第25章 ゴブリン討伐 2
そのゴブリンの身長は3メートルを優に超えており、腕の太さはケインの3倍はありそうだった。
肌はくすんだ緑色で、口元からは涎を垂らしている。
鼻息は荒く黄色い目は血走っていた。
ケインは、ゴブリンにここまで大きい個体がいるとは夢にも思わなかったらしい。
顔面を蒼白にして呟く。
「ゴブリンのリーダーだ……」
アリアが背後の気配に気づいて振り返った時には、既に遅かった。
ゴブリンは両手で持った棍棒を、アリア目掛けて振り落とす。
いぶきは意外に冷静だった。
——棍棒は直撃する。アリアなら即死はしないが致命傷だろう。簡略詠唱ではたりない。完全詠唱が必要だ。しかも、目を閉じて集中する必要がある。詠唱に10秒はかかる。
そして、あかりに目配せする。
あかりはいぶきの意図を察し、ゴブリンリーダーに向かって駆ける。
それとほぼ同時に、いぶきは両膝を地面についた。
目を閉じると、胸の前で手を握り合わせ完全詠唱を開始する。
「彼方より来たりて、此方へ過ぎ去りし旅人の運命よ……」
同時に、いぶきの周りに光の円環陣が展開される。
その様子を見て、あかりは思う。
『敵の目の前で目を閉じるのはどれほど怖いんだろう。でも、いぶきは、わたしを信じてくれた。必ずいぶきを守る。この命に代えても』
ゴブリンリーダーの棍棒がアリアに直撃した。
アリアは頭から鈍い音をさせると血を吹き出しながら横に吹っ飛ばされる。
その様子は、風に吹かれた線香花火のようだった。
ケインは、アリアが殴られる様子をみて半錯乱状態になった。
「アリア!アリアァ!!」と叫び、目の前の敵を見ようともしない。
あかりがケインに叫ぶ。
「アリアはまだ死んでない。いぶきちゃんを信じて! あなたが選んだ神官を信じるの!!」
あかりはケインがすぐには動けないと判断した。
ゴブリンリーダーの2撃目に備え、その正面に立つように駆ける。
あかりにゴブリンリーダーの攻撃を受け止める術はない。
後ろには、いぶきがいるので避けることもできない。
横に飛べば、いぶきに累が及んでしまう。
つまり、あかりは直線的な攻撃でゴブリンリーダーの動きを止めねばならない。
——ならば、わたしにできることは……
あかりは唱えた。
「「帝釈雷盾」」
直後、あかりの前に先ほどより小さな雷の盾が形成される。
それを自分の頭部を守るように配置すると、ゴブリンリーダーが振り下ろす2撃目に怯むことなく、突っ込む。
——いつもの雷盾では、ゴブリンリーダーの攻撃を防ぎきれない。即死さえしなければいい。小さな盾に法力を集中するんだ。頭だけは守る。そして、あいつの視力を奪う。
ゴブリンリーダーが2撃目を振り下ろした。
その攻撃は雷盾に当たり軌道が逸れ、あかりの左腕に直撃する。
あかりの上腕が千切れて、どこかに飛んでいった。
しかし、あかりが怯むことはない。
ゴブリンリーダーの左膝を踏み台にして跳躍すると、右手で逆手にもった守刀を振り下ろし、ゴブリンリーダーの右目に突き刺したのだった。
ほぼ同時にいぶきの詠唱が完成する。
「……さぁ、運命の女神よ。旅人に幾許かの猶予を与え給え。永 劫回帰!!」
すると、アリアとあかりの怪我が急速に修復されていく。
2人の筋組織と飛び立った血が元に戻っていく。
それは時間を逆戻ししているかのような光景だった。
いぶきには、あかりが無茶をすることが分かっていた。
だから、あかりも治癒の対象に入れた。
これは棚上げかもしれないが『ここまで無理しろとは言っていない』と思った。
