第46章 エリカ•フォール2
いぶきが声をかけると、女性は振り返る。
歳の割には童顔で優しそうな女性だ。
「お2人は、エリカのクラスメイトですか? あぁ、そちらのあなたは。メイさんですね。エリカから親切にしていただいたと聞きています」
いぶきは、軽く頭を下げ、エリカの家と反対側に右手の指先を向ける。
「こちらへ。お家では落ち着かないと思いますので……」
3人はエリカの家からら東へ数分のカフェにいる。
実はこの店のアップルパイは、貴族がお忍びで通うほど美味しいらしく、前々から目をつけていたのだ。
もちろん、3人は紅茶とアップルパイを注文した。
お店の中にパイが焼ける香りが溢れている。待ちきれない。
何から話すべきか迷っていると、お母さんから話しかけてきた。
「娘が大学に通わなくなってしまってご迷惑を……。こうしてご学友と話す機会もないので、失礼な事を聞いてしまうのですが、あの子、学校でイジメられていたりするんですか?」
メイが答える。
「いえ。わたくしの知っている限り、そのようなことはないと思います。少し変わったところもありますが、皆には好意的に受け入れられているようでした」
いぶきには聞きたいことがあった。
「あの。失礼なことをお聞きしますが、ご自宅の階段に飾ってあった絵は……。エリカさんにはご姉弟がいるんですか?」
お母さんは何かを懐かしむような顔をする。
「はい。2つ離れた弟がいました。明るくて、正義感の強い子だったんですよ。騎士になりたいなんて言ってましてね。
ですが、2年前の大洪水で亡くなってしまったんです。それからですね。エリカが変わってしまったのは。
前は魔法の研究者になりたいなんて言ってたのですが。いつも何かを思い詰めるような顔をしていて。その様子を見かねて、私が大学進学を勧めたんです。きっと息子も娘が立ち止まることを望んでいないと思いますので……」
あぁ。そうか。
さっきの散らかった部屋を見た時の印象通り、やはりエリカは従姉妹に似ている。
その従姉妹は、器用に立ち振る舞うのがとても苦手だった。
彼女は自分の興味があることにしか向き合うことが【できず】、自分の考えをまとめたり序列をつけることがすごく苦手だった。
そのため、場の空気を読めずに失言をしたり、時間的•理論的•感情的な整理ができずに、約束を破ったり、部屋が散らかり放題になってしまう。
しかし、社会はそれを許容してくれない。
現代でもそうなのだから、中世じみたこの世界なら尚更だろう。
【できない子】は【やらない子】に変換され、【やらない子】は【やる気がない子】に変換される。
そしてついには【やる気がない子】は【社会を馬鹿にしている子供】に置き換えられてしまうのだ。
もうそこには、彼女の【できない】は欠片も残っていない。
きっと、エリカもそうなのに。
エリカの場合は、更に弟さんのこともある。
きっと2人分頑張らないといけないと思っているのだ。
1人でもうまくできない不器用な彼女にとって、2人分の息を吸うことは、十字に手足を縛り付ける枷に他ならない。
呼吸だって、しすぎれば過呼吸になってしまう。
そんなことを考えていると、アップルパイが出てきた。焼き立てなので、切り口から湯気が出ている。
いぶきは、アップルパイが気になって仕方がない。
「せっかくの焼き立てです。冷めないうちにいただきましょう」
フォークで切り分けて、フゥフゥしながら頬張る。
アップルはまだ瑞々しく、焼かれて凝縮され甘い。
フワッと香るシナモンの香りが、甘さをさらに引き立てている。
カスタードクリームも濃厚で、パイ生地もサクサクだ。
アクセントの酸味…、これは木苺か。
甘みに酸味が混じり、全体としての味わいを深めている。
本当に美味しい。
口直しに、冷めかけている紅茶をすする。
……こんな話だけでは申し訳ない。
残りの時間は、お母さんに大学の話しや、教授の話し、クラスメイトの話なんかをして、楽しく過ごした。
お母さんがトイレで席を立った。
今のうちにお会計を済ませてしまおう。店員さんに声をかける。
「お会計お願いします。あっ、それと、このお店、すごく美味しいですね。身分の高い方もお忍びでいらっしゃるそうですが、どんな方がいらっしゃるのですか?」
店員さんがいうにはマロン第三王子が常連らしい。
噂のお忍びがマロンかと思うと、すこしガッカリして腹が立った。
なので、お会計はマロン払いでお願いしよう。
お母さんが戻ってきた。
お財布を出そうとするが、とある紳士が3人分出してくれたので不要だと伝える。
するとお母さんは手を振りながら見送ってくれた。
「今日はありがとう。あなたたちのようなお友達がいてくれるなら、私達家族も安心です。これからも娘と仲良くしてやってくださいね」
いぶきはお辞儀をした。
『私達には弟さんも入っているんだろうな』
お店をでると、辺りは薄暗くなっていた。
メイと2人で、女子寮への帰路を急ぐ。
いぶきは思う。
さっきのアップルパイの木苺のように、他とは違う個性が加わって全体としての味わいが深まるのだ。
『エリカにとって、この世界がそうでありますように』




