第24章 ゴブリン討伐
ハイネを出て1時間は歩いただろうか。
丘陵地らしく、どこまでも穏やかな丘や谷が続く。
途中で何匹か小型のモンスターが出たが、ケインが倒してくれた。
ウサギで死ねる我が身としては、とても有難い。
ケインから、いくつかの話を聞くことができた。
やはり2人はテスターで、ハイネの北にある初心者村から来たらしい。
村は、テスト開始直後こそ和気藹々としていたが、アビスの一件があってから一気に雰囲気が悪化したという。
みんな我先にとクエストやモンスターを取り合うようになり、中には他のテスターを殺す者まで出始めた。
ケインは嫌気がさしアリアを誘ってハイネまで来た、とのことだった。
いぶきは、他のテスターと情報交換できる貴重な機会だと思った。
そこで、チュートリアルNPCやレベル、HPについても確認したが、ケインが知る限りではレベルやHPといった可視化された概念はないとのことだった。
チュートリアルNPCについては、初ログインしたら目の前に普通にいたらしい。
そこでの内容はクラスごとに異なり、ケインの場合は、基本的な戦闘スキルやギルドについて教えてもらったという。
僻地から『ぼっち』でスタートしたケースについても聞いてみたが、そんな例は聞いたことがないらしく、鼻で笑われた上に「そんなとこで始まって、目の前にNPCいたら逆に怖いわ!」と軽く言われた。
まぁ、たしかに言い得て妙なんだが。
どうやら人間は『馬鹿っぽい口調で的確なことを言われる』と腹が立つものらしい。
ほんとムカつく。やっぱりコイツ嫌いだ。
死亡についても聞いてみた。ケインが言うには、死んで戻ってきた者はおらず、また、死んだら神殿で復活するするような仕様もないと思う、とのことだった。
いぶきは『やはり死んだら終わりか』と思った。
そうこうしているうちに巣穴についた。
ケインが言うには、ゴブリンは夜明け前にどこかに出ていくことが多い。
今の時間は巣穴に残っているゴブリンは少ないとのことだった。
一同は茂みの裏に隠れて入り口の様子を伺う。
巣穴は岩山の空洞を利用しているようで、外から中の広さを伺い知ることはできない。
知性を感じさせる造形は皆無で、まさしく【巣穴】という表現がぴったりだと思った。
入口の穴は、意図的に開けたというより、地震か何かでできた亀裂だと思われた。
いぶきは、ほどよい大きさの入口が『人間ホイホイ』である可能性を危惧していたので、『わざわざ人間サイズに穴を開けたのでなければ大丈夫か』と安堵した。
確かに巣穴の出入りは少なく、ケインが言う通りだった。中には殆どゴブリンがいないか、いても大半が寝ているのだろう。
まずは、ケインが忍足で巣穴の入り口に入る。
しばらくすると、いぶき達に入ってこいとサインをした。
いぶきは入口から巣穴に入る。
凄まじい臭気だ。腐った卵を鼻先に置かれたような臭い。
前に何かで、蟻は巣穴にトイレスペースを作って衛生を保つと聞いたことがあるが、ゴブリンはそこら中に排泄していると思われ、その知能は蟻以下なんじゃないかと思った。
巣穴は真っ暗だった。ケインは私が魔法で灯りをつけると期待したのか、私の様子を伺っている。
私が顔を左右に振ると、仕方なしに松明に火をつけるのだった。
ケインの気持ちは分かる。
狭い空間で松明を使えば一酸化炭素中毒になる可能性があるし、なにより、こういう時は神官がライトの魔法を使うのがお決まりだものね。
私は心の中で『つかえなくてごめんね』と謝った。
巣穴の中は、思ったよりも人工的だった。
石を積み上げた石垣のような壁面だ。
最初の部屋は四角い6畳程のスペースで、そこから2本の横穴が繋がっていた。
どちらに行くのか考えていると、ケインは右を指差した。特に拒否する理由もないのでそれに従った。すると、左の通路で、『ガガガッ』と巨大な何かが落ちるような音がした。どうやら落石か何かの罠だったらしい。
その音を聞いて、いぶきは『右に進んで良かった』と思った。
