそりと転職したいのに、残業が多くて求職活動もままならない今日この頃なのだ。
「でも繁忙期も何とかのりきった……!」
仕事がない時期は極端に暇になって、定時までみっちり仕事場のどうでもいい場所の掃除ばかりやらされる時もある。それでも定時には帰れる。有給は取り辛いが、休みを取れば面接に行ける回数も増やせる。
「きゃきゃん! きゅきゅきゅきゅうんきゃきゃーきゃんきゅきゅきゅきゅんきゃきゃきゃんきゅー!(目指せ! 福利厚生が充実した毎日定時で帰れるホワイトな職場ー!)」
そしてプライベートは異世界ミラーで冒険ライフを楽しむのだー! 楽しむのだー……! のだー……。
「きゃうっきゃきゃきゅきゃうーんっ!(って、檻の中だったーっ!)」
「さっきからキャンキャンうるせえぞ、コボルトのガキ」
横手からぬっと足が現れて、梛のいる檻の柵をガツンと蹴り飛ばす。
「きゃんっ、きゃんきゃうん!(あっ、危ないわね! 何するのよ!)」
柵の隙間からモフモフの手を伸ばし、いい加減に被せられたボロ布をめくると、隣の檻には男がいた。17、8歳ぐらいだろうか。美少年と言えるぐらいの美しい見た目とは裏腹に、どこかやさぐれた雰囲気が漂う。
そして、美少年には獣の耳としっぽが生えていた。
しかも猫耳! 猫しっぽ!
「きゃうんきゃうううーんっ!(それ私がなりたかったやつー!)」
思わず柵をつかんで見知らぬ猫耳美少年に抗議する。
「だからうるせえって。寝てる奴もいるんだ。静かにしろよ。それにお前が何言ってんのか分かんねえし」
面倒臭そうに檻から足を伸ばして柵を蹴ってくる。ガラは悪いが理不尽な文句を言ってきているわけでもないらしい。誰かを寝かせておこうなんて、もしかしてちょっと良い奴なのか。
「はー、こんなガキじゃなくて巨乳美女と絡みてえー。どっかにいねえのかよ、ムッチムチの巨乳のねーちゃんは」
「ぎゃぎゃんぎゃんっ!(ただのエロ猫耳っ!)」
「今、オレのこと悪く言っただろ!?」
「ぎゃぎゃん! ぎゃんぎゃぎゃん!(近寄らないで! セクハラ男!)」
リアルの梛にとって巨乳発言は、その後の数々のセクハラへの狼煙みたいなものである。つまり敵!
「うるさいぞ、お前ら! 静かにしろ!」
不意に現れた髭男の声とともに、首飾りからバチンと静電気のような衝撃が流れる。
「ぎゃきゃーん!(いったあーっ!)」
「もうすぐ出番だ。高く買われたいなら大人しくしてろ」
冷ややかな一瞥をくれると、髭男は派手な衣裳の襟を正しながらカーテンのかかった部屋の奥に去っていく。
「きゃうううん……」
いつまでも残る激痛というわけではないが、地味に痛い。
「いってえ……だから静かにしろっつっただろ。買い手がつくまでは大人しくしてろよ。まあ、今日のメインは高ランク冒険者のオレだけどな。お前も色は珍しいから貴族のペットにおさまりゃ、衣食住は安泰だ」
「きゃうう? きゃんきゃ?(買い手? ペットって?)」
首を傾げると、猫耳美少年はどうとらえたのか梛に言った。
「同じ奴隷になるなら買い叩かれて労役で酷使されるより、暇な金持ちに可愛がられた方がなんぼかマシだろ」
どうやら今から自分達は奴隷として競りにかけられるらしい。
「きゃ、きゃうん……。きゅううーん。きゃうんきゃううーん?(そ、そんな……。レンくーん。私どうなっちゃうのー?)」
静電気攻撃が嫌なので、小声で嘆く梛であった。