第69章 予選
いぶきは、ノアにルールについて尋ねた。
すると、ノアは「おいおい。審判の説明聞いてなかったのかよ」とおちゃらけて言いながらも教えてくれた。
試合時間は3分。勝利条件は、相手の降参か戦闘不能にすること。時間切れの場合には、引き分け。先鋒、中堅、大将の3戦で勝敗がつかない場合には、引き分け戦の判定で勝敗が決まる。両者には守りの魔法がかけられており、戦闘不能の場合でも命には支障がない、とのことだった。
試合開始の合図があっても、両者は動かない。
メイは相手に聞こえない小声で口ずさむ。
「「風の剣舞(ウィンド•ブレード)」」
メイのレイピアが風のベールを纏った。
刃の周囲には局地的な烈風が生まれ、風切音のような高音が響く。
メイは剣先を相手に向け、右手の甲を上にして肩より上げると、相手との距離を測る。
そして、左足に溜めた力を一気に解放すると、姿勢を低くして地を這うような動きで1号の懐に飛び込んだ。
1号は左腕を大きく振りかぶった。メイは、右側からの打撃に対応するためにレイピアの剣先を持ち上げる。
柄を回し、刃が1号の拳に当たるように角度を調整すると。左掌で剣先側を支える。
刃を垂直にすることで、細身のレイピアでも打撃に耐えることが可能になる。
1号は、メイが左腕に注視するのを見計らって、左腕をひっこめる。
そして、コンパクトな右正拳突きを繰り出した。ほとんどノーモーションで繰り出された右拳は、正確にメイの顔面を捉えている。
会場がどよめく。
観客の誰もが、一瞬の後、メイの頭がスイカ割りのように血飛沫をあげて破裂する姿を想像する。
メイは、迫る危険に臆することなく叫ぶ。
「uno!」
「due!」
プレ•キャストによる事前詠唱を開放する。
メイは「兎の輪舞(ラビット•ステップ)」の効果により、瞬間的に身体能力を加速させた。
上半身を大きく右斜に屈めて1号の突きを避ける。そして、右足で地面を蹴ると、砂埃を舞い上げながら超加速して1号に肉薄した。
1号は右の正拳を振り切った勢いでバランスを崩した。
メイはそこに潜り込み、身体を起こす。右の手首を時計と逆方向に半回転させ、下からレイピアの切先を1号の左喉元にあてがった。
1号の首元に、烈風が掠める。
喉仏がごくりと動き、首には汗が吹き出している。
刃をそのまま上げれば、頸動脈を切り裂き1号は絶命するだろう。
メイはニヤリとする。
「わたくしの勝ちです。大人しく降参なさい。命を落とさないとは言っても、痛みはありますよ?」
メイは勝利を確信すると、口を固く閉じるのは終わりにして、息を吸い込む。
警戒を解いてしまった。
それとは対照的に、1号は口角を上げていた。
そして、左手の掌をメイに向け、ボソッと何かを呟く。
すると、左掌がブーンっと光り、次の瞬間、『ドンッ』という衝撃波がメイの左側腹部を直撃した。
完全に無防備で受けてしまった。
メイの身体は、くの字に曲がり、弾かれるように飛んでいく。バキバキッという鈍い音がメイの身体の中に響く。
数メートル先の床に当たり、飛び石のように更に吹き飛ばされる。そして、うつ伏せに倒れた。
メイは辛うじて意識を保ってはいたが、意識は混濁していた。
『いま、何が起こったの? わたしが地面に倒れてる? なんで?』
戦闘不能と判断されたら、試合が終わってしまう。
左膝を台にして立ちあがろうとするが、力が入らない。
カハッ……。
メイは口から血を吐き出した。
口の中に鉄のような味が広がる。
『肋骨が折れたか。もしかしたら、折れた肋骨が内臓に刺さっているかもしれない……』
メイは両手を左膝につき、腕立てのように腕力で上半身を起こす。そして、辛うじて立ち上がる。
右手はレイピアを杖のように待ち、左手で口の周りの血を拭う。上半身を猫のように丸めながらも1号の方を睨みつけるが、視点は定まっておらず、瞼は勝手に閉じてしまいそうだった。
『くそっ。メイジだったか。あの外見に騙されてしまった』
メイは内心で舌打ちする。
しかし、そんな強気な内心に関係なく、メイの左足は震え、右ふくらはぎは痙攣していた。
1号は風貌に似合わない高い声を発した。
「ゲヘヘッ」
そして、下品な笑いを浮かべ舌なめずりをすると、膝蹴りの体勢で飛びかかってきた。
その目は、家畜を見下すような冷たい目だった。
『こわい』
メイの中に数週間前のトラウマが蘇る。
誘拐され、下品な男達に玩具にされかけた記憶。
忘れたいのに、頭に刻まれ離れないその傷は。
壁に絡みついて剥がれない蔦のように、メイの身体を雁字搦めにした。




