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寂愛  作者: 早能 せい
8/13

8章 乾いた傷

 家の前まで健一に送ってもらうと、健一は車の鍵を真生に渡した。

「歩いて帰るの?」

「ここからそんなに遠くないし。」

 健一が言った。

「やっぱりコンビニに寄ってもらえば良かったなぁ。お腹減ったし。」

 真生はそう言うと、健一に車の鍵を渡した。真生のわがままを笑って聞いていた健一は、

「じゃあ、家の中に入ってて。すぐに行ってくるから。」  

 そう言ってまた鍵を手に取り、運転席に乗った。

「ちょっと待って。」

 真生は健一の袖を掴んだ。

「私も行くから。」

 真生は助手席に乗ろうとしたが、

「眠いんだろう?早く風呂入ってしまえよ。」 

 健一は行ってしまった。

 

 コンビニはそう遠くはないのに、健一は真生がシャワーを浴びて、ドライヤーを掛け終わっても戻って来なかった。

 テレビをつけると、笑い声が乾いた心に響いて、カサカサとひび割れた。

 ~ピンポン~

 真生は玄関に向かって走った。覗き窓から外を見ると、健一が立っていた。

「ほら。」

 健一はピザの入った箱を真生に渡すと、じゃあ、と手を振った。

「あがってかないの?」

 真生が言うと、健一はニッコリ笑って部屋に入ってきた。

 一緒にいてほしいという気持ちがなかなか言い出せない。それを伝えてしまったら、ずっと抱えている寂しさの事がバレてしまいそうだから。

 健一は何も言わずテーブルの前に座った。

 2人でピザを食べながら、淡々と読み上げるニュースを見ていると、

「どういう時に歌詞が浮かぶの?」

 真生が突然聞いた。

「ん?」

 口をモゴモゴさせらがら、健一は真生の方を見た。

「ごめん。そう言う事は聞いたらダメだったね。」

 真生はピザを頬張った。

「何でもない時に、フッとかな。」

 健一は言った。

「才能がある人はみんなそうやって言うよね。突然浮かぶってさ。」

「物語って、日常の中に至る所に転がってるんだよ。それを見つけただけの話し。」

「じゃあ、健一さんの毎日は辛い事だらけだね。歌ってる曲は、みんな切なすぎるもん。」

 真生がそう言うと、健一は真生の背中を触った。

「真生ちゃんだって同じだろう。」

「これは少し油断してたのよ。」 

 真生は残りのピザを口の中に入れた。

「シャワー借りるよ。」

 健一は袋から着替えを取り出した。

「えっ、泊まる気だったの?」

 真生が聞いた。

「そうだよ。今日は一緒に寝ようか。」

 健一は冗談めかして浴室へ向かった。


 ピザの空いた箱を片付けながら、誰かが近くにいても埋められない寂しさを、全然隆一のせいにしようとしていた。

 自分から心が離れた隆一と一緒にいたって、ポッカリ空いた2人の間に、冷たい風が通り抜けていったかもしれないのに。いっそ、孤独と一緒に生きていくと腹をくくった方が、寂しさの蜘蛛の巣から逃げる事ができるのかもしれない。  

 いや、そんな事はないか。

 寂しさという蜘蛛の巣にかかってしまった蝶は、もう二度と甘い蜜を吸う事はできない。逃げ出したいと羽根をバタつかせる度に消耗していく体力と、少しずつ見えてきた自分に残されたわずかな時間。孤独を苦にもせず、ひたすら腹を満たす獲物を待っていた蜘蛛が、ゆっくり自分に近づいてきているんだ。このまま食べられて、骨も何もなくなってしまえばいいのに。

