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第4夜④

「ああ、そうだ」


 逡巡する間も置かずに答えられたから、意味が掴めなかった。一拍遅れて疑問が追いつく。


「……えっ、寛高さまが紗子の夫ってこと? 紗子に家出された夫なの!?」

「その通りだっ! 何度も言わなくていいだろうがっ!」


 彼の頬は赤く染まっていた。さすがに怒らせてしまったか――いや、これは『羞恥』の色が強い気がする。


「いずれきちんと話さねばならないとは思っていた」


 そう言って、寛高が切り出したのは、彼と紗子との出会いの話だった。


「紗子とは、互いが東宮と東宮妃候補の頃からの付き合いだ。『幼馴染』と呼ぶには若干とうが立った年齢だったが、付き合いは長い」


 左大臣は、紗子に悪い虫がつかないように閉じ込めて教育したが、取り入りたい相手である東宮には、紗子が叔母である当時の中宮を訪ねるという名目で積極的に会わせていたらしい。

 結果として、彼らは東宮妃の入内前から親しい仲になっていた。


(『紗子』って呼ぶんだ……)


 彼らは夫婦なのだから当然のこととはいえ、いかにも親しげに名を呼ぶのを聞けば、複雑な気持ちにはなるけれど――。


「紗子を妃に迎えた夜、彼女は言った。『私には他に恋する人がいる。だから、あなたを愛せなくてごめんなさい。その代わりに、あなたも他に好きな人を作っていいですよ』と」

「ちょっと!?」


 ――と思っていたら、寛高が口にしたのは、一風変わった夫婦生活の実態だった。

 東宮妃が東宮に向かって堂々と浮気宣言をするなんて。それも新婚初夜の床での出来事だなんて、寛高の立場なら傷ついただろう。

 労わりの視線を向けると、にこにこの笑顔が返ってきた。……その反応はおかしくないか?


「俺は気にしてないから、気にするな。ぬけぬけとそんなことを言う度胸に度肝を抜かれてな。それだけの度胸がありながら、『恋』だの何だのと、甘ったるいことを語っているのも面白かった」


 負け惜しみか強がりかな、と疑っていると、『その顔を止めろ』と注意されてしまった。考えていることが顔に出ていたらしい。


「本当だ。俺としても、子など持っても左右大臣の傀儡にされるだけだと分かっていたし、『子の無い女御だけを一途に愛している』というふりをして他の女の入内を防ぐことができるなら、紗子の提案は悪くないと思った」

「なるほど?」

「ただ、まあ、恋愛の情ではないが、紗子と話すことが好ましかったのは事実だ。彼女のやんちゃな従姉の思い出話を聞くのも」

「……私の?」

「他に『やんちゃな従姉』がいるのか?」


 彼に問われて、黙り込む。

 紗子が言った『やんちゃな従姉』とは、十中八九は沙那のことだろう。


「上手く大人をやり込めるくらい知恵が働くのに、情に篤くて涙脆くて怒りっぽくて、絶対に紗子の味方になってくれる従姉だ、と」

「それは、良いように言い過ぎでは」

「俺が『会ってみたい』と言うと、紗子に冷やかされたり、な。……俺は、俺たちは上手くやっていると思っていた」


 彼の声は、低く、翳ったものになった。まるで何かを悔やんでいるみたいだ。


「あの夜、紗子は俺に『御子を授けてほしい』と泣いて縋ってきたんだ。左大臣が、自分の傀儡にできる子どもを欲しがって焦れていると。このままでは、自分は病を得たことにされて、実家に連れ戻されてしまう。それは嫌だから何とかしてくれ、と頼んできた」


 それが、紗子が消えた夜の出来事だ。有力な手がかりだというのに、今まで打ち明けられなかったのには、事情があるという。


「それを聞いて、俺は、紗子に腹が立った」

「そんな……」

「『子のことを何だと思っているんだ』と彼女を責めた。俺は、お前を友だと思っていたのに、お前も左大臣と同じじゃないか、と」


 真摯に『子どもが欲しい』と言われたなら、親しみや友情は抱いていた相手だから、たぶん、何とかしようと思えたと思う。

 だが、紗子は『自分が内裏に残るための手段』を求めているようにしか聞こえなかったのだと寛高は言った。

 彼の気持ちも痛いほど分かる。彼の考えの方が正論だろう。けれど――。


「それを言った途端、紗子の顔からはさっと血の気が引いて、無言で飛び出していった。……以前お前が言った、『俺のせいで彼女がいなくなった』というのは、正しいのかもしれない」


 その正しい言葉は、きっと、紗子をひどく傷つけた。

 そのことを寛高も分かっているらしく、彼も苦しげな顔をしていた。






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