第66章 戦いの結末
わたしは右手を差しのべる。
あと数メートル。
アビスの視線が、わたしの右手に握られた短剣に向けられた。異変に気づいたのだろう。
アビスは左手を振り下ろすと、無数の氷槍を出現させた。数メートルはあるであろう氷槍が、わたしに雨のように降り注ぐ。
『ここまでしても届かないのか』
わたしは歯を食いしばった。
「「 光壁 」」
わたしの前に五芒星の障壁が出現した。
障壁はわたしの右手を核として、それを取り囲む花びらのように配置されている。
エミルの多重詠唱だ。
『たすかる』
わたしは、エミルを振り返ることなくそう思った。
わたしは、ググッと右手をのばす。
アビスは右手を振り下ろす。
今度は、無数の真空の刃が出現した。
そして、音もなくわたしに降り注いだ。
わたしの両足首と左手が切断された。
だが、わたしの勢いは衰えていない。
アビスは、短刀を握るわたしの右手を狙って、真空の刃を振り下ろす。
そして、ほぼ同時に半歩後ずさり、何かを詠唱しはじめる。すると、数語で呪文を完成させ、アビスの魔力が瞬間的に膨れ上がった。
『大魔法が来る』
わたしは本能的に察した。
きっと、一瞬の後、このあたりは焦土と化す。
その時だ。
エミルがわたしを覆い庇うように、身体を投げ出した。一瞬、エミルの顔がこちらに向けられる。その口元はニヤリとしているようだった。
エミルの呪文も完成していた。
「「 極光 」」
エミルはアビスを睨みつける。
その脳裏には、数百年前に交わされた、弟子との会話が過っていた。この場に似つかわしくない平和な光景。
「お師匠さま。これは、悪魔でも殺せる究極の攻撃魔法ですよ。わたし達、遂にやりましたね!! でも、自分も死んじゃうのは欠点ですね……」
「そうだな。ソフィア」
エミルは、今は亡き愛弟子の名前を呼ぶと、口角を上げた。
エミルの身体は眩い光に変わる。
その光はオーロラのように七色に変化しながら、激流となって、アビスに打ち付けられた。
究極の魔法障壁をもつアビスをも穿つ、究極の一撃。
それは、神々の金槌のような衝撃をもって、発動間際だったアビスの魔法を押し返した。
そして、わたしの右手がアビスに届く。
短剣は眩く輝き、刀身に刻まれた文字が、液体のようにアビスの体内に流れ込む。
「ヴァァァァ」
アビスは呻き声をあげると、のた打ち、頭を抱えて苦しみ始めた。身体中に亀裂が入り、中から光が漏れ出している。
しかし、アビスが崩壊することは無かった。次第に原型を取り戻すと、相貌がわからぬその瞳で、わたしを覗き込んだ。
『浅かったか。しかし、これでアビスはしばらく足止めできるだろう。それでいい』
アビスが半歩さがったことにより、刺突が浅かった。刃から流れ込んだウィルスは、アビスの中核システムまでは到達できず、周辺プログラムを破壊することしかできなかったのだ。
わたしはエミルの方に視線を向ける。
すると、彼はもう跡形も残らず崩れ去っていた。
『ごめん、杖を渡すことはできなそうだ』
わたしは目を閉じる。
そして、いぶきとの幸せな時間を追想しながら、闇に飲み込まれた。