 真生はシンクの下にしゃがみ込むと、健一が浴室から戻ってきた。

 健一はぼんやりしている真生の頭を撫でた。

「黒がいいなら黒にしようか。」

 そう言って笑った。真生は健一の髪を触った。

「このままでいいよ。」

 真生が言った。

「俺の頭の色の事で悩んでるんだと思った。」

 健一はしゃがんでいる真生の目線に合わせて、自分もしゃがんだ。

「俺、真生ちゃんと話しても楽しくないんだよ。」

 健一が言った。

「そうだよね、ごめん。」

 真生は下をむいて謝った。

「ずっと想ってる人がいるんだろう。」

 真生は健一の顔を見た。

「思ってたよりもかわいい顔してるんだね。こりゃモテるわ。」

 真生はそう言って話しを誤魔化した。

「どういう意味だよ、それ。」

「わざとに金髪にしてるの?人が怖がるように。」

「それは真生ちゃんの主観だろう。」 

「ううん。世間一般の意見だよ。」

 真生はそう言って立ち上がった。

「布団出すから手伝って。」

「ちょっと、真生ちゃん。」

「何?」

「今日は一緒に寝てやるよ。」

 健一は真生の後ろでそう言ったが、真生は聞こえないフリをした。

「ねえ。」

 真生の前に来て、押し入れから布団を出そうとしている真生の手を、健一はぎゅっと掴んだ。

「冗談でしょう。」

 真生は健一を避けようとした。

「なんでそんなに辛そうなの?初めて会った時からずっとそう思ってた。」  

 健一はそう言うと、真生は無表情で押し入れから布団を出した。

「さっきマサと話してた事、聞こえてなかった?」

 真生が言った。

「ぜんぜん。」

 真生は布団を敷き終えると、膝を抱えてその上に座った。

「ここに座って。」

 そう言って健一を隣りに呼ぶ。

「4年くらい付き合ってた彼氏がいてね。ケンカもしてたけど、このまま結婚するのかぁって思うくらいずっと一緒にいたの。だけど彼は私の事が嫌いだったみたいで、去年の夏に別れようって言われた。健一さんと会った時は彼のお葬式の後。彼のお母さんは、私とまだ続いていると思って連絡をくれたのよ。」

「その人はなんで亡くなったの?」

「山にスキーに出掛けて、滑落したらしいね。私はそんな趣味があるのも知らなかった。きっと、私の前ではずっと我慢していたんだね。」

「じゃあ、真生ちゃんと一緒にいたら、今でも生きていたんじゃない?」

「それはタラレバの話しよ。私とは一緒にいたくなかったんだし。それに、彼にはもう新しい彼女がいたの。その人と並んで彼の遺骨を拾う惨めさったら…。」

 真生は膝の上に顎を乗せた。

「あの彼は?」

「ん?」

「さっきの彼。」

「同期なの。学校も同じ。」

「好きな人が彼氏と早く別れてくれないか、よく言ってたよ。」

「そっか。」

「忘れられないのか?元彼の事。」

「だって、嫌いになったわけじゃないないから。」

 真生は健一を見て少し目を潤ませた。

「バカみたいでしょう。寂しくて寂しくてたまらないの。」

 真生は顔を伏せた。

 健一は真生の髪を撫でると、

「触らないでよ。また寂しくなるから。」

 真生は顔を伏せたままそう言った。

「誰かが隣りに座ってるから、寂しいって言えるんだろう?」

「ん?」

 健一の言葉に真生は顔を上げた。

「言葉がなくても、1人でいたら、ため息が出るよ。」

 真生は少し溢れそうになった涙を拭った。

「悲しみは時間が経てば薄れていくけど、寂しさは募っていく。」

 健一が言った。

「それは、新しい曲の歌詞にでもするの?そっか。健一さんの好きな人も亡くなったんだよね。気に障るような事ばっかり言ってごめん。」

 真生は健一に小さく頭を下げた。

「真生ちゃん。」

「ん?」

「近くにいたらダメかな?」

 真生は吹き出した。

「金髪にしてるならもっと硬派に生きたら?健一さんのお友達の、ほら、あの黒髪の人なら、そうやって甘えるのもわかるけど。」

「ナオの事か?」

「あの人、ナオって言うんだね。黒目が大きくて、けっこうタイプだなぁ。」

 真生はそう言って、健一の話しをかわした。

「ナオは結婚してる。」

「嘘!それならいつもあの店にいるのはおかしいよ。」

「ナオの奥さんは消防士なんだ。だからナオがあの店にくるのは、奥さんが当直の時だけ。」

 健一が言った。

「ショックだなぁ。大失恋。」

 真生は笑いながらまた膝に顎を乗せた。

「俺をここに入れたのって、少しはその気があるんだろう?」

 健一は真剣に真生を見ていた。

「違うよ。寂しい気持ちが勘違いしただけ。」  

 真生がそう言って顔をそらすと、健一は真生に体を寄せて顔を近づけた。

「つまらないよ、こんな女。」

 真生はそう言いながら、健一の目をずっと見ていた。静かに真生の唇に自分の唇を重ねた健一は、冷たい真生の頬を手のひらで包む。  

 少しずつ温かくなっていく真生の頬は、自分が触れてくれるのを待っている様だった。

 健一は真生をそのまま布団に倒した。

 見つめ合った2人の形のない寂しさは、どうしようもないくらいに空間を埋め尽くしている。健一は真生をきつく抱くと、2人の間にあったその寂しさを深く吸い込んだ。


 

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