あかりは、自分も同時に回復してもらるとは思っていなかったらしく、ちょっと驚いたようだった。
そして、いぶきの気持ちに気づく様子もなく『すごいね!』と言いたげな顔でいぶきを見る。
いぶきがアリアの方を見ると、怪我は完全に回復している。
命に別状はなさそうだが、まだ意識は戻っていないようだった。
……まだ危機は去っていない。
あかりはゴブリンリーダーの両目を潰せなかった。
右手だけの力では、刺したまま横に切り裂くことができなかった。
ゴブリンリーダーは怒り狂った様子で、続け様に横殴りの3撃目を繰り出してきた。
あかりは咄嗟に雷盾を緩衝材にして、両手でその衝撃を受け止める。
まだ跳躍で身体が浮いていたので、いくらかは打撃の威力を殺せたが、あかりはそのまま壁に打ち付けられて崩れ落ちた。
ゴブリンリーダーのターゲットは、あかりに移ったらしい。
すぐさま4撃目を振り上げる。あかりは壁に打ち付けられた衝撃で精神集中が途切れており、雷盾を展開することができない。
前衛のアリアと違ってあかりは布装備だ。
あの巨大な棍棒が直撃すれば、即死するかもしれない。
死が迫り来る刹那、あかりの頭には、いぶきとした会話が過ぎった。
『なんでいまこんな事を……』と思うが、あかりの意思とは無関係に、その時の会話がどんどん頭に浮かんでくる。
宿でいぶきに「クエスト何かな〜」と聞いた時の話だ。
いぶきは確かこんなことを言っていた。
——初心者用ならゴブリンかな。あかりはゴブリンって知ってる? ゴブリンはね。ゲームでも出てくるけれど、元はヨーロッパの伝承に出てくる妖精の一種なんだよ。
あいつらはね。器用なんだけど、センスが足りないから美しいものは作れなくて。人がもってる美しいものや綺麗なものが、妬ましくて妬ましくて仕方ないんだよ。
だからね、ゴブリンの気を惹きたければ、何か美しいものを渡すといいよ。え? 綺麗なもの持ってないって? 仕方ないな。これあげるよ……
あかりは『そうか。だから今この話を思い出すのか……』と思った。そして、耳につけていたトンボ玉のイヤリングをゴブリンリーダーの足元に放り投げた。
すると、ゴブリンリーダーは棍棒をもった手をピタッと止めた。
トンボ玉を目で追う。
そして、ググーッと上半身を前に屈めた。
ほんの1、2秒だが、空白ができた。
その間隙を見逃さず、正気を取り戻したケインがゴブリンリーダーの左目を切り裂く。巨大なゴブリンは泣き喚いてのたうちまわり、ヨロヨロと立ち上がった。
目が見えていないのに臭いで地形が分かるのか、奇声を発しながら隣の部屋に走って逃げ込もうとする。
ケインは「まずい、逃すな。手負のゴブリンは生き残ると凶暴化して手がつけられなくなるんだ。あんなの逃がしてみろ。いつ街が襲われるかわかったもんじゃない。追いかけるぞ」そう言ってゴブリンリーダーを追いかける。
いぶき達が隣の部屋に入るとゴブリンリーダーは、こちらをみて何か話しているようだった。
ゴブリンリーダーの手には天井から続く鎖が握られており、こちらが近づくと、たたらを踏むような動作をした。そして、馬鹿にするような口調でこちらに何か話しかけている。
ケインがさらに近づくと、ゴブリンリーダーは「キーキー」怒り出し、鎖を引いた。
ガラガラガラ…と、奥の壁が崩れ。
崩れた先には、ぼっかりと大きな穴が空いた。
急に空気が、シン—……と張り詰める。
その場の全員が、生まれてから感じたことのないような威圧感に固唾を飲む。
すると、中から覗く巨大で爬虫類のようや瞳。
「ドラゴンだ……」
誰ともなくそう言った。




