第36章 フレイのお師匠 2
気づくと2人はどこかの洞窟にいた。
いぶきは、フレイの手を掴み肩を抱きしめている。
いぶきは無我夢中でフレイを追って、波に飛び込んだのだ。
長い年月をかけて、海水に浸食されてできたのであろう。
鍾乳石はなく、無骨で浅黒い岩肌の洞窟だった。
所々が歪にへこんでおり、また、所々に天井の高い空間がある。
高い天井の周りの亀裂からは日差しが滲んでいた。
どこからか押し寄せる波の音がすると、ふうっと汐風が通り抜ける。
2人は全身がずぶ濡れで、こうしている間にもどんどん体温が奪われる。
簡単に衣服を絞ると、どちらともなく出口を探して歩き出した。
特に魔物などがいる様子はない。
途中、大きな水たまりなどはあったが、2人は協力しながらどんどん歩いていく。
しばらく進むと。
とりわけ広い空間があり、暗闇に陽が射している。
空間の縁には白い浜辺が広がっていて、中心部は、海水が取り残され湖のようになっていた。
水面からは、船尾を上に突き出した古い船の一部が見える。
黒い船体の左舷周辺には大きな穴が開いており、船尾の舵の上には「Black Star」と描かれていた。
いぶきは、船に駆け寄る。
『海賊船ならお宝が……、いや、ここから出るための重要な手掛かりがあるかもしれない』
そのまま、舵によじ登ろうとしていると……突然、背筋にゾワッという違和感がした。
いぶきは反射的に飛び降りる。
……音もなく周囲の暗闇が集まりはじめる。
暗闇は人の形になると、こちらを覗き込むような動きをする。
スーッと暗闇が散ると、三角帽子を被り腰にサーベルを差した人骨が現れた。
人であれば目であるべき位置に、かすかな紺碧色に光が見える。
フレイは今にも卒倒してしまいそうになっている。
「お師匠〜!!怖い〜」
いぶきは、反射的に加護の詠唱に入る。
『このタイミングでお師匠?!』
『……こいつはアンデッドだ。しかも、かなり強力な』
いぶきの周りに光の円環陣が展開される。
「お前が私達をここに連れてきたのか?!」
すると、アンデッドは『違う』とでも言いたげに、カラカラと鳴らしながら手を横に振った。
「……攻撃せんでくれ。お前たちに何かするつもりはない。俺はクライム。ブラックスター号の船長だ。訳あってこの近くで座礁し、ここで討たれ果てた者。お前たちを呼び寄せたのは、頼みがあるからだ」
いぶきは錫杖を構え、警戒をゆるめてはいない。
「頼みって?」
「妻のマリーからある物を受け取って欲しい。頼みを聞いてくれたら報酬も払おう」
いぶきは錫杖をおろし、フレイに駆け寄る。
「……分かった。それで受け取って欲しいものは何?」
「それが分からないんだ。最後の日に妻と喧嘩をしてしまってな……。俺の家は海辺の川沿いにある赤い家だ。目立つから、行けばすぐにわかる」
そういうと、クライムは年季の入ったペンダントを差し出した。
今まで何百回、何千回開、いや、何万回開いたのであろう。
ロケットの蝶番は、グラグラして今にも外れそうになっている。
ロケットを開くと、貝殻を浮き彫りにして象られた赤毛の利発そうな女性が、こちらを見て微笑んでいる。
いぶきが了解すると、クライムは船の後ろを指差した。
きっと、そちらに出口があるのだ。いぶきとフレイは手を繋いで歩き出した。
ポートタウンの市街地まで戻り、桟橋を越えて更に海岸沿いに歩く。
しばらくすると、外湾の灯台の手前に、海に流れ込む川を見つけた。
河口には三角州があり、それを囲むように数軒の家が建っていた。
いぶきは手で庇を作って、家を凝視する。
『うーん、赤い家がない。引っ越しちゃったのか?』
すると、フレイがいぶきの袖口を引っ張り指を差す。
「お師匠〜。あれ」
フレイが指差した先には、つたが生い茂り薄汚れた白い家があった。
どうやら風化により赤い塗料は殆ど落ちてしまったらしい。
間近でみてみると所々に赤い塗料が残っている。
ドアをノックする。
『ガチャ…』
少し間をおいてドアが開いた。
すると、そこにはロケットの浮彫りとそっくりな女性が立っていた。
「マリーさんですか?」
「いえ、マリーはわたしの祖母ですが……、あなたは?」
いぶきは、女性に事情を説明した。
岬の洞窟で人骨に会ったこと、その依頼でここに来ていること、色々とだ。
女性は話を聞き終わると、深く息を吐きこちらに向き直した。
「お話は分かりました。にわかには信じ難い話しではありますが。祖母は、祖父がいなくなったあとも、夕凪の頃になると桟橋までいき、祖父の帰りを待っていたといいます。
