第49章 強化合宿
夜霧から朝霧にかわる頃。
霧が立ち込める中、いぶきとあかりは早足に歩いている。
あたりはまだ薄暗く、雀のさえずりもまだまだ控えめなので、レンガ敷を叩く2人の足音が周囲に響いていた。
ちょっと申し訳ない気持ちになり、いぶきは小声になる。
「ハァハア…。昨日、ちゃんと用意しておいたのに、朝になったら錫杖がどこかに行っちゃった。何でだろう。不思議」
あかりは、あんな大きいものなくならないだろう、と心の中で突っ込みながらも答える。
「ん〜。何でだろうね。錫杖もだけど、髪の毛もじぶんで結えるようになろうね?」
時間がギリギリになった理由は錫杖だけではないのだ。
集合場所に着くと、ノアとメイ、アイラが既に待っていた。2人は荷馬車の前にいる。
いぶきとあかりが到着すると、ノアが御者台から誰かを呼んだ。
「2人とも遅刻な。まぁ、もう1人来てないヤツはいるがな。こいつはアガーテ。今回、道案内をしてくれるハーフエルフだ。よろしくな」
お互いに会釈をする。
メイは心配そうにキョロキョロしている。
いぶきが馬車の向かう側に目をやると、建物の陰にネコ耳が見えた。
「エリカさーん。見えてますよ」
すると、物陰からひょこっと小柄な少女が顔を出す。
オドオドしているが、そのライトブルーの瞳には、以前とは違う力強さ感じられる。
エリカはタタッとこちらにくると、猫耳のついたフードの穂先をギュッと握り、顔を隠すように引っ張る。
フードパーカーの上には、ジャケットを着ている。一応、制服だ。
その様子を見たメイは安心した表情をする。
「みなさん。この子がエリカです。よろしくお願い……」
ノアは、メイの言葉が終わる前にエリカの顔を覗き込む。
「俺はノア。よろしくな。せっかく可愛い顔をしてるんだから、フードあげようぜ?」
エリカは物音にビクつく子猫のような表情をすると、フードをさらに深く被ってしまった。
しかし、ノアが後ろを向くと、エリカはフードを少しあげてノアのことを見ている。
『これはもしかして。メイとの三角関係勃発か?』
いぶきが俗っぽいことを考えニヤニヤしていると、あかりに頭をぽんぽんっとされた。
一同は馬車に乗り込むと、精霊の谷を目指す。
精霊の谷は、ローゼンと要塞都市サースの間にある。
半日ほどの距離だが、途中、木霊の森を通らなければならない。
木漏れ日で彩られる明媚な景色を眺めているうちに、いぶきは眠ってしまった。
夢を見た。
その中で、いぶきは夜勤中だった。
夜勤の時は、日勤の昼休憩のような感じで1時間ほどのまとまった休憩時間がある。
過ごし方は各々で、ゲームや仮眠をする人もいたが、外に食事に出る者が多かった。
一日中モニターを見ていると、気が滅入る。
だから、いぶきも休憩は努めて外に出るようにしていた。
いぶきが気に入っていたのは、会社の裏にあったイタリアンだった。
店に入ると、スタッフは大体見知った顔で、大きめのテーブルに案内してくれる。
席に着くと、あえて「いつもの」という注文をしてみるのだ。
自分でも把握していない「いつもの」。
この「いつもの」についての認識がスタッフごとに違って実に面白い。
大体は、手長えびのアメリケーヌソースというパスタと、ジンジャーエールが出てくる。
しかし、ある時、バナナのスムージーだけが出てきたことがあった。
みんな食事をしているのに、自分の前にはバナナスムージーだけが、どんっと置かれている。
夢の中の自分は、それをすごく面白く感じ、同僚たちと腹を抱えて笑っていた。
すると、携帯に着信が入る。
サーバーが落ちてしまって、トラブル続出。クレームきまくりでオフィスは祭りになっているらしい。
バナナスムージーを一気に飲み干し、自分だけ先に戻ろうと席を立った矢先。
「いぶきちゃん!! いぶきちゃん!!」
聞き慣れた声で、一気に夢の底から引き上げられた。
『あぁ、夢か……』
寝ぼけ眼を擦ろうとしていると。
「いぶきちゃん!!」
その緊迫した声で、一気に覚醒した。
鼓動が速くなる。
いぶきは反射的に、回復の加護の詠唱に入る。
自分が叩き起こされる状況は決まっている。
きっと、誰か怪我をしたのだ。
誰が、どんな怪我をしたのかわからない。
いぶきは目を閉じ胸の前に手を組む。
あかりはいぶきを起こすと直ぐに外に飛び出して行ってしまった。
空気が張り詰めている。
馬車の中には自分1人だけ。
外から、あかりの叫び声が聞こえる。
「いぶきちゃん。怪我人はノアとメイ。程度は……」
そこまで話すと、あかりの声が途絶えた。
直後、後頸部に鈍い痛みを感じ、いぶきの意識も途絶えたのだった。




