第65章 もう一つの戦い
雷光が降り注ぐ。
わたしが死を覚悟した瞬間。
「「五芒星の光障壁(ペンタグラム•プロテクション)」」
ガキンッッ!!
わたしの目の前に、光り輝く五芒星の障壁が出現し、雷撃を受け止めた。
「ふぅ。間に合いましたか」
リッチ、……エミールだ。
わたしは、いぶきの仲間を狙ったコイツを全く信用していない。
「なぜ、お前がいる」
「貴女には借りも返していませんし。あのとき、私がノアを殺していたら、エリカと話すことはできなかった」
「そんな悠長に話をしている暇はない。またすぐに来るぞ」
エミルは、わたしを一瞥する。
「まぁ、派手にやられたもんですな。瀕死な相棒では、私が困るのです。あいにく、コレくらいしか手持ちがありませんが、飲んでください」
エミルは、わたしに何かの小瓶を放り投げた。
青い小瓶。聖水だ。
わたしは、一気に飲み干す。
すると、戦える程には傷が癒えた。
わたしは双剣を前に構え、警戒を強める。
エミルは上腕骨くらいの長さの杖を、肩ほどの高さに構える。そして、視線だけこちらに向けて続けた。
「わたしもアビスは腹に据えかねているんです。あやつの流言を信じ、まんまと踊らされてしまった」
そういうと、エミルは魔力を高め、銀髪の青年の姿になった。
「最後の時くらいは人の姿で」
エミルの杖先に紫電が渦巻く。
「こいつは、悪魔の骨で作られた杖でね。昔、愛弟子から借り受けたんです。もし、わたしが死んだら、これをエリカに渡してもらえませんか?」
「……わかった。わたしも生きて戻れるか分からないけれど」
「では、いきますか」
「あぁ」
一瞬、視線を交わす。
エミルは口角を上げていた。
わたしも、自分の口元が緩んでいるのが分かった。
「私がアビスを引きつけます。貴女は、光障壁を利用にてヤツに接近してください」
アドレナリンが身体中を駆け巡り、自分の心拍数が上がるのが分かる。
エミルの加勢があっても、アビスとの実力差は絶望的だ。持久戦になれば、必ず負ける。
短期戦を挑むしかない。
幸い、アビスはわたしたちの出方を待ってくれるようだ。侮られたものだ。
ならば、遠慮なくいかせてもらう。
これが最後の戦い。
自分のありったけを出す。
わたしは双剣を広げ舞う。
両手の剣を翼に見立て、その翼を広げるように。
剣が銀の光を帯びる。
わしは目を閉じ剣を上に突き上げると、腰を落とす。
右足を後払いのように前に出すと、そのまま時計回りにまわり、双剣を目の前で交差した。
「「ダンス•オブ•ヒューリー」」
「「ダンス•オブ•ウォーリア」」
「「ダンス•オブ•バーサク」」
「「ダンス•オブ•ダークネス」」
「「ダンス•オブ•サクリファイ」」
己にできうる限りの強化スキルをかける。
髪の毛が逆立ち、全身を血液の奔流が駆け巡るのを感じる。四肢には血管が浮き出て、今まで感じたことがない程の力が漲っている。
心拍数は心臓の限界を超えて跳ね上がっている。双剣には黒炎が揺らめき、まだ何もしていないのに、全身から血液混じりの汗が吹き出す。歯を食いしばるとギリギリとした音がして、口元からも血が滴り落ちた。
刻一刻と、自らの命が燃やされていくのを感じる。
わたしの命が燃え尽きるまで、あと30秒もないだろう。
アビスまでは50メートル程。
わたしの全てを凝縮し、喉元に喰らいつくには十分な時間だ。
先陣をきったのはエミルだった。
「「五芒星の光障壁(ペンタグラム•プロテクション)」」
わたしとアビスとの間に、不規則に十枚ほどの障壁が出現した。
エミルは続ける。
「「 獄炎 氷獄 」」
すると、あたりを埋め尽くす程の火災旋風と、何万もの氷礫が出現した。これは、エミルが何百年もの研鑽の末に到達した、およそ人の限界ともいえる魔術の極地。
複数の魔術を同時起動する技術。
多重詠唱(マルチ•キャスト)だ。
簡略詠唱より速く、事前詠唱より多彩。
そして、平行詠唱としての性質を併せ持つ。
エミルが、右手を羽ばたくような動きで前に出すと、その動きに合わせて、無数の氷礫が急流となって前方に射出された。
氷礫は川のようにうねりながら激流に変わり、アビスを目指して進む。
わたしも、双剣を飛行機の翼のように構えると、氷礫の川縁に沿って走る。
アビスの背後に無数の黒剣が出現した。
その中の数百本かが分離され、地を這うような軌道でわたしの右側面から刃を突き立てる。
わたしは、自分が一枚目の障壁の影になるように走る。光の障壁はガラスが砕けるような音を発しながら、間一髪で剣撃を防いでくれた。
アビスが左手を上げると、雷槍が招来された。雷槍は轟音を従え、わたしに真っ直ぐに飛んでくる。
わたしは左剣で光障壁を薙ぎ払うと、身体を時計回りに反転させ、紙一重で雷槍を躱わす。
急激なストップ•アンド•ゴーにより、左足首が悲鳴をあげる。そして、足首が砕けるような鈍い音が体の中に響き渡った。
その刹那、ほんの十数センチのところを雷槍が通過した。毛先と胸の辺りが焦げ、鼻腔の中も焼けたか。鼻先に肉が焼けただれたような臭いが立ち込める。
しかし、足を止めることはできない。
今度は、飛び石のように光の障壁の陰を経由しながら前へ前へと駆ける。
アビスは不死者の群れを召喚し、わたしに差し向けるが、その度に、エミルが獄炎、氷獄で敵を飲み込み、道を切り拓いてくれた。
わたしは、最後の光障壁まで到達した。
アビスはもう目の前だ。
エミルもこちらに駆けながら攻撃魔法を繰り出す。際限なくわたしに群がる敵を、その都度、薙ぎ払ってくれているが、顔面は青白く、黒紫の唇は震えている。魔力の限界が近いようだ。
わたしは両足首が砕け、左肘下の尺骨も折れてしまった。左手は握力がほとんど失われ、痙攣している。
……これが最後だ。
自分の全てを燃やし尽くせ。
「「ダンス•オブ•バーサク」」
わたしは限界を超えて狂気を上乗せする。
身体中にアドレナリンが駆け巡り、痛みが力に変わっていく。
わたしの命は、あと数秒で燃え尽きるだろう。
わたしは双剣を捨てると、右手で後腰に差していた短剣を抜いた。
刃には無数の英字が刻まれており、呼吸をするように青白い光が明滅している。
これはAIを破壊するウィルスだ。
これを突き刺すことができれば、アビス殺すことができる。
わたしは刃先をアビスに向け、右肘を上にして構えると、既に壊れている両足首と右腕に全ての力を集める。
そして、光障壁から出るのと同時に、前傾になって踏み込んだ。
メキメキッ。
鈍い音を発し、両方の大腿骨に亀裂が入る。
わたしは、剣先をアビスの喉元に向けると、そのまま全力で跳躍した。




