第16章 運命神ウルズ 3
……気づくと、いぶきはウルズの神殿に戻っていた。先ほどと同じ体勢で、両膝をつき胸の前で手を握り合わせている。
どれ程の時間が経ったのか。
老婆に聞くと、女神像の前で祈りを始めてから十数秒だということだった。
過去と未来、刹那と永遠が重なり合う世界。
ウルズは『すべての過去を等しく愛する事』の意味を伝えたかったのだろう。
運命の女神ウルズ。
神話によれば、泉に聖なる水を注ぎ込み、悠久の時の中で人々の運命の行く末を見守り続ける女神。
——過去、宿命、運命、そして死。
その力は、死の訪れさえも覆すという。
……あの慈悲深い女神は、何を想い、旅人達の運命を導き続けるのか。
祈っていると、いつの間にか涙がでていたらしく、女神像がぼやけて見える。
頬を伝った涙は顎で合わさり、クラスシンボルにぽたりと落ちた。
すると涙が滲んだ部分が光り始め、やがてシンボル全体を覆った。
光が収まると、いぶきのクラスシンボルは変形し、方位が刻まれた円環のリングになったのだった。
『ウルズが、私を神官と認めてくれたのかも知れない』
いぶきは新しいクラスシンボルを握る。
すると、インフォメーションの内容が変化していた。
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クラス:神官
クラス説明:運命の女神『ウルズ』を信仰する上位神官。運命の灯火は旅人が進むべき道を照らし、再び立ち上がる勇気と力を授ける。
スキル:永劫回帰、神泉回帰、黒蘭回帰
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いぶきは、怪我をしている右足を庇い、左膝に手をついて立ち上がろうとする。
『あれっ』
いつのまにか右太腿の傷がなくなり、痛みがなくなっていた。
その様子を見ていた老婆は、何かを思い出したらしい。
「神官さん、渡さなきゃいかんもんがあるんで、ちょっと待ってなね」
手を叩いてそう言い残すと、神殿の奥に入っていく。しばらくすると、老婆は何かを持って戻ってきた。
「いやぁ、待たせてすまんねぇ。ちょっと、これどっかいっちゃってたもんでね。神官しか着れんし邪魔だしで、丈夫だから鍋敷きに使ってたの忘れてたわい」
そんなことを言いながら、いぶきに、鍋敷き程の大きさに畳まれた服を渡す。
折り畳まれた服には、丸く焦げのあとが残っている。鍋敷きにしていたというのは本当らしかった。
いぶきは、口を尖らす。
『ウルズ神官の取り扱いが雑すぎる……』
しかし、せっかくの頂き物だ。その服を広げてみる。
すると、それは美しいの法衣だった。
純白の生地には黄金色の縁取りが入っており、背中の部分には、大きく、ウルズ神官のクラスシンボルの柄が入っている。
襟元の裏地には『旅人を導く貴方の道が、喜びで満たされますように』と刺繍されていた。
いぶきは、その場で新しい法衣を羽織る。
老婆に礼を言うと神殿を後にした。
神殿を出ると、あかり達が心配そうな様子で、いぶきを待っていた。
いぶきに気づくと、あかりは嬉しそうに手を振る。
「あっ、いぶきちゃん戻ってきた! 無事で良かった。服も可愛いのに変わってる。……あれっ。でも、その茶色い丸い汚れはなぁに?」
いぶきは、頭を掻く仕草をして答える。
「あー、これね。気にしないで」
あかりに聞いたところ、いぶきが神殿にいたのは10分程だったらしい。
本当に不思議な経験だった。
身支度を整えると、いぶき達は神殿を後にする。そして、再び旅路に戻るのだった。
そこから3日ほど荷馬車で走ると、港町ハイネに到着した。
荷馬車は門からほど近い外側で止まった。
いぶきとあかりが荷馬車から下りるとサイは謝礼を渡そうとしたが、いぶきは丁重にお断りした。
「ここまで運んでもらえただけで十分です」
すると、サイは申し訳なさそうな顔をする。
「そうですか。本当にありがとう。あなた達がいなかったら積荷がダメになるところでしたよ」
そして、サイは満面の笑みでいぶきとあかりの手を握る。
「首都のローゼンで商館を構えていますので、いらっしゃった際にはぜひお立ち寄りください。では、立ち寄るところがありますので、私はここで」
サイはそう言うと、また荷馬車に乗り込み去っていった。
いぶきは、ローゼンでまた会うかもしれないな、などと思いながらサイを見送る。
さっそく門扉を開けてもらう交渉をせねば。
あかりに話しかけられると、門番は訝しげな表情をする。
しかし、いぶきの法衣に気づくと「あっ、高位の神官様ですね、どうぞ。門を開けるので少し待っててくださいね〜」と、快くよく詰所を通してくれた。
『神官服効果すげー!』
いぶきは心の中でガッツポーズをした。
ウルズはともかく、高位神官というものは、それなりの扱いを受けられるらしい。
門番が門を開ける。
随分と厳重そうな門扉だ。
ギギギ……
門が開き始めると……。
ヒューーッ。
水分をたっぷり含んだ汐風が耳元を駆け抜け、いぶきは乱れた髪をかきあげる。
すると、目の前には、海風吹き抜ける港町の光景が広がっていたのだった。




