第70章 トラウマ
メイは捕食者に睨まれた獲物のようだった。
膝が言うことを聞かず、他人の足になってしまったようだ。肩は震え、心肺には余裕があるはずなのに、過呼吸のようになってしまう。
レイピアを持つ手が震え力が入らない。
つくづく、自分の不甲斐なさにイヤになる。しかし、どうしようもない。
理屈ではない。
ただただ『怖い』という、憎らしい程の身体的な防衛反応。
次の瞬間。
目の前には1号の膝があった。
メイは反射的に肩を上げ、かろうじてショルダーブロックをした。しかし、圧倒的な体格差は、絶望的な体力差になって、メイを打ちのめした。
メイはブロックの体勢のまま吹き飛ばされる。左頬には大きな痣ができていた。
『鎖骨にヒビ、もかしたら折れているかもしれない』
メイは飛ばされながらも、冷静に被害状況を分析した。幸いなことに、さっきの衝撃で、気持ちも身体も正気に戻ったらしい。
メイは、自分に残された僅かな体力で何ができるのか。自問自答する。
やがて、意を決すると、腕捲りをして左手の親指と人差し指をつける。そして、指先に竜巻を生じさせた。
一般的に風の魔法は他の属性に劣ると言われている。それは、たとえば、真空にしても物を切ることは出来ず、炎や氷のように華麗に一撃で敵を倒す術が存在しないからだ。
そのため、メイはユーグレアの家の中で、無能だと見下されてきた。
しかし、合宿中にエリカとあかりと何度も検証して、風魔法の可能性に気づいたのだ。
まず、元から存在する空気を利用するため、他属性の魔法にくらべ、圧倒的に魔力消費が少ない。
そして、もう一つは……。
メイは1号を睨みつけると、歯を食いしばった。
『あいつを倒して、全て終わらせる。この劣等感も恐怖心も』
またレイピアを構え、上半身を低くする。
1号はメイが死に体と判断したらしくニヤリと笑う。そして、今度は右肘を立てると力を溜める。
メイは肩で息をしている。俯き加減だが、眼球だけはしっかり1号の姿を捉えている。
『とどめの一撃を放つ気だ。わたしが弱っているからフェイントはかけてこないだろう。こちらも、次の一撃で終わりにする』
1号は地面を蹴り、砂埃をあげながらメイに接近する。胸をグッと開いて、弓を引くように右肘を後ろに反らす。そして、渾身の一撃を放ってきた。
メイは右掌の魔力を高める。
「「ウィンド•バリケード」」
すると、メイと1号の間に烈風の障害が発生し、1号の肘打ちの威力をいなして受け流す。1号はバランスを崩しタタラを踏む。
1号は眼球はメイのレイピアのみを捉えている。風魔法など意に介する様子はない。
『やはり。こいつも風の魔法を侮っている』
悔しいことだが、この際、その不遜さを最大に利用させてもらうことにした。
メイは、同時に左手の指を鳴らした。
すると、先ほど準備した竜巻が勢いよく射出され、1号の顎を跳ね上げる。
カハッ。
不意の一撃に、1号は大きな息を吐き出し、その反動で肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
メイはレイピアを投げ捨てると、右手を1号の胸に添えた。そして、落ち着いた声色で唱えた。
「「エクスプロージョン•オブ•バキューム」」
瞬時に1号の肺の中の気圧がゼロになる。そして、1号の肺には外気との差圧が一気に押し寄せた。
グシャっと肋骨が折れる音を発し、1号の肺は高いところから落としたリンゴのように潰れた。
魔法に無警戒だった1号は、目を見開き驚愕の表情をすると、一言も発することなく、そのまま前に倒れた。
『……もう一つは、工夫次第では相手を倒すことに特化していると言うことです』
メイは勝利を確信すると、後ろを振り返ることなく舞台を後にする。
その口元は、心なしか綻びて見える。
そして、拳を強く握りこみ、まるでガッツポーズのように右手を顎のあたりに持って行くのだった。




