第45章 エリカ•フォール
メイの誘拐事件から2週間が経った。
教室は平穏を取り戻している。
メイとアイラはすっかり仲直りし、今では、アイラがお姉さん的な立場になっているようだ。
平穏な毎日であったが、いぶきには気になっていることがあった。
いぶきの前の席がずっと空席なのだ。
今は講義中だからか、余計に気になって仕方がない。
左を見るとノアがうつらうつらしているので、素朴な質問をぶつけ、その眠りを邪魔することにした。
「ねぇ、私の前の席って誰かいるの?」
「……? あぁ、そこね。いるよ。不登校ってやつ? 学校始まってすぐに来なくなっちゃってね」
いぶきは、チラッとメイをみる。
「イジメ?」
「違うよ。入試も主席合格って噂だぜ。まぁ、なんで来ないんだろうな。頭が良いヤツの考えることは分からん」
ちょっと声が大きかったらしい。
講師に睨まれた。
「そこの金髪と赤毛。そんなに暇なら、さっきの質問に答えてみろ」
答え以前に、質問されていたことすら知らなかった。
ノアの右腕を肘でつつく。ノアがしぶしぶ発言する。
「せんせー。聞いてなかったので分かりません」
「金髪の方は?」
「私も分かりません……」
講師は満足そうな顔をする。
「イチャつくのなら、講義が終わってからにしたまえ」
周囲からはクスクスと笑われた。
男とイチャついていると言われたのは心外だったが、ノアの方を見ると満更でもない様子だった。
中身は男だから男心はよく分かってしまうのだ。女心は全然分からないのだけれどね。
面倒なので、ここらで誤解を解いておきたいのだが、現実の性別とアバターが一致するこの世界では、これはかなりのイレギュラーなのだ。
へたに注目されて運営とバレるのは避けたい。
居心地は悪いが、しばらくはこのままでいよう。
そんなことを考えていると、ノアが切り出す。
「なぁ、いぶき。もうすぐ学内対抗戦が始まるんだが知っているか?」
いぶきが顔を横に振ると、ノアは続けた。
「好きなメンバーを決めて参加できるんだ。参加は自由だが、優勝すると豪華賞品と学費免除、その他賞金もでるんだぜ?」
「研究生も参加できるの?」
「教務課に確認したんだが、問題はないらしい。さすがに学費免除の恩恵はないけれどな。参加条件は、4人パーティーであることと、回復職、召喚職がいることだ。特に回復職は貴重だから、いぶきが参加してくれたらすっげー助かる」
『どうしようかな。賞品も気になるし、謁見に備えてノアに恩を売っておくのもありか』
いぶきは、受けることにした。
「回復はいいとして、召喚職はどうするの?」
「それなんだがな……」
ノアは私の前の空席を見る。
「この席のやつ、召喚職なんだよ。だけど、学校来ないからな〜。誘うタイミングが……」
「ふーん。んじゃあ、私がこの子の家に行ってみるよ」
「こいつの家は西側の貧民街にあって治安悪いぞ。大丈夫か?」
「そっかあ。じゃあ、誰かに護衛を頼もうかな。男性のノアは警戒されそうだから……。できれば女の子で。誰かお願いできる?」
周りを見渡すと、アイラに手首を握られてメイが手を挙げていた。
メイは戸惑っていたが、アイラに促されたようだ。
アイラが言うには、メイはその子に親切にしていたので適任らしい。
『あまり多人数で押しかけてもね。メイと2人でいいかな』
ノアもメイなら頼りになると言うので、いぶきはメイにお願いすることにした。
この前はあんなだったが、実はメイは魔法剣士としてはかなりの腕前らしい。
放課後、メイとその子の家に向かう。
並んで歩くと、メイは思ったより背が高かった。
私が小さいからなのかも知れないが、いぶきの目線はメイの口元だ。
あかりよりも数センチは大きいと思う。
その子の名前は、エリカ•フォールというらしい。
不登校と言っていたから、てっきりメイが原因だと思っていたが、意外にも違ったようだ。
だとしたら、ますます理由が分からない。
カヌル橋を渡って、平民街に行く。
