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いぶきとあかりの異世界回想録♬  作者: おもち
第二篇 旅をする意味
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第33章 定期船「ル•マロン」5

 

 サイは後ろ手でピースのようなサインを出すと、静かにドアを開けた。


 いぶきはサインの意味が分からなかったが、グラスには伝わったらしい。

 グラスは頷くと、スッと後ろに下がる。


 船室に入るとまず応接室があった。

 左側の船室とシンメトリーになっており、奥には寝室があるようだ。


 応接室には、先ほど受け答えをしていた護衛と思われる男が一名と、その主人と思われる男が一名いる。

 

 護衛は鎧こそ着ていないが、いかにも騎士といった体格と雰囲気の男だった。

 主人の方は小太りで身長が低い。護衛よりも、3、40センチは低いのではないか。

 年齢は高校生くらいに見えるが、マッシュルームのような髪型をしており、お世辞にも女性にモテるタイプには見えなかった。


 サイは、いぶきを隠すように立った。

 

 「有難うございます。私めは、サイ•ストールと申します。そちら様はかなり高貴なお方かと存じますが、もしや王家の方ですか?」


 「分かるか? お忍びのつもりであったがやはり高貴な生まれは隠くせぬものだな。私は、マロン•デル•ルンデン。この国の王の第三王子である。」



 『無能そうな男で良かった』

 サイは胸を撫で下ろした。



 いぶきはサイの陰からヒョコッと顔を出して周囲を見渡している。


 この船室に入れるチャンスは恐らく一回だけだ。

 あかりがいた痕跡はないか。いぶきは必死に探す。

 サイの部屋と違うところはないか。

 応接室を間違い探しの要領でじっと見る。


 『あれ…』


 椅子が一脚足りない。


 「おい、こらっ」


 いぶきはマロンの制止を意に介さず、椅子があったであろう場所に駆け寄る。

 応接室の毛足の長い絨毯が、4本足の場所だけ押し倒されている。

 きっと、いつもここには椅子があるのだ。


 ここにあった椅子はどこに……?


 寝室か? それとも…。

 いぶきはサイの部屋に入ったから知っている。

 この部屋にはパウダールームがあることを。

 いぶきはパウダールームがある方に駆け寄り、ドアを開けようとする。

 

 その時。いぶきの背後で低い声がする。

 「主人が止めろと言っているであろう。このメイド風情が」

 さっきの護衛の男だ。

 

 

 振り返ろうとすると。


 

 いぶきの背後で血飛沫があがる。

 そこには、今までの好々爺然としていたサイからは想像もできない冷酷な目つきの男がいた。

 サイは持っていたナイフで護衛の喉元を抉っていた。

 護衛の男は、糸が切れた人形のように地面に崩れ落ち、視点が定まらぬ目で地面を見つめている。


 サイが低く冷静な声でグラスに命令する。

 「殺せ」

 

 ほぼ同じタイミングで、部屋の外からも男の呻き声が聞こえ、そして静かになった。

 

 いぶきは、サイやグラス、皆を巻き込んでしまったことに罪悪感を感じたが、振り返る事なく目の前のドアに手をかけた。

 ドアの中からは何の物音もしない。

 

 気持ち悪い静かさだ。本当に不気味で気持ちが悪い。



 ドアを開ける。


 

 いぶきは。


 

 あかりは。


 

 そこには。




 椅子に縛られて目隠しをされたあかりがいた。

 布のようなもので塞がれた口からは血を吐き、顔には殴打された跡。だらりと椅子でうなだれている。


 いぶきは、あかりに駆け寄るとすぐに口の布を外し、口元に手をかざした。


 『まだ息はある』


 いぶきは回復加護の簡略詠唱を始める。

 「「永 劫(エーヴィヒ)回帰(ヴィーダーケーレン)」」


 時計を逆回ししたような動きで、あかりの血飛沫が身体に戻る。

 殴打された顔も元に戻っていく。


 「ゲホッ」


 あかりが目を開けた。


 『良かった』

 いぶきは安堵した。そして、安堵はそのまま激情に反転する。


 この世界で見つけた最初の友達が殺されそうになったこと。

 そして、女の子の顔に傷が残ったらどうするんだ、と思うと抑えが効かなくなった。


 「貴様ぁぁ!!」


 マロンに飛びかかった。

 マロンは護衛が切り裂かれた衝撃のせいか、だらし無く座り込み、失禁もしている。

 先ほどまでの横柄な表情は見る影もない。

 

 サイはその様子を無表情に見守り、静止はしない。


 あかりは、まだ焦点も定まらない虚な目線でいぶきを見つけ、叫ぶ。


 「いぶきちゃん、殺しちゃダメ!!」



 いぶきは、殴ろうと振り上げていた右手を止める。

 そして、激情に反転していた感情の激流を落ち着ける。


 いぶきは、低い声であかりに問う。

 「どうして?」

  


 「その人はこの国の王子様なの。殺しちゃダメ。この国の全部を敵にすることになる。それに、その人も犠牲者なの」

 あかりの必死な表情を見ていたら、色々馬鹿らしくなった。


 『……今は、あかりが無事なだけで満足すべきだ』


 

 そしていぶきは思う。

 人間は本当に尊大だ。

 さっきまでは友が生きているだけで十分だったはずなのにね。


 「ハァ……」


 いぶきはため息をつき、メイド服のスカートの埃を払う仕草をする。

 そして立ち上がると、あかりの方を見て笑った。

 


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