第52章 リッチの見果てぬ夢
久しぶりに夢をみた。
昔の夢。
何百年ぶりだろうか。
この体になってからは、見ていない。
ルンデン王国が建国される数百年前。
この地には、ラインライト国があった。
私には、2つの夢があった。
1つ目は、貴族に独占されていた魔導を、アヴェルラーク全土に広げること。
2つ目は、人並みだが、妻を幸せにし子に尊敬される父親になることだ。
私は、ラインライト国の宮廷魔導士長だった。
魔導士長としての功績が認められ、妻のエリザベートとの縁もあり侯爵位を賜った。その際に、私は下流貴族の次男だっため、新たにフォーゲルの姓も授かった。
妻は、一見大人しそうだが快活な性格で、誰からも好かれる美しい女性だった。授爵の報告をすると、爵位よりもラストネームを授かったことを喜んでくれた。
「エミル! よかったじゃない。フォーゲルって素敵な響き。栄光の『g』も入ってる。知ってる? 王様はね。心を許している家臣にだけ『g』の音が入った姓を与えるの。貴族にとって最高の名誉なのよ」
本当か嘘かはわからない。王族の遠戚の妻がいうのだから本当かもしれないが、きっと、私を喜ばそうとしてくれたのだろう。
夢の中の私は、そんなこと男爵が知る訳がない、と軽口で返した。
夢のために、各地に魔導を広げようと、諸国を遊行して回った。魔導については、上流階級の既得権意識が根強く、反対も多かったが、王の後ろ盾もあって、表だった抵抗にあうことは少なかった。
各地の遊行は、充実していた。
滅多に魔法を見る機会がない庶民にとって、魔法は神秘そのものだったのだろう。
ある村で出会った少女のことをよく覚えている。
ソフィアという名のその娘は、とりわけ瞳を輝かせて私の魔法に見入っていた。猫耳族の血を引いており、生まれながらにして高い魔力をもっていたが、平民でありながら、あそこまでの高みに至るとは思わなかった。
嬉しい誤算であり、遊行の大きな成果だったと思う、
魔導の普及に手応えを感じ、ラインライトの首都に戻ると、妻と子が何者かの手にかかったと知らされた。
僻地にいることを言い訳にし、妻に甘えて、何年も家を空けたことの報いだったのだと思う。
家に帰った時、私の夢を応援してくれた妻は、既に埋葬されており、娘の遺体は行方知れずだった。
なんとか妻を生き返らせられないかと思い、当代一と言われるウルズの高位神官の元を訪ねた。
しかし、蘇生の加護である【運命の審判】を使える神官は、数百年間不在だと言われ、望みは叶わなかった。
娘は、もしかしたら生きているかも知れないと思い、それこそ娼館や奴隷商にいたるまで手を尽くして探したが、見つかることはなかった。
そんな折り、妻を殺したのは異世界人であったと聞き及ぶ。
真偽はどうでも良かった。
誰かに責任を押し付け、怒りの捌け口としなければ、頭がおかしくなりそうだったのだ。
宮廷魔導士の地位を捨て、何年も異世界人を追った。いつしか、夢であったはずの魔導は、己の復讐のために相手を殺すだけの道具に成り下がってしまった。
数年の旅の末、異世界人に追いつくが、手も足もでなかった。魔導の研鑽の末に身につけた獄炎ですら、傷ひとつつけられなかった。私の誇りであったはずの魔導はズタズタに引きちぎられ、自分の無力さを呪った。そして、失意の怨嗟の中、忌まわしい不死の秘術に手を出してしまった。
それ以来、私は、眠らず夢を見ない体になった。
私の一族は、身内から不死者を出した咎で爵位を失った。落ち延びた者も、生きるために姓を変えたと聞いたが、心が痛むことはなかった。
希望や愛情のような感情はどこかに消え失せ、ただただ生前の執着と怨嗟に囚われるだけの存在となってしまった。
いつしか、異世界人はテスターなどと呼ばれるようになったが、この怨嗟が尽きることはない。
私の時は止まっている。
‥‥妻とみた夢も見果てぬままだ。