すると、街の雰囲気が少し変わった。
2人は、どんどん西側に進んでいく。
進めば進むほど、立ち並ぶ家も簡素になっていく。
治安が悪くなっていくのが分かった。
同じ街でも川を渡るだけで、こんなに違うのか。
エリカの家に着いた。
エリカの家は、この近隣では小綺麗ではあったが、裕福という訳ではなさそうだった。
ノックをする。
反応がない。
さらにノックをする。
カチャ……
30秒ほどして、猫耳のフードを深く被った小柄な少女が出てきた。
少女は怯えた目で、いぶきたちを見上げている。
いぶきは、自分達が同級生である旨を伝えた。
すると、エリカは驚愕といった顔をする。
「無理無理無理無理……」
扉を閉めようとしたので、押し売りのように足を扉に挟む。
閉められてしまったら、もう二度と会えない気がするのだ。
簡単に諦めることはできない。
メイが挨拶をする。
「エリカ•フォールさんですよね? わたくしのこと、覚えてますか?」
メイが親切にしていたというのは本当なようだ。
エリカの表情が和らぐ。
多少の逡巡の後、家の中に入れてくれた。
家は木造の2階建てだ。
入るとキッチンとダイニングがあり、整理整頓されている。
壁には子供が描いたと思われる絵が何枚か飾られていた。
廊下を連なって歩く。
エリカの背丈は、小柄ないぶきよりも更に低かった。
髪の毛は白髪に限りなく近い金髪で、曇り空のような淡い青色の目をしている。
『お父さんとお母さんと子供2人の絵だ。姉弟がいるのかな?』
いぶきはそんなことを考えながら後をついて行く。
エリカの部屋は木の階段を2階にあがり右側にあった。
エリカの部屋に入ると……。
一言で言えば、散らかり放題のゴミ部屋だった。
綺麗だった下の階とのコントラストが効きすぎている。
『あ、歩く場所がない……』
部屋の中ほどまで進むと、座ることを勧められる。
『す、座る場所がない……』
ここにどう座れというのだ。
辛うじて座れそうな場所を見つけて、腰をかける。
すると、メイが切り出した。
「先ほどの件なんですが……、学内戦の申込要件に召喚術師の参加がありまして、主席合格のエリカさんにお願いできないかなと思ったのです。厳しそうなら、その場にいるだけでもいいので、お手伝いをお願いできないでしょうか?」
「わたし? 無理無理……。理由は説明が難しい……」
話をききながら、いぶきは思った。
現実世界で、いぶきの親戚に似たような子がいたのだ。
部屋が散らかっていて、相手に気を使えないこの感じ。その子と同じだ。
不登校の場合、色んな原因があると思うが、イジメのように分かりやすい理由がない場合もある。
ハッキリした理由がないなら気合いで来れる、とか思われがちだが、実際にはそれはそれで闇が深いのだ。
これは本人だけの問題とは言えない。
ここは食い下がるべきではないだろう。
『もう少し状況を整理してから再チャレンジかな。今日の成果はあったし』
いぶきはニコッとする。
「今日はお話を聞いてくれてありがとう。お礼にとっておきをご披露します」
会釈をすると、とっておきの【奇跡という名の手品】を披露した。
今日のは、ウズラの卵から普通サイズのヒヨコが出てくるという画期的な自信作だ。
エリカはかなり興味をもったらしく瞳を輝かせている。
『やっぱり、この子は知的な好奇心がかなり強いな』
いぶきはお辞儀をした。
「今日は用事がありますので、このへんで……。よければ、また何かお見せしますね」
2人は家から出た。
しかし、いぶきは10メートルほど進むと角で立ち止まる。
メイは不思議な顔をしている。
「帰らないんですの?」
「……お母さんにも話を聞かせてもらおうと思ってね。私はここで少し待つよ」
メイをウルズ教に勧誘しつつ30分ほど待つと、母親らしき女性が帰ってきた。
いぶきはタタッと駆け足で近寄り、声をかける。
「あの。私達、大学の同級生なんですが、娘さんのことで少しお話をさせてもらえませんか?」