もし、あなた達の話が本当じゃなかったとしても、クライムの名を口にするお客さんが来ただけで、祖母は喜んでくれるでしょう。
これは、いぶきさんが頼まれた物だと思います。祖母が祖父に渡そうと、亡くなるまで大切にしていたものです。お持ちになってください」
いぶきは薄汚れた小箱を受け取った。
箱にはリボンが掛けられていたのだろうか。十字型に真っ白なラインが残っている。
いぶきとフレイは、お辞儀をするとその場を立ち去った。
背中越しに「こんどは祖母のお墓にも寄ってくださいね〜」という声が聞こえた。
いぶきは洞窟に戻りクライムに小箱を渡す。
クライムが箱を開けると、中にはカードが入っていた。
カードにはこう書いてあった。
『結婚記念日だね。貴方がどこにいても、わたしの下まで戻ってこれますように」
カードを手に取ると、その下にはコンパスが入っていた。
クライムはコンパスを握り、嗚咽をあげてうずくまる。
最後の日が結婚記念日であったことを忘れていた。
それなのに些細なことでマリーを責めて……毎日、自分の幸せを考えていた女性に、あんな悲しそうな顔をさせてしまった。
クライムは涙を流して泣いた。
骨だけの自分には涙はとうに枯れたと思っていたが。まだこんなに残っていたとは。
いぶきは、クライムのことを見つめる。
「マリーさんは、いつも夕凪の頃になると桟橋で貴方を待っていたそうです。最後の日は喧嘩してしまったかもしれませんが、想いはキチンと伝わっていたと思います。お孫さんはマイムという名でした。マリーさんが名付けたそうです。クライムさんとマリーさんの想いは、ちゃんと今まで受け継がれていましたよ」
しばらくして、クライムの嗚咽が収まった。
骨だけになってしまった手にはコンパスが握られている。
クライムは、いぶきにコンパスを差し出した。
「約束の報酬だ。それと、船の船長室には航海日誌がある。俺が見つけた財宝の隠し場所もそこに書いてある。それも持っていけ」
「マリーさんのプレゼントなのに、いいんですか?」
「妻の想いは、お前らが持ってきてくれただろう。それで十分だ。それに、海賊にとって取引は絶対なんでな!」
骨だけの顔だが、豪快に笑っているように見えた。
クライムは続ける。
「じゃあ、俺を妻の下に送り届けてくれ。最後に会えたのがウルズの神官とは……、おれも最後の最後はついていたな」
いぶきは両膝をつき両手を胸の前で組み合わせる。
そして目を閉じると、穏やかな口調で詠唱を始めた。
いぶきの歌声のような旋律が洞窟に響き渡り、周りに光の円環陣が浮かび上がる。
「死しても尚、抗い続ける愚者よ。汝の望みは、再び生と死の輪廻に戻り、新たに踏み出すことであろう。黒蘭は静かに燃える。闇から朱へ。朱から碧へ。碧から光へ。さぁ、運命の女神よ。その灯火にて、死者に安寧を与え給え。黒 蘭 回 帰」
するとクライムは光に包まれ、粉雪が舞うように消えて行ったのだった。
フレイはいぶきに尋ねる。
「おじいちゃんはどうなったの?」
いぶきは、微笑みながらフレイの頭を撫でた。
『きっと、2人は天国で再会できているよ』
ここからは、そのあとのオマケの話し——
いぶきはラダーにぶら下がったりの苦戦の末、航海日誌も手に入れた。
航海日誌には宝のありかも記されていたが、大半は日記のような内容であった。
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XX月XX日
湾の外れの岬で、マリーと初デートした。岩場におちていたココナッツの実を見つけ2人で飲んた。マリーの俺を見る目。絶対に惚れたな。
YY月YY日
海軍に追われ命からがらあの岬まで戻ってきたが、岬の周りは浅瀬で座礁してしまった。だが、大型船はここまでは近づけまい。
YY月YZ日
海軍に追われ、このまま桟橋まで戻ることはできない。しかし、せめてこの岬までは。妻との思い出が詰まったこの場所で最後を迎えることにする。
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いぶきとフレイは、マリーさんのお墓にいる。
2人で片方ずつ持って航海日誌を墓前に添えた。
フワッと海風にのって、ココナッツの甘い匂いが鼻を掠めた気がする。
フレイが無邪気に笑う。
「いま、甘い匂いがした〜!」
フレイはいぶきにギュッと抱きつき。
「お宝は良かったの? 早く戻ろう。お師匠〜!!」
いぶきは少し困った顔をして、そして。
——誰ともなしに微笑んだ。




