1話 骨のある女ー!
白い細腕を振り上げて、福籠梛は叫んだ。
「やったーっ! 異世界ミラーだーっ! 憧れの悪役令嬢になれ……た……?」
何か変だ。腕がめちゃくちゃ細すぎる。振り上げた腕を目の前でしげしげと眺めてみる。
「何か、フシが多いって言うか……骨?」
どう見ても腕の骨だった。
「キャーッ!? 何っ!? どういう事!?」
全身を見渡すと、やっぱり紛う事なき骨なのだ。
「脚も骨! 骨盤にあばら……やだ、お腹から背骨見えてるうーっ!!」
そこまで叫んである事に気付く。
「つまり私って、今、素っ裸の状態!?」
骨であるより恥ずかしさの方が勝って、つい腕で体を隠してしまう。全然隠れていないので、あまり意味はない。
しかし外見は骨だが、中身はお年頃の25歳女子。意味はなくとも羞恥心はある。
ただ、周りに誰もいないのに気付くと、梛は少し冷静さを取り戻した。
「うう、でも落ち着かないなあ……。何か着るものないかしら」
辺りを見回してみる。それらしいものはありそうなのだ。何せ、辺り一面金銀財宝の山なのだから。
一歩進むたびに、ジャラジャラ、シャリシャリ、輝く金貨や色鮮やかなメロンサイズの宝石が転がっていく。勝手に発光している燭台やら、電柱みたいに聳える結晶の柱やら、宝飾まみれの鎧などが至るところに埋もれている。
「何なのかしら、ここ……壁っぽい内装が見えるから、お城の金庫の中とか? あっ、これなんかよさそう!」
金貨に埋もれた布を引っ張る。造りの凝ったローブが出てきた。純白に金の刺繍で縁取りされている。
「ウエストをこのきれいなベルトで締めたらスカートっぽく見えるかな。……はあ、さすがに下着はないか」
下手したら全裸にトレンチコートの変態と変わりない姿だが、贅沢は言えない。
「あ、あれ? フードがかぶれない。何で? ……頭に何かついてる?」
見上げると梛の頭上には、握り拳大の青く輝くキューブがある。
「キューブさんが引っかかったわけじゃなさそうだし……」
でもこれは、こっちの世界に来た人達全員にもれなくつく印みたいなものだ。
異世界ミラーは、日本の隣に突如現れた島だ。日本列島を鏡で映したような形をしている。
ただし、島は半透明で実体はないので、生身では行けない。
異世界ミラーの女神に選ばれた者だけが、魂の状態で召喚され、異世界のなにがしかの種族の体を借りることで行動出来るようになる。
一度女神に喚ばれてキューブが出現すれば、後はいつでも好きな時に異世界ミラーと行き来出来るのだ。
しかも喚ばれた際に、女神に自分が異世界でなりたいもののイメージは伝えられるし、大体それは叶えられる。
だから大抵美しいエルフとか、モフモフの耳としっぽが生えた獣人とか、チート能力を持ったイケメンになりたがる人が多いと、梛は聞いていた。
だが自分のイメージ通りの体がなければ、一部の外見的特徴や能力だけが希望に合った間借りになる場合もある。
「これはもしや……ツノ!?」
頭蓋骨の感触を確認すべく、鏡面磨きの大きな盾を金貨の山から引っ張り出して、結晶の柱に立てかける。
そこに映ったのはやっぱり角だった。こめかみのやや後ろあたりから、銀色に輝く巻き角が生えている。
まるで凍れる炎のような美しさだが、梛の希望からはとんでもなく距離のある姿だった。
「何でー? そもそも私がなりたかったのは、人間の悪役令嬢なのにーっ!?」
悪役令嬢が弾劾追放されて骸骨になったのかなーとか、無理矢理納得してたのに。人間ですらないなんて、どういうことなのか。
「おかしいな……女神様に『そなたがなりたい姿を存分に思い浮かべよ』って言われたから、憧れのファンタジー小説で、後世に伝説の賢姫と讃えられたお姫様とか、少女漫画でめちゃくちゃイケメンの執事を従える実はツンデレ過ぎて身内にしか良さが伝わらない美少女悪役令嬢とか、結構しっかり目にイメージをお伝えしたはずだったんだけど……ドン引きされたのかな……いや、でも女神様ニコニコしながら頷いてたし……うん、きっと需要に供給が追いつかなかったんだわ。人気だもんね、悪役令嬢……」
だからって何故モンスターっぽいホネにならなければならないのか。
「お友達とお菓子を食べたり、イケメン執事にお嬢様って言われたり、ドレス着たりしたかったのに……!」
膝をついてベシベシ叩くと、金貨がジャランジャランはね跳んでいく。
一体この姿は何なのか。自分の骨の手をじっと見つめる。
「こんなスケルトンキャラで喜べるのって、ゲーマー転生者さんか、ラノベ大好き転生者さんぐらいでしょ……」
溜息をつきかけた時、目の前に光る文字が現れた。
『竜牙兵:本体の牙の一本
職 業:財宝の守護者』
「はい……?」
何で自分のことが分かるんだろーとか、日本語で読めちゃうの便利だなーとか、ぼんやり考えながらも、梛には妙に気になる単語があった。
「本体って、何?」
言葉に出して意識したせいだろうか。背後から抗いがたい力が伝わった。恐ろしさよりも、懐かしさと哀しさが勝るような、大きな大きな何かの気配。
財宝の山を振り返り、そのさらに頂きに君臨するものを見上げる。
そこには金貨を寝床にして、こちらを睥睨する巨大な骨の竜がいた。
『魔竜姫の亡骸』
骨の竜は、まるで何かを待ち続けているような姿で永遠の眠りについている。