しかし、直後には『もし、この罠がゴブリンが仕掛けられたものだとしたら……裂け目の入口もそうなのでは』という疑問が、泡のようにぷくりと頭の中に沸いた。
思えば、ここまでゴブリンが1匹も居ないことの方が不自然だ。
イヤな予感がする。
——誘い込まれた。
いぶきが「いったん戻ろう」と言いかけたその時。
通路の奥から、ナイフや棍棒をもったゴブリンが5匹雪崩れ込んできた。
直後には、いぶき達の背後からも5匹。
——挟まれた。
ゴブリン達は、黄色く血走った目をギラギラさせて、「ギギギギギィィーー」と奇声を放ちながら一直線にいぶきの方に向かってくる。
そう、ゴブリン達は分かっているのだ。
『神官を先に殺せ』ということを。
ケインは剣を振って対応するが、狭い洞窟の中では動きにいと判断し、すぐに武器をナイフに持ち替えてゴブリンを突き刺す。
しかし、恐らくケインのスキルはナイフでは使えないのだろう。
2匹目に手間取っている。
アリアは、ケインに纏わりつくゴブリンを引き剥がそうと必死だ。
即席パーティーの脆さが出てしまった。
前衛と後衛の距離が離れていたために分断されてしまったのだ。
さっき、いぶきはゴブリンを蟻以下だと蔑んでいたのに、実際に罠に嵌められたのは自分達の方だった。
あかりはケインに「戻って!」と声を張り上げるが、時すでに遅しだった。
ケインとアリアは、前から来た5匹に囲まれており、こちらに来る余裕がない。
後ろからの5匹は……。
あかりには目もくれず、奇声をあげながら【5匹】はいぶきに襲いかかる。
あかりは、咄嗟に守刀を逆手に持ち替えると、振り向きざまに1匹の首の下あたりを切り裂いた。
あと【4匹】
前衛とは分断されており、自分達だけで何とかするしかない。
いぶきは錫杖を前に構えて1匹のナイフを弾き飛ばす。
あと【3匹】
あかりは、いぶきの状況を横目で見る。
左手で何かを空に書き、簡略詠唱の体勢に入る。
そして、ゴブリンの右側面に回り込むように走りながら、あかりは口早に唱える。
「「帝釈雷盾」」
すると、いぶきとゴブリンの間に菱形の雷の盾が出現した。
雷の盾は、けたたましい雷鳴をあげてゴブリンの1匹を巻き込む。
雷盾はまだ霧散せずに、ゴブリンを感電させ拘束し続けている。
あと【2匹】
あかりは、まだゴブリンまで1、2メートルの距離にいる。
そして、いぶきの方は、先ほどのゴブリンの攻撃で錫杖が跳ね上げられてしまっている。
次の攻撃は防げない。
肉薄したゴブリンがいぶきの視界を覆う。
いぶきは、1発もらう覚悟で歯を食いしばった。
あかりは諦めていない。
空書した指をくるりと左に回す。
すると、雷盾も同じようにくるりと方向を変えた。
雷盾で感電し続けていたゴブリンは横に吹き飛ぶ。
吹き飛ばされたゴブリンは、おはじきの要領で、いぶきの目の前のゴブリンに衝突した。
残り【1匹】
ここでようやくケイン達が戻ってきた。
ゴブリンはケインに気づいていない。
ケインは最後のゴブリンの背中を突すと、抉るようにゴブリンの体内でナイフを回し、トドメを刺す。
アリアの方は、いぶきに弾かれたゴブリンを蹴り飛ばした。
ケインは「いやぁ、ごめんごめん。2人とも無事で良かった、まぁ、必要なかったかもだけどね」と言った。
ケインの視線の先には、次の斬撃のために守刀を逆手で構えるあかりがいるのだった。
いぶきが「残りの5匹は?」と言うと、ケインは少しバツが悪そうに自分が来た方向を指さす。
そこには、5匹のゴブリンが、無惨な姿で息の根を止められていた。
いぶきは「これでクエストクリアかな?」とケインに聞いた。
すると、ケインは首を振りながら言った。
「こいつらにはリーダーがいるはずだ。そいつを倒さないとクエストクリアにはならない」
いぶきは、洞窟の壁面に揺らめいた何かの影を見た気がして振り返る。
するとそこには、アリアに棍棒を振り下ろそうとする巨大なゴブリンの姿があった。




