第32章 定期船「ル•マロン」4
サイは、フレイの寝顔が穏やかなことに気づく。
「フレイ! 呪いを解いてくれたのは、いぶきさんですね。ありがとうございます。フローラ。この神官様は、前に話した冒険者の方でね。回復もすごかったけれど、解呪もできるとは‥」
「あなた。この方が、いぶき様だったのですね。なんでもお友達が居なくなってしまって困っているらしくて‥‥」
「ふむ‥。フローラが行くより、私が行った方がよさそうだな。いぶきさん、私が一緒にいきましょう。行商という体にすれば、幾分かは自然でしょう」
いぶきは満面の笑みで返事をする。少し演技がかって見えたが、あかりの捜索が進展することは本当に嬉しかった。
「ありがとうございます! 私1人で乗り込むことはできそうもなくて、どうしようもなくて困っていたので本当に助かります。隣の部屋にいるのはどんな方なんですか?」
「私も詳細は知りませんが、王族の関係者らしいです。護衛は近衛騎士団らしいですし、かなり身分の高い方だと思われます。部屋の外にはグラスがおりますので、何かあっても心配はいりません。それよりも、いぶきさんその神官服で行かれるんですか? ウルズ神官だと、相手の反応が過激化するかもしれませんので、あまりオススメはできませんが。。メイド服で私の部下として行く方がいいですね」
いぶきは、諦観の笑みで頷いた。
サイも笑顔で返す。
「そうと決まれば、善は急げです。いぶきさんはお着替えを。フローラはお手伝いを」
いぶきがパウダールームに入ることを確認すると、サイはグラスを呼ぶ。
「話は聞いていましたね? いぶきさんの手伝いをします。あなたは外の護衛に対応なさい。私は室内の護衛に対処します。くれぐれも神官様に殺生をさせることがないように。必要ならあなたが殺しなさい。相手が王の子弟以上の近親者である場合には、我々の申し開きは通じません。海で行方不明になってもらいます。その場合には、逃すことなく全員を殺しなさい」
およそ商人とは思えない冷静さで指示を出す。
一代でのし上がったサイには分かるのだ。
申し開きが通用しない相手には、行方不明になってもらうのが一番だと。
サイはジャケットの中に隠し持つナイフの所在を確認すると、鞘から少しだけ刃を出し、ナイフのコンディションを確認する。
すると、メイド服になったいぶきが戻ってきた。
それで戦おうと思ったのだろうか、何故かその手にはフライパンが握りしめられている。
サイは自然な動きでナイフをジャケットに隠すと、ニコリとした。
「いぶきさんは、メイド服もお似合いですね。もしかして、今、見えちゃいました? いやぁ、まいったなー。私も長年行商をしておりますのでね。最低限の護身術は身につけております。何かトラブルが起きても、私とグラスで対応しますので、いぶきさんはご安心ください。ですので、いぶきさんのフライパンはご不要です。ちょっと不恰好ですし、そちらは置いていきましょうか?」
そういうと、サイは踵を返した。
3人は4階の右の船室の前に立っている。
3人で目配せをすると、サイは『コンコン』とノックした。
すると、中からは中年と思われる男性の声がした。
「誰だ?」
そのぶっきらぼうな返答でサイは確信する。
この媚びるところのない物言いは、相手より自分達の方が身分が高いと信じきっている証だ。
隣にも貴賓室があるのに、だ。
——この船客は、おそらく王の子弟以上だろう。
サイは、まだドアが開いていないことなど意に介することもなく、満面の笑みと身振り手振りで話し始める。
「私は、ローゼンでストール商会を経営させていただいておりますサイ•ストールと申します。この度は、私どもと同じこの船に、偶然にも、やんごとなきご身分のお客様がいると聞き及びましてご挨拶に参りました。お忙しいとは思いますが、陛下にもご贔屓にしていただいておりますので、是非、お目通りだけでも叶わぬものかと‥」
部屋の中からは、ゴソゴソと何かを相談する声がする。
陛下というマジックワードを出されては、むげにもできないのだろう。
しばらくすると、さっきよりは柔らかなトーンで「入れ」と声いうがした。




