第14章 運命神ウルズ 1
ハイネに向かう荷馬車の中。
いぶきは痛みで転げ回っていた。
あかりは、子供をなだめるように、いぶきの背中をさすっている。
「痛いの痛いの、飛んでいけ〜」
いぶきは『そんなので飛んでいったら医者いらんわ!』と、ちょっと本気でキレそうになる。
御者台でその様子を見ていたサイは、見かねていぶきに回復薬を渡した。
『そんなんあるなら、もっと早くくれよ』
いぶきは心の中で悪態をつきつつ、今はとにかく薬を飲み干すことにした。
その薬は相当に不味い。
しかし、『良薬は口に苦し』というし。
いぶきはそのまましばらく横になってみる。
……全く効く様子がない。
するとサイは、ため息をついて荷室を覗き込んだ。
「やはり効きませんか。いぶきさんは女神ウルズの神官ですもんね。神官の場合、他宗派の回復薬や聖水が効かないことがあるんですよ。神の嫉妬ってやつです」
『ナニソレその謎仕様。嫉妬される程の信仰心ないんですけれど』
どうやらこの世界では、特に高位の神官では珍しいことではないらしい。
サイは解決策として、ウルズの神殿に立ち寄ることを提案してくれた。
そして「ちょっと待ってくださいな〜」というと、ゴソゴソと道具箱をあさり、何かの本を取り出した。
ルンデン各地の行商スポットが載ったマル秘マニュアルらしい。
サイは続ける。
「んー、ウルズの教会は……、ハイネにはないですね。あっ、ここから半日ほどのところにウルズの神殿があります。いぶきさんは、ホントに運がいい」
……そこでサイは言葉に詰まる。
どうやら、マニュアルのコメントに『神殿のくせに、いつも無人で何も売れたことがない』と書いてあったらしい。信仰の中心の神殿で無人って、不安すぎる。
それにさ。
『本当に運が良かったら、脚にナイフが刺さってこんなことになってないと思うんですが?』
若干の不安はあったが、いぶきはサイの好意でウルズ神殿に立ち寄れることになった。
半日ほどで神殿につき、一同は荷馬車から降りる。神殿には草や蔓が生い茂り、所々、石垣が崩れている。
一見して信仰が廃れているのが分かった。薄暗いし、ちょっと普通にホラーっぽくて怖い。
いぶきは『さて皆んなで行こうか』と、後ろを振り返るが、みんな馬車の周りから離れようとしない。
サイがポンッと手を叩く。
「……神殿の場合、純粋にご神体を奉る施設が多いので、信者以外は入れないことが多いんですよ」
本当かよ。
なんだか、普通に嘘くさいんですけれど。
兎にも角にも「絶対に1人で入った方がいい」という満場一致の議決により、いぶきは足を引きずりながら、しぶしぶ、1人で神殿に入ることになった。
神殿の中は薄暗かったが、中央は吹き抜けになっているらしく、ホールまで淡い陽の光が差している。
その中央には、女神像があった。
大きな水瓶を傍らに、何かを慈しむような表情で座っている女性の像だ。
いぶきは、もっとイカつい像を想像していたので、ちょっと意外だなと思った。
「ちょっとあんた」
暗闇の中から不意に声をかけられた。
いぶきは驚いて飛び上がりそうになる。
声の方を見ると、老婆がぼそぼそと何かを話しながら、こちらに近づいてきた。
姿が見えたらもっと怖い、といぶきは思った。
老婆は、いぶきのそんな様子などお構いなしに続ける。
「ウルズの神官さんかい? ワシは代々ここの管理をしとるもんなんだがね〜。いやぁ、本当に珍しい。いい冥土の土産ができたわい。
困り事かい? ここにはワシしかおらんから、何もしてやれんがの。とにかくせっかくいらっしゃったんだから、拝んでいきなされ」
いぶきは思った。
神殿に神官がいないって……。ってか、もしかすると、ウルズの神官は私の他に存在しないのかも知れない。
あー、なんか分かった気がする。
上位者不在の繰り上がりで、私が大神官扱いになって、それで他宗派の回復薬が効かないと。
久しぶりの神官がこんなでごめんなさい。
いぶきは、老婆に促されるまま女神像の正面に行くと、両膝をついて座る。
ウルズ教の作法はわからないが、両手を軽く握り合わせると、目閉じ心を込めて祈ることにした。
すると…………。
クラッと眩暈がする。
……地震でもあったのかな。
…………。
……。
いぶきが目を開けると、仄暗い石壁が目に入る。
そこは見覚えのない通路だった。




